争奪戦1日目
本校舎を抜け、アプローチに差し掛かる。テントが張られたその光景は、どこにでもあるような部活勧誘。唯一違うのは、その熱気。
帰るためには、この部活勧誘がひしめく人混みだらけのアプローチを抜けなければならない。
だが、隣の二人が早速標的となった。
「儀仗部はどうですか!」
「吹奏楽部に入部してください」
「君!格闘技部に向いているよ!」
そのほかにも、勧誘の誘い文句が飛び交う。
「君、芸術部のモデルになってよ」
魔導工学部のリーエルには、主に芸術系の部活が狙いを定めている。賢明な判断だと言える。
「ミーナさん、ぜひ魔導器研究部に!」
「魔法学科なら、魔法学部だよ」
「君、格闘技部に入る気はないかい?」
最初の二つはわかるが、華奢な女子生徒に戦闘はないだろう。それにしても、ミーナはやはり有名だ。
気がつけば俺たちの周りは人だかりができていた。首席と学長の孫がセットならこうなってもおかしくはない。
「アルバート、どうする?」
ミーナが困った様子でこちらを伺うが、俺にはどうすることもできない。
「どうするっつっても」
「飛びましょう」
惑う俺に代わって、リーエルが答える。
「俺は飛べない。二人で行け」
二人は目配せをし、俺の腕を掴んだ。
「アルバート、行くよ……せーの!」
瞬間、体が浮かび上がる。
野次馬どもの頭を飛び越えた。
「「飛んだぞ、追え!」」
どよめきが起こる。そうして、あっという間にアプローチを抜けた。
詠唱なしで門までとは、さすがとしか言いようがない。
飛ぶというのは、こんな気分なのか。
それにしても、ここまでしても付いてくるとは、しつこい奴らだ。ほんの少しだけ、脅してやろう。
目を閉じ、意識を集中させる。そして、詠唱を口ずさむ。
「ルーディス・ラ・デーラ・ラウディス・ラ・フラン・メイド・アド・メイド……」
紡がれた言葉に従い、体から溢れ出した魔力が腕へと収束、魔法陣が空中に展開され、紅く浮かび上がる。
陣は幾重にも重なり、焔が渦を成し始める。
「アルバート⁉」
波動が三人の髪を揺らす。
「アルバート君⁉」
魔法は完成し、後は放たれるのを待つのみ。
「「避けろ!」」
魔力反応を感知し、慌てて射線から飛び退いた。
それを確認し、すぐに魔法を解除。
「……セル」
魔法陣は割れ、収束した魔力は発散、三人の体内に吸収されていく。
ミーナの青ざめた顔を目にし、笑ってしまった。
「マジで撃つと思ったのか?」
「略してたし、顔が本気だったから!」
ミーナの額には冷や汗が浮かんでいる。リーエルに至っては涙目だ。
「撃つわけないだろ」
こんなもん撃ったら、退学どころの騒ぎではない。テロリストの仲間入りだ。
そうこうしていると、校舎から尋常じゃない人数の教師が出てきた。
「さすがにやりすぎたか」
どうしようか考えていると、リーエルが俺の手を引いた。
「着いてきてください。いい場所があります」
リーエルに導かれるまま、俺たちは近くのカフェに逃げ込んだ。
隠れ家的な場所に位置していたカフェ。その店内は、照明が抑えられ、落ち着いた雰囲気を漂わせている。奥の四人がけのテーブルに着き。とりあえずコーヒーを注文した。
「聞きたいことは山ほどあるのですが」
リーエルが話を切り出した。俺は黙って頷く。
「先ほどのあれは何ですか?」
何ですかと言われても、見た通りだと思うが。
「見たとおり、魔法だが」
「それは分かっています」
「私が説明します——」
ミーナが説明を始めた。あれは略式詠唱の一つで、父が生み出したものだ。使えるのは親父と俺と、ミーナだけ。
「そういうことですか」
「まあ、そのせいで父も俺も学界からは永久に追放だ」
笑い飛ばしながら言う。
崇高なる言語と位置づけられた魔法詠唱を改変し、省くなど、学界の幹部が許すわけがない。まあ、父も辞めたがっていたからちょうど良かったのだろう。今となっては笑い話だ。
「アルバート、時間割」
そうだった。直ぐに端末を開き、先生にもらったものをそのまま転送した。
「ミーナさん、私とも連絡先を交換しませんか?」
リーエルの言葉に、ミーナは喜んで応じた。そこからは二人で勝手に盛り上がり始めた。
居場所を失った俺は、追加で注文したチョコレートケーキを頬張りながら、本を読み進めた。