癒えるものと刻まれるもの
「おはよう」
先輩の声で目覚めた。昨夜のことを思い出すと、少し気まずい。
「おはようございます」
それらを紛らわせるように、目を逸らす。
「身体は大丈夫?」
先輩は、昨日のことなどまるで嘘であったかのように、いつものように、凛と振舞っている。
「はい、今日から練習に戻ります」
こちらも、今まで通りを装った。
それでも、決してなかったことにはならない。いつかは、真剣に向き合うべき時が訪れるのだ。
シャワーを浴びてからジャージに着替え、演習場へと向かった。
入口で待っていたシーナが、こちらに気がつくとすぐに走り寄ってきた。そして、頭を下げた。
「アルバート、ごめん」
「気にすんな」
気にしていたことに驚きながらも、頭をぐしゃぐしゃと撫でる。その言葉は、自分に言い聞かせるためでもあった。
俺は、魔法が単純なものではないということを忘れていた。火力だけが全てではないように、速さと威力の二つも、魔法の全てではないのだ。
「また、やろうな」
魔法だけでは勝てなくても、俺は挑み続ける。
次は、絶対に負けない。
なぜならば、アルバート・レーザスという男は、負けてからが強いのだ。何度負けても、その度にもがいて、苦しんで、最後には必ず勝つ。
今までもそうであったように、これからもそうあり続けたい。それが、俺の生き方だから。
シーナにも、絶対に勝つ。
魔法が一つしか使えなくても、俺には知識がある。
かつて、世界を狂わせるほどにまで発展した文明技術、その知識の全てが俺の脳には蓄積されている。
それは、俺に与えられた、最初で最後の可能性だ。
俺の魔法に可能性などあるわけがないだろう。
何を勘違いしていたのだろう。俺が魔法だけで勝ったことなど、一度もないじゃないか。
相手に合わせた上で勝つなどという正々堂々とした、一流の戦い方など、俺には似合わない。
なりふり構わず相手を自分の戦場に引きずり込む。不意打ちでもなんでも、卑怯と言われたって構わない。それが、俺の戦い方だ。
だが、その戦い方に文句は言わせない。
なぜならこの世界では、勝ったものか正義なのだから。
固定観念も価値観も、常識も。それら全てを覆す。
昨夜、そう決意したのだ。
頰を叩いて、場内へと歩く。その後ろをシーナが続く。面々に挨拶をしながら、練習に入る。
「おはようございます」
「お前、頑丈だな」
シュヴァルト先輩に笑われ、アネット先輩にからかわれた。
「まだ体内魔力の状態が良くないんで、基礎練だけにしときます」
そう伝え、二階へと向かった。
そのまま一人、様々なことに思いを馳せながら、トレーニングに励んだ。
昼食後。ノイルとハンナ先輩の二人に加え、なぜかシーナも合流した。同じ格闘技を教えるなら、二人同時にやった方が効率がいいってのが建前で、ハンナ先輩には、ノイルを選んで欲しいからってのが本音だ。俺なんかより、よっぽど未来がある。
先輩にはカウンターの技術を教え、ノイルには基本的な攻撃の動きを教える。
二人にはそのまま、攻撃と防御を互いにしてもらう。
「お前から行かないと、振り向いてもらえないぞ」
そうノイルに耳打ちをし、俺はさっきから魔法を見せろとうるさいシーナの相手をする。
勝手についてきたシーナはというと……
「魔法を見せてくれるまでこうする」
と言いながら俺の腕にぶら下がったり、足にしがみついたり、まるで子供だ。
なんでこんなに懐かれたのかはわからないが、初めてあった時からずっとこの調子だ。
仕方なく、今できる最大の魔法を生み出す。
「おお!パチパチしてる!」
今の俺には火花が精一杯だが、どうやらご満悦のようだ。
「っ!」
「何やってんだよ」
その火花に手を触れ、熱さに驚いて転んでいる。
「えへへ、熱かった」
と、手に息を吹きかけながらニコニコと笑っている。やっぱり、バカだ。
リハビリを兼ねて遊んでいるうちに、時間は過ぎていった。そんな中ノイルは、こちらの意図を汲み取ってくれたかはわからないが、先輩に他の技を教えてもらっている。よくやったと褒めてやりたい。
「先輩、俺ら上がりますんで、ノイルのこと頼みます」
「わかった。今日はありがとう」
「うす」
一礼し、宿舎へと向かった。これは、ノイルになんとかしてもらうしかない。
風呂で鏡を見た。魔法の跡が胸に刻まれている。
「やっぱり、痛えな……」
目にすると痛みが増したように感じた。
この傷は治療しなければ一生の傷となる。俺は、これを戒めとして、付き合っていくつもりだ。
三日目が終わり、明日はいよいよ最終日となった。




