錯綜する想い
目を覚ますと、ベッドで寝かされていた。
かなりの時間気を失っていたのだろう。窓から差し込んだ夕日が天井を赤く染め上げている。皮肉にも俺の魔法と同じ色だ。
俺は、完膚無きまで負けたのだ。
なんとも言えない虚無感を吐き出すように、深いため息をついた。
ふと、人の気配を感じた。
「アルバート君……」
この声はハンナ先輩だ。
「先輩……いつから?」
赤く染まる天井を見つめながら、会話を続ける。
「君が来たときから、ずっと」
「練習は……よかったんですか?」
「心配だったから」
その言葉に、少し心が温まる。
「ありがとうございます」
心地のいい、静かな時間が続く。このまま、全てを忘れて眠ってしまいたい。
「先輩……」
「どうした?」
声をかけたが、何を言いたいかは考えていない。
しばらくの沈黙の後。言葉を絞り出した。
「強さってなんなんですかね」
頭に浮かんだ言葉を、そのまま口に出した。それは、俺がこれまで求め続けた「強さ」というものへの、本質的な問いだった。
シーナと戦って感じたのは、格の違い、ただそれだけ。
七つの魔法は全て、一つの魔法を導くための一節。そんな化け物じみた才能の前には、小細工なんて通用しない。
俺が積み上げてきたものが全てが否定され、壊された感覚だった。
「私にもわからない」
思い出すと、様々な感情が込み上げてきた。
「俺は……どうすればいいんですかね」
どれだけ足掻いても、勝てるとは思えない。
すると、ハンナ先輩が俺の手を握った。その手はとても柔らかく、なぜか温かく感じた。
「大丈夫。今のアルバート君には、人に優しくできる強さがある」
優しさに満ちた声音。それに応えるように頷いた。
「どうしたら、強くなれますか?」
「私は、人は悩んで、迷って、彷徨って。ゆっくりと強くなるんだと思う」
その言葉を聞いて。自らの過去を振り返った。先輩の言う通りだ。
「俺も……そうでした」
顔が見えるように、少し体を起こした。
一度離れた手は、先輩によって再び握られる。俺は、先輩の目を見た。
「だから、焦らなくてもいい」
夕日に照らさた先輩の顔も、赤く染まっている。
「はい……」
先輩は言葉を選ぶように、目を泳がせている。そして、少しずつ言葉が紡がれてく。
「私は、魔法なら教えられる。シーナよりも強い」
「俺に……教えてください」
「教えるだけではいやだ。私は、アルバート君と一緒に強くなりたい。私だけ、置いていかれたくない」
ギュッと、さらに手を強く握られた。少し心臓が跳ね上がる。
「だから……私にも……教えてほしい」
照れながら、先輩が真っ直ぐにこちらを見た。
何を、とは聞かず、ただ頷いた。俺が教えられることなら何だって教える。
「本当?」
なぜなら、こうやってハンナ先輩に頼られるのは、特別なことだから。
もう一度、強く頷いた。
そして、手が包み込まれるように握られ、心が痛くなる。だが、その優しさには争うことはできなかった。
身を任せ、目を閉じた。時が全てを解決してくれるだろう。
再び目が覚めた時には、すっかり夜になっていた。
帰っていると思っていた先輩は、俺の胸の上で心地好さそうに、無防備にもこちらに顔を向けて寝息を立てていた。
愛おしい、そう、思ってしまった。
「アルバート君……」
「っ!」
急に呼ばれて驚いたが、寝言だったようだ。
「そういうことか……」
昨日、先輩の様子がおかしかった理由がわかった。それに気づかないほど鈍感ではない。
雲の切れ間から差し込んだ月明かりが、先輩の顔を照らす。
その幸せそうな表情に、思わず笑みがこぼれる。それと同時に、胸が締め付けられた。
「なんで、そんな表情してるんですか」
今までにないぐらい動揺しているのが、自分でもわかる。
「俺は、どうすればいいんですか?」
囁くような声で、眠る先輩に声をかけた。
けれど、返事は帰ってこない。
窓から見える満天の星空に、季節外れの夏の大三角が浮かんでいた。
「なんでこうも、上手くいかないかな」
そう吐き捨て、再び目を閉じた。俺は、どうすればいいのだろう。




