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#3 残酷な事実

 本格的な治療が始まった。腫瘍があることは聞かされていたが、それが良性なのか悪性なのかは教えてもらわなかったし、気にもしていなかった。しかし、念のために、今、行われている放射線治療がどういう時のものなのかをスマホで調べてみた。すると、良性の腫瘍の場合には放射線治療は行われず、主に悪性の腫瘍の場合に行われる治療法なのだと書かれていた。それを知った翔太は急に不安になった。そんな時、鞠花が病室を訪ねて来た。これまでも鞠花はどこか上の空で翔太に接することがたまにあった。それは他の患者も担当していて、色々あるからなのだろうと思っていた。この時もそんな感じだった。そんな鞠花の姿を見ていて翔太は自分の中で確信した。たぶん、自分は深刻な病状なのだろうと。そして、思い切って鞠花に尋ねてみた。

「鞠花ちゃん、僕の腫瘍は悪性なんだよね?」

 鞠花が一瞬、顔をこわばらせた。しかし、すぐに笑顔を作って翔太に向き直った。

「何を言ってるんですか! そんなわけないじゃないですか」

 鞠花は動揺した様子も見せず、落ち着いていた。そんな鞠花に翔太はスマホの画面を突きつけた。

「一応、調べてみたんだけど、放射線治療って良性の時はあまりやらないんだよね?」

 翔太は鞠花の顔色を窺った。すると、鞠花は何か大事なことを告げる時の様に表情を引き締めた。

「仕方ない。カミングアウトします。実は高村さんがおっしゃる通り悪性だったんです」

 その言葉を聞いた翔太は落胆した。予想していたことだとは言え、かなりショックだったけれど、極力、平静を装うように翔太は心がけた。そうしないと鞠花を悲しませてしまうと思ったから。すると、鞠花はにっこり笑って話を続けた。

「だから、放射線で悪いヤツをやっつけちゃうんですよ」

 一瞬、あっけにとられた翔太は鞠花の表情を見て落ち着きを取り戻した。けれど、こういう時の鞠花は何かを取り繕ろおうとしているときが多いのも解かっている。

「そうなの?」

「そうですよ。悪いヤツをやっつけちゃえば、平和が戻って来るんですから。だから頑張りましょうね」

 鞠花の更に畳み掛けるような言い方も気になった。そこで翔太はかまを掛けてやろうと考えた。翔太にしてみれば、結果がどうであれ、本当のことが知りたかった。

「あ、はい…。ところで僕はあとどれくらい生きられるの?」

 一瞬、ハッとした表情を浮かべた鞠花だったが、すぐに観念した様な表情に変わった。

「参ったなあ…。やっぱりごまかせませんね。1年…。主治医の先生からはそう聞いています。でも、余命よりずっと長生きする人も居ますから」

 鞠花が自分を気遣っているのが翔太にも解かった。1年と聞いて、正直、翔太はショックだった。でも、それ以上に、それを伝えた鞠花のことを思うと胸が締め付けられた。そして、何とか彼女の気持ちを和らげてあげたいと思った。

「ということはいつかは死んじゃうんですね…」

「あっ…」

 鞠花が困った顔をしたのを見て翔太はケラケラと笑った。

「って、うそうそ。なんだ! そうか。良かった。まだ1年も鞠花ちゃんの顔が見られるんだね」

 自分の発言を不用意だったと感じたのだろう。泣きそうになった顔でうつむく鞠花に翔太は笑顔で言い放った。

「えっ?」

 翔太の言葉に鞠花が困った顔から次第に自信をみなぎらせていくのが翔太にも判った。


 それからも翔太の治療は続いた。ところが、良くなるどころか翔太の身体には異変が出てきた。翔太は自分でもそれが解かった。それでも、翔太は鞠花の想いに応えようと、辛い治療に耐え続けた。

「今回の敵はなかなかしぶといみたいだね」

「そうですね。これが男女関係ならしつこい男は嫌われますよね」

「男女関係? そりゃあいい。ねえ、ところで、鞠花ちゃんには恋人は居るの?」

 翔太がそんなことを聞いたのは、実際にそのことが気になっていたからだ。少なからず、翔太は鞠花に好意を抱いていた。それが恋愛感情なのかはまだ判らなかった。

「えっ? 急に何を言うんですか! 昔から看護師は恋愛なんてしている暇はないんですから」

「へー、そうなんだ…」

 それから、翔太はしばらく黙っていた。鞠花に恋人が居ないと聞いて安心した半面、先が短い自分が彼女を好きになったとしても幸せにしてやることは出来ない。せめて、生きているうちに彼女の重荷にならない程度の付き合いをしたいと翔太は思った。

「ねえ、平和になったら二人で散歩でもしようか」

「散歩だけじゃ物足りないです。ご飯食べて、カラオケ行って…。そうだ! 遊園地にも行きたいなあ」

 鞠花の反応は予想外だった。軽くあしらわれると思っていた。だから嬉しかった。けれど、怖くもあった。これ以上、鞠花のことを好きになるのが。

「おいおい、いきなりそれは…」

「すみません。調子に乗っちゃいました。でも、こんな私でよければ宜しくお願いします」

「まるで、プロポーズみたいだね」

 鞠花の顔が赤くなった。そして、口をとがらせて怒ったように言った。

「また来ます。今日はもうゆっくりしていてくださいね」

 そう言い残して鞠花は病室を後にした。


 鞠花が出て行くと翔太は、急に不安になった。次第に体が言うことを利かなくっているのをいちばん解っているのは自分自身なのだから。

「あと7か月か…」

 誰も居ない部屋で翔太はポツリとつぶやいた。





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