冷徹と温厚
「退学でいいだろ」
判断は驚くほど速く、あっさりとしたものだった。
「まあ、保護者を呼び出しての話し合いが先だが」
髪の毛をぐしゃぐしゃと揉みくちゃにしながら、机に突っ伏した。
「仕事が増えた……せっかく研究の時間が取れると思ったのに……めんどくせぇ」
先生は職員室に響く声で唸る。
「アルバート、放課後に話し合いな」
「わかりました」
職員室を後にし、教室へと戻る。
「おはよう、リーエル。あ!アルバート君も、おはよう」
一日で変化がやばいな。前まで危険人物だと思われていたとは思えないほどだ。
メルトバーグは……ちゃんときているが、やはり前のように友人とは話していない。所詮、その程度の思いやりしかない友人だったのだろう。
席へと戻ると、ある異変に気がつく。
「あれ、俺の机どこ行った」
心当たりしかないが、あえてとおどけてみせる。
「おかしいですね」
リーエルも俺の意思を汲んでか、とぼけ始めた。
「机ないから、俺、帰るわ……あれ、鞄もない!?」
「アルバート君、家に置いてきたんじゃないですか?」
クラスが笑いに包まれる。本来ならシリアスな空気になるのだが、四人の思惑通りにはさせない。
「メルトバーグじゃねえの?」
さっきの一人、ゲルジュが吐き捨てた。まだ反抗するか。
「おい、ゲルジュ、その目で見たんだな?」
「いや、見てねぇけど、それしか考えられないだろ」
クラスの雰囲気が変わる。徐々にメルトバーグへと疑いの目が向けられ始めた。
「なら、生徒会長を呼んでくる。リーエルはここを頼む」
「わかりました」
一度、メルトバーグの席へと向かう。
「メルトバーグ、お前じゃないだろ?」
小さく頷いた。
「なら、行ってくる」
「アルバート君、会長は一組、本校舎の最上階です」
「わかった」
教室を飛び出し、本校舎へと走った。三階までの階段を駆け上がり、会長がいる教室へ。
ノックをし、教室へと突入。
「失礼します。一年のアルバートです。エレナさんに用があって来ました」
クラスがざわついた。見渡すとレーナ先輩とハンナ先輩の姿もある。二人とも、ただことではないことをすぐに察した。
担任の先生と共に、先輩が出てきた。
「君、どうしたんだね」
「話せば長くなります。とりあえず、エレナ先輩を一時間ほど借りたいんです。お願いします」
深々と頭を下げた。
「わかった。行ってやりなさい」
「わかりました、先生」
「ありがとうございます」
そこに、教室からハンナ先輩とレーナ先輩の二人が出てきた。
「先生、私も行きます」
「すみません、私も行かせていただきます」
三人を連れ、すぐに教室へと引き返す。
「アルバート君、突然どうしたんですか?」
エレナ先輩が問う。
「俺の机が無くなりました」
「どういうこと?」
「それを、一人に濡れ衣を着せようとする奴らがいます」
「多分、私の弟と関係がある」
ハンナ先輩が呟くように言った。
「そうなの?」
レーナ先輩の確認に、黙って頷いた。
「すまない」
「ハンナ先輩は悪くないです。悪いのは俺と、そいつらです」
顔を見なくても、どんな表情をしているかは想像がつく。
教室へとたどり着くと、クラスは犯人探しで騒然としていた。
「アルバート君、ごめんなさい」
それは、こうなってしまったことに対するものだろう。
「いや、仕方ない」
そう言いながら、メルトバーグを教室の外へと避難させる。
少し遅れて、先生がやってきた。
「どうなってんだよ……」
リーエルがすぐに事情を説明すると。
「アルバート、リーエル後は任せた。三年生の三人も、わざわざありがとう」
そう言って、先生はメルトバーグを屋外へ連れ出した。
教室に入り、一喝。
「座れ!」
怒りを込めて叫ぶと、クラスが静まり返った。ここからは、会長に委ねる。
皆が、会長に目を向ける。
「おおよその事情は把握しました。そこの四人、まずはあなた方からです」
会長が真っ先に指をさしたのは、今朝の四人だった。一眼でそこまで見抜くとは、本当に恐ろしい魔法だと実感する。
「レーナは一緒に来てほしい。ハンナはアルバート君から話を聞いておいてくれる?」
エレナ先輩の真意は伝わった。
「わかりました」
ハンナ先輩と話すために外へと出て、花壇に腰掛ける。
「やはり、昨日の一件が原因なのか?」
