#1 アクシデント
ある商業施設のデザインを手掛けたことで翔太は業界内で一躍注目される存在になった。そして、今回、舞い込んできたのは某県のアンテナショップのリニューアル工事の話だった。8社の競合となったこの案件を翔太が勤めている設計事務所が落札したのだ。
「高村、これはお前に任せようと思う」
「ありがとうございます」
「それで、今夜は時間あるか? クライアントと顔合わせの予定が入っているんだが」
「大丈夫です」
翔太と所長の深山が訪れたのは高層ホテルの最上階にある和食レストランだった。クライアント側は既に来ており、席に着いていた。相手方は三名。男性二人に女性一人。深山の顔を見ると相手方が立ち上がって軽く頭を下げた。そして名刺を交換したところでお互い改めて席に着いた。
「高村翔太さんですよね?」
翔太の対面に座る女性が訪ねて来た。
「よくご存知ですね」
翔太の代わりに深山が答える。するとその女性、大矢裕子はバッグから雑誌を取り出し、あるページを開いて見せた。そこには翔太が手掛けた商業施設の特集と翔太のインタビュー記事が載っていた。
「御社に決めた理由にはこれがあるんですよ…」
「おい! 余計な話はしなくてもいい」
上司に窘められ、裕子は一瞬、肩をすくめたものの、ペロッと舌を出して愛嬌を見せた。そんな彼女の仕草に翔太は思わず笑みを浮かべた。
会食をしながらの顔合わせは無事終了し、翔太はそのまま帰宅した。
プロジェクトのクライアント側窓口は大矢裕子だった。最初のプランを提示するため、翔太は裕子の元を訪ねていた。プレゼンの時に提示したプロットをもとに最初のプランが出来上がったのでそれを説明にクライアントを訪れていたのだ。
「さすが高村翔太ですね。素晴らしいです。これなら上も納得すると思います」
「まだ、初期の段階ですから、これから改善していかなければならない部分も多々あると思います…」
その時、説明を続けていた翔太が頭を抱えてうずくまった。
「どうかなさいました…」
裕子が尋ねたとたん、翔太はソファに倒れ込んだ。
「高村さん! 大丈夫ですか?」
裕子はすぐに受付に救急車を呼ぶように指示をした。
搬送される救急車の中で翔太は意識を取り戻した。付き添いで同乗していた裕子が不安そうな顔で翔太を見守っていた。病院に到着すると、翔太は自分の足で歩いて救急車を降りた。
「ご心配をおかけして申し訳あるません。もう、大丈夫ですから大矢さんはお帰りになってけっこうですよ」
そう言って翔太は微笑んだ。微笑んだのだけれど、頭痛が止んだわけではなく、かなり無理をしていた。
「でも、せっかくここまで来たのですから診察結果が出るまでお待ちします」
裕子の申し出に翔太は軽く頭を下げて診察に赴いた。
暫くして翔太が診察室から戻って来ると、裕子が駆け寄ってきた。
「どうでしたか?」
「いやー、参りました。一週間ほど検査入院をすることになってしまいました。これから一度帰宅して身の回りの支度をしてからまた来なくてはなりません。その間に、あのプランについてよく検討をしておいてください」
「解かりました。検査の結果が出ましたらご連絡願います」
「もちろんです」
こうして翔太は検査入院をすることになった。