マイナーたる所以
「それじゃ、軽く打ち合わせでもするか」
「いいだろう」
ブローテン郊野のレストエリア。丸い池を囲んだ安全地帯の林の中だった。
パーティーを結成し、ある程度の敵を倒しながらも俺たちはここまで進んできていた。ボスの境界線はもう肉眼で見えるほどの近い距離にある。
「ボスは双頭のツインスネイク。爬虫類種族の火属性。名前の通り二つの頭が個々に攻撃してくるため、それぞれにタンクが張り付く必要がある」
「弱点は尻尾の部分だから、アタッカーは背後から攻撃よ。尻尾の攻撃もあるから、予備動作から見切って退避なり何なりしなさい。無駄にダメージ喰らってシンの仕事を増やさないで」
「つってもお前は安全圏から攻撃なんだろ?自分はやらないくせによく言うぜ」
「だったら何よ!?あんたも遠距離武器持てばいいだけじゃない。ないくせに文句垂れないでちょうだい」
「悪かったな、文句ばかりで!」
珍しい。コーダが女の子に対して敵意を向けるのは初めて見た。
剣呑な雰囲気の二人を前に、客観的に見ることしか出来なかった。誰も止めようとはしない。
なんせこの道中で散々繰り返されてきたことだからな。
どうやらコーダとアリアの相性は最悪らしかった。最も、コーダだけではないのだが。
「蛇か……。また、醜きモンスターが僕の前にひれ伏すのだな。火属性ならば、僕の≪魔法剣≫が輝くに違いない!ハハハハッ、ついに僕の時代がやってくるのさ!!」
「あんたもあんたでうっさいのよ!このナルシスト!」
「なっ!?僕がナルシストだって!?どうやら君には僕の美しさが分からないみたいだね……可哀想な子だ」
「はあああ!?もうっ、何なのよこいつらは!!」
行き場のない怒りをためるアリアには正直気の毒だとは思う。いや、むしろコーダとシュヴァルツか。
ここで無駄に俺が声を上げても怒りの矛先がこっちに向かうだけなのは、この短い時間ですでに知っているので、今ではもはや傍観一方だ。なにせ鬱憤が溜まるのにはアリア自身の性格が起因しているのだから、一方的に二人が悪いわけではない。
まあ、シュヴァルツは何ともフォローし難いけどな……。
「ボスは基本的に目の前のプレイヤーが攻撃対象だ。あまりヘイトは関係ない。いけるな?」
アリアの仲間であるレインですら彼らをもはや無視しており、半ば俺とレインだけの確認でしかなかった。
要点だけを話すレインの言葉は、少し聞き手が理解する必要がある。すでに俺の戦闘スタイルは見せている。
詰まる所、ダメージでヘイトを稼ぐ必要もない。最初から最後まで受け流し、避け続けろってことだ。
初見のボスにどこまで食らい付けるかは分からない。ただ幸いなことに、ボスと同じタイプのスネイクがブローテン郊野には生息している。ウルフ装備を集めるために、ついでにスネイクとも戦っていたから経験値的にはバッチリだ。
ある程度似た動きなら、何とか対処できるはず。いや、対処させて見せるしかないな。
「あぁ、やってやる。任せてくれ」
気合を入れるように、俺は力強くうなずいた。それを後押すように、珍しい声も聞こえてくる。
「ん。即死じゃなきゃ、すぐカバーするから安心して。それに、毒と麻痺のブレスは絶対避けれないから」
アイテム使いのシンだった。言葉の内容よりも、まず喋ったことが珍しいなと真っ先に頭の中に浮かんだ。
アイテム使いとは、俺が最初思った通りで、ポーションを使って回復させるヒーラーの役割を担っていた。
通常、ポーションは自分で飲むことが多いが、実は中の液体を浴びることでも同様の効果を得られるらしい。それを利用して、シンは≪投擲≫スキルによってポーションをパーティーメンバーに投げることで回復させるのだ。ちなみに瓶はプレイヤーに当たると同時に弾けて消える仕様で、液体だけが掛かることになる。多分FFが有効ならダメージが入るんではなかろうか。
そんなアイテム使いだが、MPも詠唱もいらないので便利ではあるのだが、最悪湯水のごとくポーションが消えていくので、対費用効果がバカにならない。よって、誰もやりたがらないのが、マイナースタイル所以なのだ。
それでもシンがアイテム使いをやっているのは、アイテムのほとんどを自作する元生産系プレイヤーであり、レインがスカウトしたことによってアイテム使いへと変貌したらしい。
そのあたりの絆関係は割と謎である。なにせ二人ともが無口な傾向にあるのだから。
「状態異常なら僕にも任せたまえ!≪回復魔法≫のリカバーがあるからね。さすがはこの僕。万能すぎて、恐れ入るよ」
「何それ。何でアタッカーが≪回復魔法≫取ってるわけ?しかも≪火魔法≫まで役立たないのに万能も何もないわよ」
「言い過ぎろ、お前。それじゃお前はアタッカーとして攻撃する以外に何個もやれることあんのかよ?」
「私はアタッカーよ!敵を殲滅するのが私の仕事なの!弓にだって負けない自信があるのよ!」
