攻勢と高揚
火属性のエンチャントが活用されたことにより、それからの戦いは断然有利に事を進んでいく。
ボスの攻撃は単調で、もうすぐトリガーとなる直前まで俺がメインにその攻撃を受け流していくばかりだ。予想以上に楽に戦えている。それが俺の素直な感想だった。
もちろん全ての攻撃を俺だけで捌いているわけではなく、エッジさんやシュヴァルツさんにも協力してもらっている。それ以上にダメージソースとして活躍している二人にはもう頭が上がらない状況だ。エッジさんだけならまだしも、シュヴァルツさんまでにもだ。
「もうすぐトリガーだ!」
万全にも近い態勢だ。支援も掛け直して、HPもみんなMAX。後はゴーストのトリガーを待つだけだった。
さて、何が出てくるか。ここまで楽だったが、ボスはボスだ。当たり前だがこれが最後まで続くわけがない。
「さぁ、正体を現すがいい!醜いゴーストよ!」
決め台詞をかましながら、シュヴァルツさんは華麗に≪剣術・片手≫のスキルを畳みかけていく。
それによりHPが半分を切ったボス。攻撃の手を止め、一度制止する。その行動を見守る俺はハッキリ言って緊迫しすぎて汗が出てくるほどだった。
街道のオークのように突然の初見殺しの攻撃では防げるわけがない。ボスの行動を一挙一動見逃さないように、いつでも受け流し出来る態勢を整える。
そして動くボスのゴースト。俺の目の前で瞬間的に姿を消した。
「……ッ!?」
当然焦る俺だが、予想に反してボスはフィールドの中央に降り立った。
何だ。何をするつもりだ。
震えるボス。明らかに何かが変化しようとしている。
その刹那、ボスの頭上から激しい雷鳴と共に煙がフィールドを覆った。
「タクト!?」
「……大丈夫だ!攻撃はない!」
少なくともそんな気配はなかったし、依然ボスがいた場所からは敵の気配がある。
そしてその煙が晴れると同時に俺たち全員の目は点となるように疑った。
「は?」
「え……」
「おいおい……」
「嘘だろ……」
誰もが信じられぬように呆然と呟いていた。
そりゃそうだろう。
さっきまで戦っていた白い透けていた幽霊が、突然人間の姿に変わっていたのだから。
人間と言えば大雑把だが、分類するならば落ち武者の姿だろう。
簡素ともいえる壊れかけた鎧や兜を身に着け、手には片手に剣だけを持っている。それでも、身長は二メートルを超え、その姿は依然として透けたままだ。極めつけには今度は顔と言う顔がない。まさにのっぺらぼうとも言える様相だった。
敵が変わったわけではない、ターゲットは変わらずに嘆きのゴーストと表示されている。
「つまりは、ゴーストの正体がこの兵士ってことか」
さしずめ、この地下水路で野垂れ果てた兵士の末路なんだろう。
真っ先にそんな考察をしたエッジさんの言葉に、俺たちはみんな納得せざるを得ない状況だった。
こんなトリガーもあるんだな。面白い。
純粋にそう思って、目の前のボスと対峙する。当然戦闘力が上がっていることは間違いない。不意をついた攻撃はないが、ここからは更に注意深く見ていかなければ。
「来るぞ!」
ボスが剣を振り上げて攻撃行動に移る。ターゲットは一番ヘイトを稼いでいるエッジさんだ。
前半とは打って変わった素早い身のこなし。それに翻弄されるようにエッジさんは防御を取りつつもダメージが蓄積されていく。
このままではまずい。明らかに攻撃力も早さも段違いに上がっている。
「任せるがいい!正体が知れた化け物など、もはや恐れるに足りん!」
言葉通り、ではないが確かにシュヴァルツさんの攻撃のキレが増していた。援護するように横からエンチャントを付与された攻撃を仕掛け、極めつけに≪魔法剣≫を放つ。
「フレイムソード!!」
威力は、でかい。かなりだ。
装備は飾りか、耐久面に関してはさほど変わらないと見た。
となると、守りに徹して時間を掛けるよりかは、攻撃優先、だよな。
当然俺がそう思ったことは、みんなも同じように思っていたようだ。全員で無意識に頷き合い、怒涛に攻めていくしかない。
俺はなるべくボスの視界へと入って、気を逸らすようにヘイトを稼いでいく。エッジさんにもシュヴァルツさんにもなるべく攻撃に徹してもらうのが一番いい。
出来る限りボスの攻撃を受け流すように努めていくのだが、やはりというか攻撃力も速さも上がったおかげで前半のようにはいかなかった。
