赤髪の一族
今年度の新入生の総数は、全学科を合わせて一五〇〇。とんでもない人数だ。前年度の一〇〇〇人からこまで増えた原因は、魔法工学科の新設と、戦争による魔導士や治療要員の需要の拡大だ。
魔導兵科の八〇〇人と比べると、魔導工学科は一五○人と少ない。それでも、三クラスになる。
この学校には、軍属時代の名残からか、軍に似た風習があるようだ。
その一つは、今隣にいるミーナの胸にも付いている記章だ。成績、部活動、課外活動において称賛に値する活躍をしたものに与えられる。主席にも当然与えられる。
多ければ多いほど、後の進学へのアドバンテージになるらしい。
入学式で歓迎の言葉を述べていた生徒会長の胸元は、両方の意味で言葉を失った。
まるで壁に飾られているかのような、豪華絢爛な記章の数々は、当然目を引くし、褒賞に興味のない俺ですら憧れる。
案内されてやってきたのは、白塗りの新校舎。白一色の建物は、赤レンガ造りが殆どのアリシアの建造物の中ではかなり浮いている。
案内の先輩の胸にも多くの記章がある。
建物内は、現代の魔導器の研究所と同じく、白タイル作りになっていた。一階、二階に教室が配置され、最上階に研究室。
それに加えて、地下には長さ一〇〇mを越す射撃場。
一昔前のデザインに関心を持っていたのは、俺を含めほんの数人だった。
俺の教室は二階、1–2Mだ。席順は、左上からアルファベット順。俺の綴りはAlbert、つまり左上だ。
「また会いましたね。名前を教えていただいてもよろしいですか?」
後ろを振り返ると、さっきの女だ。思わずため息が漏れた。
「アルバート。綴りはよくあるやつだ。……よりにもよって後ろかよ」
「仕方ないでしょう、Aliciaですから」
その文字を、頭の中で並べていく。名前を理解し、顔から血の気が引いていく。
「アリシア……」
俺の反応に、彼女は笑う。この国で赤髪は珍しいから、勘違いということはない。纏う魔力の感じや、雰囲気も、学長が話している時に感じたものとよく似ている。
「やっぱり、そうなりますよね」
「はじめまして。アルバート・レーザスです。これからどうぞよろしくお願いします」
学長の孫に割と失礼な態度をとっていたことにかなり焦っている。権力の恐ろしさは、父の影響でよく知っている。
「私はアリシア・リーエルです。あなたの想像通り、学長の孫。アリシアと呼ばれるのは苦手なので、リーエルと呼んでください。アルバート君、これからよろしくお願いします」
それと、同じ年なのに敬語は辞めてください、と笑いながら言われた。
「よろしく」
「こちらこそ」
携帯の連絡先が、四人から五人に増えた。もちろん、親父、母、妹を含めて、だ。
その後も二人で話していると、教室前方の扉が開いた。入ってきた教師は、赤髪の男。
嫌な予感がした。
目の前にまた同じ髪色、同じ雰囲気の人間が立っている。その男は、口を開いた。
「とりあえず、自己紹介といこうか。俺はアリシア・エルトーレ。主に古代技術関連を教える。一応、魔導士資格も持っているから、軍用魔術の事で聞きたいことがあれば何なりと聞いてくれ。ただ、学校の事は俺もわからないから何も聞くな」
予想通り、アリシア一族……。なんというか、もうめちゃくちゃだ。
「リーエル、立て」
後ろで、慌てて立ち上がる。
「面倒だから先に紹介しておく。こいつは俺の妹の、リーエルだ。仲良くしてやってくれ」
クラスの注目の的になり、彼女は少し頰を赤らめた。第一印象だと兄は、お嬢様気質を漂わせる妹とは正反対の印象だ。
その後も話は進む。
先生は視覚操作魔法を展開し、表のようなものを白板に表示した。
「早速だか、今後の予定について説明させてもらう」
先生は一度、大きく咳払いをし、説明を始めた。
「一学期は主に、古代技術基礎の実験と理論を進めていく。まあ理論については、ここにいるお前たちにとっては遊びのようなものだ」
その言葉に合わせ、前の白板に時間割が表示されていく。毎日二時間がその時間となるわけだ。
「次は体育だが、このクラスは基本的に模擬戦の中で軍用魔術の基礎を教える。上位魔法が使いたい奴は個人的に聞きに来るか、部活動でなんとかしろ」
こちらは火、木に二時間ずつ。残りは一時間だ。例年は通りなら、ペアで戦い、空き時間に先生に軍用魔術を教えてもらう形式の授業展開がなされているらしい。
「最後に魔法学だが、これは、お前らはあまり考えなくていい。制度上やらないといけないだけで、ほとんど意味はない。ただ、一級資格を取得したいなら、やるしかない分野だ」
これは毎日一時間ずつだ。曰く、テストの点数さえ取れるなら、自由に好きなことをしてもいいという。
「午後が開いている日は基本的には課外活動時間だ。他の科や他校との共同研究、戦闘演習となることがある。その場合はこちらから一ヶ月前までには知らせる。今後の予定は以上だ。この時間割はお前たちの携帯に送っておく」
その言葉通り、彼は干渉魔法を用い、俺たちの携帯端末にその情報を送った。数名の女子生徒は悲鳴を上げていたが、それはおそらくセキュリティを破られたからだろう。
「安心しろ。干渉魔法でお前たちの携帯の情報を抜き取ったりはしない。そんな事をすればリーエルに殺される」
笑いながら先生は言ったが、数人の生徒は白い目で見ている。
今のでわかった。この先生は相当な実力者だ。起動から展開までがほぼ同時、それも複数の魔法陣の展開、おそらく、国内で五本の指には入る。
次いで、それぞれの学内着の受け渡しを行い、一日目は終わった。かなり早いが、普通はこんなものだろう。
「今日は解散だ。部活動の勧誘には気をつけろよ」
この学園の名物でもある。二十を超える部活が生徒を奪い合う光景は、人の愚かさをよく表していると思う。
「アルバート君、この後、話をしませんか?」
帰ろうとしていた俺に、リーエルが声をかけてきた。
「幼馴染も一緒でいいならいいが」
「もちろんです」
「なら行こう」
鞄を担ぎ、教室を出ようとした矢先。
「アルバート、ちょっと待て」
突然、先生に呼び止められた。心当たりはない。
「なんでしょうか?」
「お前、妹と随分と仲良くなったじゃないか」
「まあ、さっき友達になったばかりですが……」
「そうか。妹に手を出したら退学な?」
口では笑っているが、目が笑っていない。自分にも四歳下に妹がいるが、年が離れればこれほどまで気にかけるものなのだろうか。
「気をつけます」
「それならいい。色々迷惑かけると思うが、仲良くしてやってくれ」
と、背中を叩かれる。
本当にこの先生は大丈夫なのだろうか。そんな心配を抱きながら、教室を後にした。