感情の扱い方
親父からヒントを貰えたとはいえ、そう簡単にはいかない。普段は使っていない言葉を詠唱にする為には、刷り込み作業が必要なのだ。
ティンは小さい、ティンドはとても小さい、ピアーは弱い。これを頭にイメージとして定着させなければ、詠唱文にはならない。
いつものように隣にはミーナがいる。しかし、会話や二人の様子はいつもと違う。
ミーナはピースをしており、俺はそのその指の間を凝視している。
ミーナが電気を走らせた。
「メイド」
「正解、次」
「ピアー」
ミーナは次々と様々な強さ大きさの電気を走らせ、その度に俺がその程度を答えていく。
これは子供に詠唱文を教える時用いる、基礎的な授業法。間違いなく高校生向けではない。
その、尚も通学路で行われている授業を目にした生徒は笑っている。
「人の苦労も知らないで笑いやがって」
「はい、集中して」
ミーナも、完全に先生の気分だ。俺も、小学生の様に、はーいと返事をするのがいいか。
アプローチを抜け、本校舎にたどり着いた。
「これが最後」
よし、と意気込んだのも束の間。電撃は俺の元へ飛んできた。
「痛っ!」
俺の腕に撃ったぞ、こいつ。
「またね」
颯爽と走り去るミーナの後ろ姿に、俺は復讐を固く決意した。
一、二限は実験室で昨日の続きを行ったが、特に収穫は得られずに二時間が終わった。昨日のように新しい発見はできなかった。
そして、問題の体育。変わらず俺たちは別組だ。
「いきますよ……はい、」
「ティン」
「はい!」
「ティンド」
ミーナと同じ事をリーエルにもしてもらう。彼女は楽しそうだ。
クラスからの目は朝のそれと同じ、怪奇を見る目だ。
そろそろ頭に入ってきた頃だろう。
「ティン……おっ」
「昨日より短くなりましたよ」
火柱は二メートルから一メートルへ。大きな進歩だが、先は長い。
「そろそろ入らしてくれないですか?」
オルド先生は首を横に振った。最低でも二〇センチに抑えないと入れさせないとのことだ。
そこからはまた、小学生に戻った。
それは魔法学の時間でも同じ。
ランプやロウソクの絵をシャッフルしては取り、出てきた絵に合う詠唱を呟いた。やっぱり、火の絵や魔法でやる方がイメージが掴みやすい。
隣の奴はこちらが気になって授業に集中できていない様子だ。
高校生の中に、一人だけ小学生が混ざっているようなものだ。隣にそんな奴がいれば、間違いなく集中などできないだろう。
小学生の頃から強さだけを求めた結果の後始末を、今になってしているというのは、なんとも情けない。
今日の放課後は、部活での材料の買い出しに出かける。クラスの奴に声をかけたところ、全員が来るらしい。
近くのモールにある魔導器・魔導機の専門店に向かった。
「休日と比べるとやはり、人は少ないですね」
リーエルは来たことがあるらしい。
「どこに行くの?」
シャルが俺に尋ねるが、俺は目的の店の他に何があるかはほとんど知らない。
「なあ、リーエルとかと回りたいだろ?」
ライノとクルシュに耳打ちすると、二人は頷いた。これはwin-winだ。
「リーエル、シャルとこいつら二人、頼むぞ」
「ちょっと!」
こういうのは一人でじっくり選びたいから、三人をリーエルに押し付けて目的地まで急行した。
店内は様々なものが売られている。
親父が創ったF-B90や、ファウンド社のB-87をはじめ、各メーカーの競技用製品が多数。
俺の目的は、その奥。
そこには 金属板、成形済みのフレーム、魔導板、魔法陣や魔導線、自作のためのパーツが売られている。
まずはフレーム選びから。
親父の話から、全て自分で作る方が安く性能が良いものが作れるということがわかった。
俺は迷わず未成形の金属板を選んだ。三枚をカートに入れる。
次は魔法陣。これも同じ理由で何も描かれていない魔導板、陣を描くためのペンとインクをカートへ。
失敗しまくるだろうから、15枚ほど余分に買っておく。
そしてその他、魔導線やその接合部品、塗装用品をカートに入れ、レジへと進んだ。ちなみに、全てマゼラティクス社製だ。
すかさず学生証を提示した。
「はい……2割引で……27,024ペグです」
「はい」
高いように思えるが、加工されていれば4万は超える。F-B90に至ってはカスタム無しで100万だ。
持ち帰れるはずもないので、続けて学校に送る手続きをする。当然、その許可は既に得ている。
携帯が鳴る。リーエルからだ。
『三階のエルネスという店に来てください』
どうやら、お呼びのようだ。
指定されたエルネスというのは、男性用の革製品の専門店だった。
「何してんだよ」
「男の人というのは、どんなものを欲しがるものなのでしょうか?」
「誰に贈るんだ?」
「兄です。週末が誕生日なので」
好きな色や普段の鞄を色々と聞いた結果、一つに絞られた。
「なら、これだな。値段も予算内だ」
選んだのは黒魔牛の皮を用いたビジネスバッグ。あの人なら形とかよりも機能性を重視すると思うから、ポケットの多いものを選んだ。
「ありがとうございます」
お金を払うとき、とても嬉しそうだった。本当は兄のことが好きなんだろう。
それが俺へなら、言うことないんだけどな。
皆は下のカフェで待っているらしく、そこに向かった。
そこで色々と聞いた。シャルは心理操作魔法に対する妨害装置を、クルシュは魔導人形を、ライノは望遠鏡を作るそうだ。
「アルバート君のは、完成するといいですね」
クルシュが笑った。絶対バカにしてるだろこいつ。
「お前こそ、その歳でお人形遊びか。四肢がもげなきゃいいな」
睨み返した。魔法で負ける分には諦めがつくが、魔導工学は絶対に負けたけくはない。
「今頃小学生の授業をしているような人に、そんなこと言われてもね」
必至になって俺の粗探しか。
「やる必要なかったんでな」
その言葉に、クルシュはさらに笑った。
「魔法の制御が不完全で人を殺しかけているのに、よくそんなに堂々としていられますね」
その言葉に一瞬、頭に血が上った。すぐに息を整えた。
「図星で言葉も出ないようですね。やはり、カルロスの言う通りでしたね。貴方のような人間には負ける気はしませんし、その制服もふさわしくない」
「それに、首席で入学したスノーカさんは、小学生の頃からあなたに弱みでも握られているのでしょうか?可哀想ですね」
「っ!」
これ以上は限界だ。
「三人とも悪い、帰るわ」
お金を机の上に置いて、席を立った。
「アルバート君……っ!」
「あんなのはほっときましょう」
感情をここまで押さえ込んだのは初めてだ。
あいつは確か、あの中の一人だ。
さて八年前の復讐だ。
今度は二度と魔法が使えないようにしてやろう。




