水面の観測者
ログインしてから身体を一通り馴染ませた後、俺は真っ直ぐに海都の中の目的地へと向かった。
武器防具屋や道具屋など、様々な店が並ぶエリアの一角、あまり目立たないような空き地ともいえる場所にその露店が開かれていた。
ほとんどのプレイヤーが王都で露店を開く中、こうして他の都で露店を開くプレイヤーは数少ない。けれどその都に準じた商品を扱う者たちは、より実りのある場所で開くことも稀にある。例えば、始まりの街で初心者プレイヤーを支援するように安くアイテムを売る人たちだ。
露店の手前に大きく海とだけ書かれた看板が置いてあり、その露店に置いてあるものはその看板に相応しく、海を連想させるものばかりだった。
魚に船の模型、短銃、砂時計、シーフードサラダ、釣り竿、果てには水着すら置いてある。
商品の種類はてんでバラバラだが、話に聞いていた通り、その全てが海と繋がるものばかりだ。中にはこれが、というものもあるけども。
「すみません」
店番と思わしきプレイヤーとその隣で立ち話をしていたもう一人のプレイヤー。見た感じでは知り合いというか、この店の関係者と思われる。話を遮るものもあれだったが、一応客として来ている以上声を掛けてダメなわけではないはずだ。
「お?冷やかしなら帰った帰った。こちとら凡人には用はないんだよ」
ドレッドヘアの厳つい顔つきの男。サングラスを頭に掛けていて、それを装着したらさぞ怖い人にしか見えないだろう。けれど服装はアロハ服に短パンといかにもビーチには一人いそうな人ではある。
黒服を着ていたのなら正直そのまま帰りたいとこだったが、怖さは緩和されているのでそのまま話は続けていく。
「えっと、一応客として来たんですけど」
「客だって?こんな辺鄙なとこ、よく見つけたね。ここは知る人ぞ知る店なんだけどね」
返事が返ってきたのはもう一人の方だった。思った通り、そのプレイヤーも店側の人だったようだ。
プラチナブロンドのロングヘア、背の高いスマートな女性だ。けれど口調は少し荒い。何よりもその赤を基調とした見たことのあるような服と、頭に巻き付けているバンダナ。恐らく、というか絶対海賊のスタイルと思われる服装だった。
「一応ヘレンさんに紹介されたんですけど……。水面の観測者が開く露店ってここでいいんですよね?」
「ヘレンだって?なんだい、あいつの知り合いか。それにギルドの名を知ってるってことは、ここがどういうとこか分かって来たってことかい」
水面の観測者。海に関連するギルドであり、行動はそれぞれの自由自在。但し、唯一海や水に関連するスキルを一つでも持っていることが条件である。当然ながら海都を拠点としているギルドだ。
「ハッハッハ。客だってんなら歓迎しねぇとな。正式組のプレイヤーがどかどか都に来るってのに、この店は閑古鳥が鳴いてるもんだからな」
「うっさいよ、ジョージ!アタイらの店は知る人が知ってくれてればいいんだよ!」
「……いてっ!姐さん、本気で殴んないでくださいな」
どうやら上下関係は見た通りのようだ。
というか、ヘレンさんに聞いた通りならばこの女性の名を俺は知っている。
「もしかして、貴女がグリンベルさんですか?」
「おっと、ヘレンにでも聞いたのか?そうさ、あたいがグリンベル。水面の観測者のマスターだよ」
「やっぱり……。俺の名はタクトです。実はヘレンさんから伝言を預かってまして、たまには王都にも来いって」
「アハハハ!何を言ってんだか。アタイは陸には興味なくてね。会いたいんならあんたが来なって伝えときな」
それはもう、ヘレンさんが予想していた通りの返事が返ってきた。
昨日海都に着いた後、俺はヘレンさんに連絡を取ってこの店とグリンベルさんのことを聞いていたのだ。それも俺が取ろうとしていたスキルに関するものがここで売っていると聞いたからだ。
「で、坊主の欲しいもんは何なんだ?いろんな奴がうちにゃいるからな。ある程度のもんは揃ってるぜ。もちろん、海に関するもんだけどな!」
「俺が欲しいのは、そこにある釣り竿です。もちろんリールや釣り餌も一緒に」
「へぇ……、てことはあんた、≪釣り≫を取るんかい?」
「はい。海都に来たら取ろうって決めてたんで」
「ハハッ、なんだいアンタ。気に入ったよ!人気のない≪釣り≫を取るやつが現れるなんてね!」
グリンベルさんに、大きく肩を叩かれながら豪快に笑われた。
確かに≪釣り≫もまた、マイナーと呼ばれるスキルでもある。採取系のスキルであり、文字通りいろんな魚が釣れるのだが、問題はこの魚の用途にあった。
多くは料理に使われるのだが、その≪料理≫自体がマイナースキルであること。他にはマイルームなどに水槽が置けるのでそこに放てたり、あとは魚拓も取れるという。
他にも一応いろいろと用途はあるのだが、決して攻略に役立つものは何一つとしてない。要は趣味の範疇であり、≪釣り≫を取得しているプレイヤーは現時点では極僅かだった。恐らくそのほとんどが、水面の観測者に所属しているのではないだろうか。とはいえ、この先攻略が落ち着いてくるのであれば、趣味スキルの選択肢として増えるんじゃないかと予想されていた。
