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Carnival  作者: ハル
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初釣り

 海都を出てから東に進むとフィッテ半島というフィールドに出る。

 その名の通り半島で出来たそこはレーゲ海に囲まれており、ここから先へと行くことはできない。海を隔てた東の先には広い大森林が遠目に見えるので、あの方角にきっと王都から東に進むと辿り着く森都があるのだろう。

 行き止まりのフィッテ半島だが、そこにはレベル上げに勤しむプレイヤーも多く賑わっている。何よりも目がに付くのが。半島の先にある灯台と思わしき建物だ。

 下は緩やかな円錐のような形をしており、最上部にはレーゲ海を一面に見渡せる場所があり、あそこから望む景色はさぞ壮観なことであろう。

 壁一面は本当は白かったのだろうが、今では汚れや禍々しいような黒い何かが纏わりついている。5Fまであるダンジョン。それがフィッテ灯台だった。外見からは想像できないが、中は結構広いので冒険者パーティーたちにはうってつけの狩場にもなっているとか。

 とまあ、全てがここへ来る前に聞いた話である。

 

「あのダンジョンには興味もあるが、今の俺にはまだ早いしな」


 ここまで来たのはダンジョンに用があるからではない。

 フィッテ半島の奥、少し大きな岩に偶然にも囲まれた海岸の場所。モンスターも少なくなり、狩りをするプレイヤーもいない。偶然にもはぐれたモンスターが彷徨って来るが、囲う岩のおかげで気付かない。

 そここそが、フィッテ半島の釣りの穴場だった。

 あまり知られていない場所に加え、一番の難点がフィッテ半島の奥にあるためアクセスが悪い。そんな理由からここを訪れる釣り人はそうそういないのだという。

 俺がこんなとこまで来たのは、海都の中で釣りをしていると周りの視線がうるさいからだった。結局、俺は水面の観測者の店まで一度戻り、ジョージさんから周辺の釣り場所を聞いて案内されたのがこの場所だったのだ。

 確かにここまで来るのは結構大変だった。一度もモンスターに見つからずに来るのも無理があり、ここまで来るにも幾度も絡まれたし。幸いにもここのマップのモンスターは俺にとっては適正レベルだ。良い手応えにはなったが、一体にかかる戦闘時間は数分と長い。なんだかんだで移動だけで一時間近くも掛かるとは思いもしなかった。

 ちなみに海都周辺にはゴブリンやオークのような亜人が出没している。下半身が蛇のようにくねくねと動き、上半身は人間の身体をしたゴルゴン族だ。彼らの九割以上は女性であり、この辺りにいるゴルゴン族も一様に女性の姿を纏っている。余談だが、彼女らは綺麗や可愛いといった言葉からは程遠い姿だ。


「それじゃぁ、釣り再開と行きますか」


 餌であるワームを付けて、竿を海へと投げる。

 恐らく、というか確実に準備に関してはリアルよりかは簡単な仕様になってるはずだ。けれど魚が掛かる時間は果てしなく遠い。

 海都で三十分ほど釣っただけでも、釣れたのは小さなアジが一匹だけだったしな。

 とはいえ、≪釣り≫がレベル2に上がっているのだから、恐らく釣り糸を垂らしている時間でも経験値は入っているはずだ。さすがにアジ一匹釣っただけで1上がるとは思えないしな。アジは海で釣れる魚でもランクは一番低いみたいだし。

 そんなこんなで、糸を垂らしながら俺はユラユラ揺れる海面を見つめていた。こんなまったりとした時間は嫌いじゃない。ぼんやりと物思いにふけながら、今もこの時にあいつが釣りをしているのかもしれないと思うと、俺の心は嬉しくなった。

 時人。それが弟の名前。兄貴とは年が少し離れていたこともあり、昔は三つ下の弟と一緒にいることが断然多かった。互いにべったりと過ごしていた時間はいつしか、俺が中学に上がると同時に減っていく。