「そうですね……何度も言いますが、先輩は悪くないですよ」
けれど先輩の表情は曇ったままだ。
「どうして……」
先輩は何かを言いかけて、やめた。
「俺、杖買ったんですよ」
無理に言葉を引き出そうとはせず、あえて関係ない話を始めた。
「どんなのにしたんだ?」
なんとか話に乗ってくれた。少し表情がマシになったような気がする。
「えっと……色は黒なんですけど、形は複雑で、こうなってて、こんな感じで、とにかくカッコいいやつです」
「全く伝わってこないぞ」
少し表情が和んだ。この調子で気楽にいこう。
「なら、今日の部活で持ってきます」
「見てみたい」
その後も、しばらく雑談に興じた。
「それで……さっき、なんて言おうとしてたんですか?」
そのままの流れで、自然と聞く。
「ああ……どうして、私が悪くないと言ってくれるんだ?」
「だって、本当の事ですから」
遠くを見つめながら、言う。
「でも、弟がああなったのは、私のせいだ」
「それは違います」
先輩の目を見て、はっきりと否定する。本当に、それだけは違う。
「二人の間に何があったのかは分かりません。でも、奴が今のようになったのは、全て奴の選択です。たまたまハンナ先輩のような姉がいたというだけの話です」
「…………」
ハンナ先輩は口を噤んだまま、少し俯く。
「俺にも、妹がいるんですよ」
少し顔を上げ、意外そうな表情を浮かべている。
「先輩は、俺の妹はどんな性格だと思いますか?」
「アルバート君をそのまま女の子にした感じ……だろうか?」
こちらを伺うように、見上げてくる。それから視線を逸らすように、再び遠くの空に目をやる。
「それが、殆ど真逆。めちゃくちゃ真面目で頭が良い。それでいて、俺みたいな兄を心配する優しい奴です」
「……」
「俺を見てたら、こうはならない」
「……」
「関係ないんです。所詮、兄や姉なんてそんなもんなんですよ」
ハンナ先輩を見ると、手で涙を拭っていた。
「すまない……こんなみっともない姿……」
「だから先輩も、ありのままでいてください」
ハンカチを差し出しながら、花壇から立ち上がる。
「……ありがとう」
先輩を一人にし、先に教室へと戻った。
「アルバート君、やはり、あの四人でした」
「どうしますか?」
「任せます」
任せます、か。退学でもいいが。
「私は、更生の機会を与えてあげてもいいんじゃないかと思っています」
「そうですか」
やはり会長は、強いだけあって器が大きい。何かあっても対処できるからだろう。
しばらくして、ハンナ先輩が帰ってきた。
「私に、そいつらを殴らせて」
その一言に、エレナ先輩は困惑していたが。
「俺の代わりという形なら、大丈夫でしょう」
校則の解釈的には問題ない事を伝えると納得した。
四人を呼び出し、選択肢を与える。
「退学か、殴られて二日の謹慎か、選べ」
「殴れ」
「わかった」
ハンナ先輩の前に引き出し、教室へと戻る。乾いたビンタの音を背中で受けながら、教卓の前に立つ。
「今回の件は、二日間の謹慎で終わりにする」
ざわつくのも当然だろう。
「机がどうこうなんて気にしていない。だが、次はない」
「俺は、アルバートの判断に従う」
「私も、当事者である彼の判断に異論はありません」
会長はと先生がそう言ったことで、クラスが落ち着いた。
波乱の幕が、ようやく閉じた。
「ありがとうございました」
「アルバート君って、敵に回すと厄介だよね」
三人が頷いている。
「わざと殴られて校則違反で反撃なんて、普通は思いつかないよ」
「そういうところ、エレナと似てる」
笑いながら、レーナ先輩とハンナ先輩が言う。ハンナ先輩の口調は、少しだけ変わっていた。
「アルバート君、また後で」
廊下でハンナ先輩らと別れ、教室へと戻る。
「アルバート!」
呼ばれて振り返ると、メルトバーグが立っていた。
「ごめん」
深々と頭を下げる。それはミーナのこと、そして今日のことだろう。
「過ぎたことは気にすんな。パンで許してやる」
「ありがとう」
「それは、お前の姉に言え」
そう言って、教室へと入る。
「アルバート、助かった」
研究の時間が保証された先生は、なによりも嬉しそうだ。
有り余っていたはずの体力が、ごっそりと削られた。
当分はこんな面倒は起こらないことを祈るばかりだ。