そしてなぜ俺が≪釣り≫を取ろうとしたのか。単純な理由だ。釣りに興味があったから。
実際にリアルで釣りをしたことはなかったが、俺の田舎では綺麗な川が流れていて爺ちゃんはもう釣りの達人でもあった。そしてその田舎にいる弟も誘われて釣りを始めたと聞いたのだ。
今も弟がもし釣りをしていたりするのなら――俺はその繋がりが持てるだけで十分嬉しかったからだ。
「それで、いくらですか?」
昨日のうちにエッジさんから連絡があり、ゴーストの真核が高額で売れたとの報告があった。受取りはまた今度だが、それを考えるとお金には余裕はある。多少高くても問題はない。
「何言ってやがる。≪釣り≫仲間が増えるなんてそうそうない。坊主にゃこの初心者の釣り竿と一式をプレゼントしてやるよ」
「プレゼントって……ちゃんとお金は払いますよ」
露店に並べられていた釣り竿ではなく、後ろの方から取り出した簡素な木で出来た釣り竿を持ち出してジョージさんがそう言ったのだが、まさか無料でもらうわけにはいかないだろう。
お金を払おうとすると、ジョージさんは待て待てというように手を前に出す。
「おっと、勘違いするな。話を聞く限りじゃ、坊主は≪釣り≫のレベルは1なんだろう?それじゃここに置いてある釣り竿はまともには扱えん。まずはこの釣り竿でスキルのレベルを上げてからこれを買いに来な。≪釣り≫はレベルによって扱える釣り竿や、釣れる魚が変わってくる。最初は地味だがアジやハゼなんかをひたすら釣るんだな」
「そうなんですか……」
まあ、さすがにそこはゲームだよな。
最初から大物なんて狙えやしないか。まあ、別に狙ってるわけでもないけど。
とりあえず釣りさえできればいいくらいの感覚でしかない。そう思うと、真剣な彼らには少し申し訳ない部分もある。
「分かりました。それじゃ、今回はお言葉に甘えてそれを頂きますね」
「おうともよ!うちもこれでお得意様が増えたとなれば嬉しいもんだからな!」
「ちなみに俺の他にはどんな人が来るんですか?」
それは単純な興味でもあった。
海にまつわる物たち。それを欲しがる人たちのほとんどは水面の観測者に所属しているのではないだろうか。となるとそれ以外の人たちは果たして、何を求めてここへやってくるのか。
「そうだなぁ。一番多いのはやっぱり女性客なんだな、これが」
「女性が……?」
「そうさ。うちのギルドには≪釣り≫持ちと≪料理≫持ちが多数いるから、やっぱり魚介類の料理がたくさん出来上がるわけだ。この料理がこの辺のNPCの店より結構美味くてな。それを求めてやってくるわけよ」
そうか、その気持ちは確かに分かる。それに王都の料理店ではほとんどが野菜系や肉系の料理ばかりだった。反面、海都ではほとんどが魚料理ではあったものの、俺の舌を唸らせるものはやはり<団欒>以降なかった。
ついでとばかりに、ここで少し買っていくか。
「あとはそうだな、売れているのは水着と銃か。これもうちの生産どもが創り上げたもんだ。銃は性能で言えば他のギルドのが一枚も二枚も上手だが、こっちは外見に拘っている。水着なんて他には扱ってないのがほとんどだろうな。男も女もこれ欲しさにやってくる奴が多いわけよ。そんで、次が≪釣り≫関係だな。俺たちのギルドに所属していない釣り師は必ずここへやってくる。中には有名な強者なんてのも……いてっ!」
「いい加減にしな!顧客の情報をペラペラ喋っていいもんじゃないよ!」
「うぅ……すんません、姐さん」
おっと、これは余計なことを聞いたかな。ジョージさんに少し申しわけなく思った。
「それはそれとしてだ、タクトって言ってたか。あんたもう≪釣り≫を取ったんだろう?」
「えぇ、昨日のうちに」
「なら話は早い。条件は満たしてるな。どうだい、アタイらの水面の観測者に入ってはみないか?あんたなら大歓迎だよ」
「……え?えっと……それは遠慮しておきます」
「なんだい、あんたギルドに入っていないんだろう。だったら何の問題もないじゃないか。それにあんたからは面白い匂いがするからね」
なんだよ、そりゃ。確かにギルドに入ってないし、今は考えてもいなかったが……。
ギルド、か。
何かに惹かれる思いはあるものの、まあ少なくとも水面の観測者は違うのだと俺の心が告げていた。
断りつつも、しつこいように勧誘してくるグリンベルさんを避けながら、俺は釣り竿を頂いて露店を後にするのだった。
もちろん海鮮料理を幾つか購入するのを忘れずに。
フィールド紹介 海都セントラル
始まりは岬の小屋に二人の夫婦が住んでいた。彼らはいつしか家族を増やし、人柄の良い夫婦に人は集まった。数十年も経てば、そこには小屋などなく、立派な都しかなかった。
海に面した港街で、活気があり穏やかな気候が流れている。