 高校ともなればそれはいっそう顕著になり、友達と遊ぶことのほうが多かった。

 だからと言って、あいつのことを蔑ろにしたことなんてない。家では話すし、休日にも出かけたりした。

 なのに、それなのに、俺はあいつが苦しんでいたことを何一つ知らなかった。気付けなかった。

 時人の苛めが加速しやがて公に発覚し、あいつが田舎へ行くと決めたと同時に、俺は全てを知った。両親も兄貴も全てを知っていたのに、俺だけが何も知らずにのうのうと高校生活を送っていたのが情けなくて仕方がなかった。

 ごめん。謝りたい。そしてもう一度話したい。会いたい。

 俺の願いはむなしく、時人は俺を拒絶する。

 それでも、少しずつ田舎で元気を取り戻す様子を聞くのが何よりも嬉しかった。

 時人はどれくらい釣りが上手いのだろうか。爺ちゃんがかなりの大物を釣っていたのを思い出し、その環境にいるならきっとかなり上手いんだろうと思う。

 そんな話を聞き、俺もフリスタの話をしたい。ゲームも好きだったあいつのことだ。きっとやりたがるんじゃないか。

 兄貴と俺と、時人。三人でやれるなら、それこそ楽しい一時なんだろうに。

 なんて、ありもしないことを思いながら時は過ぎていく。


「それでも俺は待つから……」


 なんでだろう。

 その言葉が魚に伝わったわけじゃないだろうが、一向に釣れる気配はない。

 俺の≪釣り≫レベルじゃここでは釣れないのか?

 だけどそれならジョージさんがここを教えてくれるわけはないよな。

 なんか、いろんな意味で悲しくなってきた。

 こういう時はあれに決まっている。

 歌おう。


「♪Brothers,I can take it~」


 ついさっきまで考えていたからか、時人のことを思いながらバラード曲を口ずさむように歌う。

 歌うだけで俺の心は晴れていく。

 これなら別に魚が釣れなくたって構わない。ただこうしてるだけで、穏やかな時間が流れていくから。いや、嘘か。さすがに釣れないのは困る。

 そうして一曲、もう二曲目を歌い終えた時、背後から小さい拍手が聞こえてきた。


「歌、上手いんだね。人がいたから引き返そうと思ったけど、聴き魅せられたよ」


 振り返ると、そこには優しい雰囲気を持つ男が立っていた。

 膝下までのハーフパンツに、綺麗な海のイラストが描かれた白いTシャツ、その上に涼しげなブルーのシャツを羽織っている。薄い茶色の短い髪に甘いマスクの笑顔が似合っていた。