「そうだろ?誰だって自分のスタイルには自信があんだよ。乏しめていいもんじゃねぇんだよ!」
「なっ……!」
意外と、コーダは俺以上に熱い男だ。仲間となったシュヴァルツでさえ、悪く言われるのを絶対に許さない。
アリアの言葉には俺もカチンときたが、コーダが怒ってるのだから俺は何も言うまい。
正論すぎるその言葉にはさすがのアリアも押し黙ったようだ。
そんなアリアでも恐らく根はいい子なんだろう。でなければレインも一緒にパーティーを組んでるわけがない。多分。
いやまあ出会ったばかりのレインに、なぜか信頼を勝手に抱いているからそう思ってるんだけど。
アリアの武器である弩は弓に比べて扱いにくく、人から好かれない。
一発のダメージは弩の方が高いが、弓よりも連射性能もなく、曲線を描くのも難しい。武器種も弓よりも少なくて、選ぶ幅が狭い。聞けば、スキルの上がりも遅いのだという。故に、これもまたマイナースタイルとなったのだろう。
実際、レインがボソッと教えてくれたのだが、アリアは弩を使いこなすのに遥かに練習を重ねてきたらしい。そのひたむきさに感撃たれたのだと言っていた。いや、言ってはなかったが、恐らくそうなんだと思う。
アリアもシンもレインが始まりの街で勧誘し、三人だけの固定パーティーを作ったと言っていた。彼らの中には、俺たちと同じように短い時間ながらも確かな絆が育まれているんだろう。
もちろんそんなレインの盾剣使いもまた、マイナースタイルの一つなのだから。
「歌使いにして、タンクもこなす、か。タクト、お前にはなかなか興味がそそられる」
笑って、いるのだろうか。ハッキリ言って怖い顔にしか見えないが。
それでもレインがそう言ってくれたことが、俺は素直にとても嬉しかった。
たった少しの時間で見たレインの戦闘技術。学ぶべきことがたくさんあった。比べる対象じゃないが、ポテンシャルはきっとイサナギにも及ぶはずだ。
その一端を担うであろう、レインの武器。背中に持つ盾と剣が一体となったものに目を見やる。
盾剣。その名の通り、盾と剣が合わさり、一つの武器となった装備だ。
ただし、盾といってもバックラー程度の小さい丸い盾であり、剣も通常の片手剣とは違い主に刺突剣の分類にあたる。故に、攻撃も防御も中途半端。それが大多数のプレイヤーの意見であり、誰も盾剣という装備に注目しなかった。
けれどそんな盾剣に、レインは目を付けたのだという。最初は周囲から馬鹿にされながらも、レインは盾剣を極み続け、街道のボスと戦う頃には攻守ともに一流の活躍を誇るようになったのだ。もちろん、それもまだまだ発展途上だ。
レインが扱う盾剣は、極みを知らないように少しずつ、着実に高みを登っていた。
俺たちは互いのその姿勢に大いに共感しつつ、短い時間で分かり合うようになった。
そして認め合うようになるのは、ボスとの戦闘如何だろう。
もうすぐ起こる戦闘が、楽しみで仕方がなかった。こんなにワクワクするのも久しぶりだ。
「お互いに頑張ろうな、レイン」
「もちろんだ」
俺たちがエールを送るように握手を交わすと、そっとそこに乗る小さな手があった。
「みんなで、頑張る。それにレインは死なせない。ついでに、タクトも」
「俺はついで!?」
コクっと頷くシンを目に、俺はなんだかおかしくて苦笑してしまった。
まあ、素直でよろしいのではないだろうか。
そんなやりとりを側で聞いてたレインがフッと唇を上げて笑っていたのが俺には今日一番の驚きでもあった。
笑えるんかよ、お前。
「ちょっと!何、三人で盛り上がってるのよ!私を仲間外れにしないでちょうだい!」
「いや、そんなつもりは……」
「タクト!あんたレインとシンを奪ったら絶対許さないからね!」
「そんなんじゃないって」
「だいたいあんた、あの二人のリーダーなんじゃないの!?どうにかしてよ、ホント。頭のネジ抜けてるわよ」
「あ!お前今俺らのことディスっただろ!」
「ハッ、気のせいでしょ。被害妄想もいいとこ」
「嘘つけ!この捻くれ女!」
「はぁ!?頭空っぽ男に言われたくないわよ!」
「んだと!?」
「何よ!」
結局は、ここに落ち付くのかよ。
やっぱり前途多難だ。もはや不安しかなかった。
キャラ紹介 レイン
性別:男
身長:177cm
レベル:16
スタイル:盾剣使い
スキル:≪盾剣≫≪盾剣術≫≪体力増加≫≪力増加≫≪ヘイト≫≪気配察知≫≪鼓舞≫≪猛攻≫≪捨身≫≪カリスマ≫
マイナースタイルの一つ、盾剣使い。片手剣を扱う剣士や盾を扱うタンク、どちらから見ても劣る器用貧乏に当たる。それでも彼なりに他人からは想像できないほどの修練によってアタッカーもタンクもこなせる存在になった。
無口、且つ無表情。けれど分かりにくいが自分と同じマイナースタイルの存在を何かと気にする一面もある。




