理由
アラームが鳴るよりも前に目が覚めた。日の出が早くなってきているとはいえ、今はまだ五時半、外は暗い。
昨晩の早寝が功を奏し、昨日まで感じていた疲れは完全に癒えている。自分でも、身体中が魔力で満たされているのが感じられるほどだ。
手を出し、少し魔力を込める。毎日のバイタルチェックは小さい頃からのルーティンだ。
ボッッと、火の粉が舞い上がった。
普段ならパチパチと火花が上がる程度、今日の調子は最高らしい。
学校までの道を走り抜け、演習場へと向かう。今日は動きの最終調整と、昨日買ったペンダントの確認だけだ。
十五分ほどで調整を終えだ。シュヴァルト先輩に声をかけ、アリーナを後にする。
まだ暗い学園内を歩き、教室へと向かった。
この時間は、さすがのリーエルといえどまだ登校していない。
エナジードリンクを飲み干す。そして、リーエルの机に「起こしてくれ」とメモを置き、仮眠をとった。
「―起きてください……やっとですか」
割と深い眠りに落ちていたことに驚きながら、あくびを一つ。
「おはよう」
「おはようございます。何かあったのですか?」
俺が寝ていたことに対し、疑問を抱いているようだ。
「いや、特に何もない、体力の温存だ」
「ということは、今日……ですか?」
俺は頷いた。
「着替えてくるから少し待っててくれ。そのあと、作戦会議をしよう」
「わかりました。考えがあるのですね?」
「まあ、後でな」
教室を出て、トイレへ。更衣を済ませ、再び教室へ。今は更衣室へと向かう時間も惜しい。
「それで、作戦だが、相手の戦型によって切り替わる―」
昨夜考えた作戦を話し始めた。
初めは、俺の無詠唱魔法。そこは変わらない。
後衛の敵が防ぎにかかれば、俺が飛び、隙だらけの相手をコートの外に吹き飛ばす。その間、前衛の相手はリーエルに任せる。
並んでいれば、先に片方を叩く。そして、もう片方対しては、俺が近接戦に持ち込む。リーエルは距離を取らせないよう、威嚇射撃をするという手はずだ。
「あくまで近接戦なんですね」
納得しながらも、疑問に思っているようだ。
「ああ、あいつは殴り合いに相当な自信を持ってるようだからな。小細工なしに、相手のフィールドに上がった上で、完膚なきまでに叩き潰す」
「どうしてそこまでするのですか?」
そもそも論を突っ込まれた。
「あいつには色々とやられたからな。まさか、こんな場所で再開するとは思ってもいなかったよ」
八年前の怒りが蘇る。
「何か、あったのですか?」
「いい話でもないぞ?」
「はい。知りたいです」
八年前のあの日のことを全て話した。案の定、リーエルの表情は曇る。
「ミーナの背中には、あいつが付けた傷が残ってい」る」
「許せません」
目に涙を浮かべながら、リーエルの怒りを露わにする。
「近接戦にこだわるのは、魔法だと傷が残るからだ。私欲の暴力に魔法は使いたくない。その代わりに、二度と消えない傷を心に刻み込む」
と、笑いながら。
「でもどうして、そこまでしてミーナさんの仇を?」
あいつとの一件があった少し前、ミーナの実家から届いた荷物の整理を手伝いをした時のことだ。最後まで封がされたままのダンボールが一つだけあった。ミーナに許可を取り、中を見せてもらった。
その中に入っていたものは、ボロボロになるまで使い込まれた魔導書とノートだった。
ノートを開いた俺は、息を飲んだ。そのノートの中は文字で埋まっていた。何度も何度も詠唱の単語を書き連ねられ、黒く滲んでいる。
気がつけば一冊、また一冊と手にとっていた。
止められなかった。ページをめくる俺の手は、震えていた。
そして、冊数を重ねることに、それらは意味を持つ文へと変わっていることに気がついた。やがて最後の一冊になると、詠唱の横に丸やら三角やらが描かれるようになっていた。それは多分、実際にできるかできないか、だ。
鼻をすすりながら、次に魔導書を手に取った。驚いたのが、表紙以外は、ある一部を除いてとても綺麗だったことだ。その一部、読み込まれた箇所は、爆炎系の章だった。
開くと、紙が落ちてきた。
その時、ミーナが慌てる。けれど、遅かった。
『アルバートへ』
それは、俺に宛てた手紙だった。字から察するに、小学生の頃に書いたものだろう。
『もしアルバートが悩んで、ひとりではどうしようもないと思った時は、思い出して欲しい』
そのあとの一文だけが、魔法用のインクで綴られていた。
『私は、立ち直るまではずっと、アルバートの側にいる。何があっても、味方でいる』
魔法は、意思を持つ言葉が詠唱としての役割を果たすものがある。
あいつが、それを知らないわけがない。その一文は、魔法として成立している。
涙がこぼれ落ちた。
「バカだろ」
「ううん、大丈夫。それに、効果はずっと前に切れてるから」
その言葉の意味はすぐにわかった。
「……そうか」
その時から、俺はよりミーナを尊敬するようになった。その努力を尊重しているし、彼女と過ごしてきた時間を誇りに思っている。
だから、その努力を、過ごしてきた時間を否定されるのは、許せない。
「……特に、それを壊そうとしたやつにはな」
ふふっと笑いながら、リーエルが続ける。
「アルバート君は、優しいですね」
目に浮かんだ涙を拭いながら、リーエルは微笑む。
「優しい?冗談だろ?ただの自己満足のケンカだ」
そういって、席を立つ。
「そういうことにしておきます」
そう言いながら、リーエルも続く。
授業まではあと十五分ほどあるが、少し早くグラウンドへと向かった。
入念な準備体操を行い、戦いに備える。
そもそも、身体強化ができない俺にとって、戦いは完全に身体能力頼りだ。いい加減なストレッチだと、普通に怪我をするし、最悪の場合は、肘の靭帯やアキレス腱がブチ切れる。
特に今日は、念には念を。
「アルバート、早いな」
先生だ。とりあえず挨拶をして、今日から参加できるという旨を伝える。もちろん、魔法の弱化はクリアしている。
「よし、なら一戦目だ。相手だが……ぐちゃぐちゃになってるんだよな……誰とやるか、決まってるか?」
「メルトバーグでお願いします」
もちろん、決まってはいない。だが、あいつと俺のいざこざの噂は広がっている。向こうは断れる雰囲気ではないだろう。
始業の鐘が鳴った。
「早速一戦目、アルバートが指名で、メルトバーグペアを指定した」
先生の言葉にクラスが沸き立つ。
「メルトバーグ、どうする?」
誰かの、「怖いならやめとけよ?」という言葉にメルトバーグの眉が釣り上がる。
「誰がこんな無能に負けるか」
その言葉に、ボルテージが上がる。これは、チャンスだ。
「みんな、聞いてくれ。俺は、こいつに魔法は使わない。その上で勝つ」
その言葉に、さらに沸き立つ。
「そんなこと、できるわけがない」
メルトバーグは笑う。
「こちらは一撃も食らうつもりはない」
そう宣言しコートに入った。これは俺も、負けられない。