 どう見ても、夏に海によくいる若い男の姿だった。

 少し違うのは、男の手には釣り竿とバケツが持たれているところだろうか。

 察するに、この人もこの穴場に釣りに来たんだと考えられる。


「すみません、占領しちゃって……!」


 誰も来ないと思ってたから、狭い穴場の中央に陣取って荷物も広く置いてしまった。

 何よりも、歌に夢中で気付けなかったことが恥ずかしい。

 夢中になりすぎるのも悪い癖だよな……。


「全然構わないよ。先客がいたことには驚いたけどね」

「ここは人が少ないって聞いたので……。えっとあなたもここで釣りを?」

「そのつもりで来たけど、君の邪魔をするつもりはない。ただ、歌に聞き惚れていただけさ。邪魔をして悪かったね」

「え、ちょっと!待ってくださいよ!」


 ここまで来ておきながらなぜか帰ろうとする男。

 何もこの穴場は一人専用なものではない。急いで荷物を端に寄せて、男を止めるように立ち上がって声を掛けた。


「俺は全然構いませんよ!俺のことなんて気にしないで釣りしてください!」

「けど……」

「俺、今日初めて釣りをしてるんで、むしろ俺が邪魔なら帰りますし。それにあなたが帰ったら、俺が追い出したみたいじゃないですか」


 何かおかしなことを言っただろうか。男は目を点にするように少し驚いた顔をしていた。


「その理屈じゃ、君が帰ったら僕が追い出したみたいじゃないか」


 それも、そうか?そんなつもりで言ったわけじゃないんだけど。

 男はおかしいようにクスクスと笑っていた。なんか恥ずかしくて居た堪れない。


「あ、引いてるよ」

「え!?」


 海面を背にしてたから全然気づかなかった。

 慌てて見ると、確かに手に持っていた釣り竿の先が少しだけ揺れていた。

 まだ間に合う。

 慣れない手付きで何とか竿を振り上げて、ようやく二匹目のアジをゲットできたのだった。


「ふぅ……やっと二匹目」


 むしろここの釣り場では初めてだ。釣りって本当に大変なんだな。


「初めてってのは嘘じゃないみたいだね」

「疑ってたんですか?」

「そういうわけじゃないけど……」


 何かを考えるように男は動こうとしなかった。こちらへ来ることも、遠ざかることもなく。


「あの、もし良かったら釣りについていろいろ教えてくれませんか?多分ですけど、かなりの上級者じゃないんですか?」

「そう見える?だったら光栄だね。けれど、生憎と趣味の延長上でやってるだけで、水面の観測者の人たちほど上手くはないよ」


 その言葉に驚いたのは水面の観測者のメンバーではないことだった。彼ら以外で≪釣り≫を取得している人は少ないらしいが、俺と同じ人もいたのだと余計に嬉しくなった。

 是非とも仲良くなりたい。


「とりあえずフレンド登録だけでもどうです?俺はタクトっていいます。あなたは……」

「……クラースだよ」


 言い淀むようにその名を男は告げた。どこか苦々しいような顔をしながら。

 どのみちプレイヤーである以上、ターゲットをすれば名前くらいなら誰でも分かる。最も≪認識阻害≫があれば分からないし、≪見識≫のレベルが高ければ相手のレベルやギルドなどある程度のことも分かるらしい。

 せっかくのVRである以上、俺はなるべく直接のやり取りがしたかった。不用意にターゲットをせずに、例えしたとしてもあえて名前を聞くことがほとんどだ。

 改めて男をターゲットすると、確かに彼の名前はクラースと示されている。


「クラースさんですね。どれくらい釣りをやってるんですか?」

「……≪釣り≫を取ったのは割と初めだよ。ハーク平野の小川に流れる魚たちが気になってね。リアルでも釣りをしていたから趣味程度に取ったんだ。それ以来ちょくちょくやっているわけだけど、もうすぐレベルは20になるとこだね」


 始まりの街の南にあるハーク平野を俺は思い出した。確かにあそこには綺麗に流れる小川があったな。

 それにしても≪釣り≫のレベルが20か。ちょくちょくってことは、メインは別なことを考えると、きっとクラースさんはベータ組なんだろう。

 とくに深く考えずに、俺は直接彼に尋ねた。


「それじゃ、クラースさんはベータ組なんですね。やっぱり前線の攻略にも参加してるんですか?」


 息抜きとしてなら、きっと≪釣り≫も最適だろうしな。俺も多分そんな感覚でやっていくことになるだろうし。

 大して意味もない質問だったのだが、何かがクラースさんのツボに入ったのか、彼は腹を抑えるように笑っていた。


「クラースさん!?」

「いや、何でもないんだ。ただ、僕もまだまだだと思ってね」

「……はあ。そんなことないと思いますけど」

「そうかな。タクトくんは面白い子だね」


 なんか子ども扱いをされた気がするのは気のせいか。

 けれど、今まで動かなかったクラースさんがようやく動いたのを見てそれも気にならなくなった。

 遠慮するようにクラースさんは俺の隣まで来て、荷物を側に置いた。


「水面の観測者に比べたら僕も全然詳しくはないけどね。でもタクトくんにならいろいろと教えられると思うよ」

「本当ですか!?ありがとうございます!」


 それから俺たちは隣り合って座り、いろんな話を語り合いながら数時間に渡って釣りに及ぶのだった。

 まさか初日にして釣り仲間が出来るなんて。俺は結構フリスタの中でも恵まれているんじゃないだろうか。

 意味もなく、ただそう思った。


フィールド紹介 ブローテン郊野


王都を南に進むと、そこは整備された土地が広がっていた。魔物の数もそう多くなく、のどかな風景が見渡せる。


出現モンスター:スネイク、キラービー、レッサースライム、ボア、ストレイウルフ、【BOSS】双頭のツインスネイク


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