時折被弾しながらも、そのダメージは俺のHPの半分以上を持っていくこともざらだ。慌てるようにシャーナさんやライアからヒールが飛ぶし、場合によってはシュヴァルツさんからも飛ぶことがあった。
これは、まずい。思ってた以上に動きが複雑で、ボスの攻撃の軌道を見切れないのだ。それで受け流しのタイミングがずれて被弾が増えていく。それでもここまで死なないのはヒーラーのおかげも勿論だが、何よりもエッジさんがすぐにボスのヘイトを自身へと向けていくことに他ならない。
まじでこの人、リアルチートなんだろうな……。
とはいえ、このままの状況でいいはずはない。
幸いなことに、ボスのHPは少しずつ減りつつ、このままなら倒せるかもしれない。最も、そろそろ最後のレッドトリガーへと移行する場面でもある。
攻撃はおろか、支援の≪歌≫すら満足に掛けられない状況で俺は防御をメインに動いていた。三者の中でヘイトが移ろう中、ようやくと言うようにボスのHPがレッドゾーンへと移行しようとする。
「みんな、気を付けて!」
ライアが注意を促すように声を上げる。
そしてボスは雄叫びを上げるように声を慄かせ、自らに何らかの効果を及ぼすようにボスの身体には青いエフェクトが纏い始めた。
青いエフェクト。それから連想される効果は幾つもある。
それでも、まさか、という最悪な想いが浮かぶが、ことここに至ってはそうなるのはもはやお約束なんだろうか。
「いや、ほんとな……。ボスってのは嫌らしいやつばっかだ……」
まさにその通りだ。
このボスは今まで出会った以上に対策さえ練れば安定して倒せるようなレベルなんだろう。無属性耐性しかり、ここまでのトリガーしかり。
そしてここに来て、最後のトリガーは防御力アップだった。
ここまで効いてきた攻撃のダメージが著しく落ちてしまったのだから。ボスのHPがレッドゾーンとはいえ、これではかなりの時間を要してしまう。
ここに来てまさかの長期戦へ移行しようとはな。
もちろんこのパーティーに普通にタンク、ヒーラー、アタッカーがいるのであれば、それでもなんとかなったんだろう。
だけど俺たちはそうじゃない。まともなタンクがいない以上、崩壊しかけるのは目に見えていた。このまま踏ん張っても、MPが切れて崩れていく可能性が余りにも大きい状況だ。
なら、どうするか。
その答えが正しいかどうかは分からなくても、俺には一つの力があるのは間違いないはずだ。
「……エッジさん、シュヴァルツさん、二人でボスの引き付けをお願いします!」
「は?タクト!?」
「おい、タクト!お前、まさか!」
「あれを、やるの!?」
≪シンクロ・舞曲≫を取ったために、俺の中ではコーダもライアも一心共同体。すでにユニークスキルのことは話してあったし、一度二人に対して使用したこともあった。
だからこそ、二人には俺がこれからユニークスキルを使おうとするのを察したんだろう。
現状では余りにもレアなこのスキルは出来る限り秘匿するべきだ。同じ初心者であるはずの二人にはそう言われていたが、背に腹は代えられない。
それに即席と言えど、俺はエッジさんもシャーナさんも信頼している。
……まあ、残りの一人は何とも言えないけどな。
けれどこのまま全滅なんてことは何としてでも避けたいし、出来るなら全員生存してちゃんとボスを撃破したいとい想いもある。
俺には何のためらいもなかった。
「祝福の賛歌!!」
勝利を求めて。その願いのためにユニークスキルを使う。
溢れ出るメロディーはパーティーのステータスを徐々に、徐々にと上げていく。
「これは……!?」
「……何これ……凄い……」
何も知らない側からすれば、毎秒ステータスが上がっていくんだ。驚かないわけはない。
けれどそれが勝機へと繋がるのは誰の目に見ても明らかだった。
「ハハハッ!何だ、この力溢れる感覚は!これなら誰にも負ける気はしないぞ!!」
ノリに乗るシュヴァルツさん。その攻撃力は確かにとんでもなく威力が上がっている。
特にここまで温存しつつあった≪魔法剣≫はここに来て特大な威力を発揮する。何せ、ダメージ元となるSTRとINTの二つともが上昇しているのだ。
まさか、このスキルがこの人と相性がいいなんて。
予想外のことに驚くも、徐々に戦況は反転しつつある。
それからは大した時間も掛からずに、武者の姿をしたボスはその姿を消すことになった。
「やった……!!」
誰一人犠牲も出さずに、俺たちは地下水路のボスの討伐を遂げたのだった。




