#5 軌跡
退院の手続きをしていた翔太の前に鞠花が現われた。その姿は見慣れた看護服ではなくて普段着だった。そんな鞠花を見て翔太は苦笑した。
「どうしたの? 退院祝いにデートでもしてくれるのかな…」
そんなどうでもいいことを言う翔太の頬にいきなり鞠花の平手が飛んできた。
「バカ!」
翔太は鞠花に引きずられて彼女について行った。
「ちょっと! どこへ行くの?」
「病室へ戻るのよ」
「なんで?」
「治療を続けるためよ」
「もういいよ。どうせ僕はもうすぐ死ぬんだから。だったら…」
翔太が半ば自暴自棄になって発した言葉は鞠花に遮られた。。
「だからバカだっていうのよ。言ったでしょ? 腫瘍は小さくなっているの。このまま治療を続ければ助かるのよ。奇跡が起きたの」
「まさか…」
鞠花に病室へ連れ戻された翔太は鞠花にベッドへ押し倒おされた。その前で鞠花が仁王立ちになった。
「今から私が24時間そばで監視するから」
「それは嬉しいけど、そんなの無理でしょう。だって他の担当患者さんだって居るのに…」
「だから辞めたのよ。病院を辞めて今から高村さん専属の看護師になったの!」
「えっ?」
「えっじゃないわよ。だからさっさと着替えて! 今日の治療はもう予約してあるんだから」
翔太は鞠花の言葉がうそではなかったことに漸く気が付いた。そして、鞠花の想いに応えるべくより一層の努力を誓った。
こうして二人三脚の治療が始まった。治療は順調に進んで行った。そして宣告されていた余命の1年が過ぎた。
「まだ生きてるんだね…」
翔太が呟く。このころには翔太の腫瘍がほとんど消えていることを翔太自身も藤ヶ谷から知らされていた。
「まだじゃない。これからもずっとよ」
「うん…」
鞠花の言葉に翔太は頷く。そして、意を決して想いを告げた。
「ねえ、僕が退院しても、ずっとそばに居てくれる?」
「もちろんよ。えっ? ずっと? それって…」
「退院したら結婚しよう。今はこんなのしか用意できないけど…」
そう言って翔太は鞠花の指に銀紙で作ったリングをはめた。
「まだ、“はい”って言ってない…」
あふれる涙を拭おうとする鞠花を翔太は優しく抱きしめた。