Queen of frost
『次は、プログラム二十番。美術部による、魔法絵画の披露です』
ここまで派手に魔法を使っていても、なぜ周囲に気づかれていないのか。
今のアナウンスで、その答えがはっきりした。
「氷槍よ!」
「ルーディス」
魔法石で盾を展開し、なんとか凌ぐ。だが、それも今ので最後だ。
「どうする……」
この時間は、魔術部の演舞、美術部の魔法絵の披露だ。そのため、会場内で数多くの魔法が使われているのだ。だから、奴らの魔法による魔導反応にも何ら違和感を持つものはいない。
尚も続く猛攻。
「雷よ!」
「雷よ!」
空気を切り裂きながら立て続けに迫る雷を、なんとか躱す。
どうにかして、この状況を伝えなければならない。だが、俺に人に何かを伝えるための魔法など使えない。
「石ころ遊びはもう終わりかい?」
こちらから打開する手段がない以上、避けることに専念するしかない。
何発も放たれる魔法を避け続けた。だがそろそろ、体力も限界に近い。
「会長にも、先輩にも、見捨てられたようだね」
腹を抱えて大笑いしている姿に、唇をかんだ。
「あれだけ心配してくれていたレーナという女も、今はショーに夢中なようだね」
「そうか……」
俺は、この石に頼りすぎていた。
「まだやる気か?」
「ルーディス・オーバー・フラン」
頼む……届いてくれ。
「ルーディス!オーバー!フラン!」
起動と属性変化を、ただひたすらに繰り返す。
「盾よ、火を打ち消す盾よ、我らを守りたまえ」
氷の盾が、敵の目の前に展開される。
「お前の魔法も無駄だ」
それでも繰り返す。俺にはもう、これしかない。
場内に異変が現れ始めた。
「なんか……気持ち悪い……」
「俺も……」
何人もの生徒が、体調不良を訴え始めた。
それは、舞台裏でメイクをする一人の生徒をも襲う。
「レーナ、どうしたの?」
頭を抱えるレーナの姿を目の当たりにし、ハンナは心配そうに問いかける。
今までにないほど不規則なそれに、レーナは察した。
「アルバート君に、何かあった」
驚いた様子で、ハンナが立ち上がる。その目は、助けたいという思いに満ち溢れてる。
「待ってハンナ。私が、行く」
そんなハンナを、レーナが制止する。
「でも……」
「アルバート君に、後夜祭で見てもらいたいんでしょ?」
にっと笑い、レーナはドレスを脱ぎ捨てた。
波に乗せた想いは、届いた。
『クール・アリシア並びに、ミス・アリシア予選に出場する生徒の方は、集合場所に集まってください』
「そろそろ、終わりの時間ですね。ここまで、よく耐えました」
笑いながら、手を叩いている。
「最後に言いたいことはありませんか?」
「何が崇高な魔法だ。やっぱり、魔法より科学だな」
「ここまできて尚魔法を貶すなど……やはりあなたには、死んでもらいます」
もうすぐだ。あの時のように、必ず来てくれる。
「「雷よ」」
雷が放たれた直後。ふわりと浮き上がる。
「生徒会執行部です!」
冷たく響き渡る声。やはり、来てくれた。
あの日のように、先輩の横に運ばれる。
「大丈夫だった?」
「はい……すみません」
俺が謝罪をすると、ムッと睨まれた。言葉を間違えたらしい。
「ありがとう……ございます?」
「そう、正解」
頷きながらも、先輩の目は相手を捉えていた。
迫る魔法を、なんの造作もなくただ打ち消しながら、先輩は話し始めた。
「私ね、アルバート君に隠してたことがある」
「どうしたんですか?」
手袋を外しながら、続けた。
「ハンナの話を聞いて、アルバート君が助けを求めてくれて、思ったんだ。二人とも、変わったんだなって。それで、私も正直に生きようと思った」
その意思を汲み取り、俺は先輩を見て頷いた。先輩は変わろうとしている。
「アルバート君は、爆炎の愚者って呼ばれてたよね?」
四年前のことだ。その当時、名を馳せていた三人の中学生。その通りな氷の女王、幻惑の舞子、雷の撫子に倣ってつけられた、俺の通り名。それが爆炎の愚者。
「なんで、知っているんですか?」
手袋を投げ捨て、先輩は笑った。
「氷は、対になる爆炎とは比べられるから」
「私は、氷の女王……」
詠唱は、その一節から始まった。伝わる波は、先輩の瞳の奥で感じていたものと同じく、冷たい。
「―ここは、私と氷が支配する―」
ゆらゆらと、雪の結晶が舞う。
「「盾よ!」」
異変に気がついた敵が、魔法に備える。
「―銀世界」
そして、最後の一節と共に放たれた結晶が、地面に落ちた瞬間。
一面が、氷に覆われた。銀世界へと変貌したのだ。
半身氷漬けになった敵を見ながら、先輩は冷たく笑う。
「アルバート君。私は、この魔法で、人を殺めたことがあるの」
自嘲的に笑う、その目には、深い悲しみが含まれている。
「知ってます」
俺も、比べられていたから。
「だから、私はこの魔法が憎いの」
俺の中には、確かな答えがある。今の先輩の言葉は、それに照らし合わせれば間違っている。
だから、諭すように口を開いた。
「先輩は、間違っていません。相手は八人を殺した凶悪犯です」
「でも、殺したことには変わりない」
声を震わせる先輩に、こちらも声を張る。
「先輩が止めなければ、もっと多くの命が奪われていたんです。だから、自分を責めないでください。先輩は、人を殺すために使ったんですか?助けるために使ったんですか?」
「……助けるため」
声を緩め、優しく訴えかける。
「だったら、それでいいじゃないですか」
先輩の手にも、霜が降り始めていた。
「もっと早く、アルバート君に逢いたかったな……」
糸が切れたように、先輩が倒れ込んだ。
「先輩!……嘘だろ」
体温は驚くほど低く、呼吸も浅い。この魔法は、諸刃の剣だ。
他一切を考えず、先輩を背負った。
首に冷気を受け、その部分の感覚が失われていく。だが、構わずに走り続けた。
「アルバートの君……場内に……」
「わかりました」
すぐ側の扉を蹴り開け、近くの席へと走る。
こちらを見て驚く生徒に、呼びかける。
「生徒会だ。頼む、一席空けてくれ」
生徒らは騒然としながらも、席を譲ってくれた。着ていたコートを先輩に被せる。
「魔法で温められるやつは温めてくれ!」
事の深刻さに気がついた生徒らは、それに応じる。
五分ほどで先輩の体温は戻り、そしてそのまま、眠りについた。その表情は、重荷から解放された喜びからか、笑っているように見えた。
この騒動は、一般生徒の誰にも知られていない。なぜ先輩がこうなったのか、なぜミスコンを辞退したのか、その本当の理由を知る者はいない。
生徒の間で断片的な情報が入り混じり、つながり、やがて一つのストーリーが出来上がった。
その中の俺は、やはり悪役だった。




