地下水路とヤツ
地下水路。正式名称はバランタイン地下水路だ。入口は王都の中に七カ所あり、それらのどこからでも入ることが出来る。
俺たちは各自準備を終えてから、東酒場にほど近い入口から地下水路へと入っていった。
「ジメジメしてるわねー」
「しかもちょっと暗いしなぁ」
「通路も狭いな」
「ぅぅ……やっぱり濡れるんですね」
地下水路へ入った途端、すでに文句のオンパレードだった。
まあ気持ちは多いに共感できるが。
地下水路という名前だけあって、薄暗く湿気がジメジメ、入り組んだ通路に至る所にある水溜まり。極めつけはモンスターの種類だ。ここにはヤツが出ると有名なのである。
モンスターとしてデフォルメされているが、それでも苦手な人からしたらたまったものじゃないだろう。
俺はその存在自体は平気なほうだし、コーダとエッジさんも問題ない。ライアは苦手と言ってたが、モンスターとしてならまだ平気と。ヒーラーのシャーナさんは完全に無理だと明言し、シュヴァルツさんでさえ意外にもそれに同調していた。
シャーナさんがそれでも付いてきたのは、ライアに誘われたかららしい。
シュヴァルツさんは、まあいい。アタッカーらしいし、これで戦えないと言われたらもう容赦はしないことにしていた。本人談としては、醜いものは基本的に嫌いらしい。さすがだ、【ナルシー】。
というか、結局このパーティー、タンクがいないんだよな。
まあ雑魚モンスターに関しては数の多い敵パーティーはスルーする方向でいいが、問題はボスなんだが……まあなんとかなるか、というみんなのスタンス。嫌いじゃない。
「それで?どこへ向かうんだい?」
行き先を尋ねるようにシュヴァルツさんは俺を見てきた。
これも意外だ。
本人が先導していくと少し思っていたのだが、まさかちゃんと聞いてくるなんて。
ちなみにこの言葉にはちゃんとした意味があり、地下水路は王都の地下であるからこそ、そのマップは広大なのである。ワンフロアしかないダンジョンであるが、全てを探索するにはそれこそかなりの時間を要する。
またここのボスは移動型と言われており、ダンジョンの東西南北にそれぞれ大部屋があり、そのどれかにボスがいるのだ。なんでも一定間隔でボスが移動しており、外れを引くと何もない部屋しかない。運が悪ければ多大な時間が掛かるのも、人気のない理由である。
「とりあえず、今回はボスが目的だしボス部屋目指そう。近いのが東と南だけど、どっちにするか」
「なら東だな!」
断言するようにシュヴァルツさんが声を上げた。他に意見もないし、どっちでも良かったから東にしといたが、理由を聞けば何の理由もなかった。まあいいけどさ。
ちなみにさっきとは打って変わり、シュヴァルツさんは本来のペースを取り戻しており、割かしみんなスルー気味である。ちょっと可哀想なので最低限の受け答えをしているのだが、それが悪いのかだんだんと俺への絡みが増えてきて困る状況だったりして。
「まあ、とりあえず東に向かって行きますか。最初に言ったようにモンスターの数が多そうだったらそれは避けていく方向で。お願いできる、シャーナさん?」
「は、はい……頑張ります……」
ライアの後ろに隠れるように彼女は、顔だけ出して返事はする。
いやほんと、どんだけ男が苦手なのか。
シャーナさんに頼ったのは、彼女が≪索敵≫のスキルを持ってるからだ。少し遠くのモンスターの居場所や数が分かるため、ダンジョンでは重用されるスキルでもある。最も、それを無効化するモンスターもいるみたいだが、少なくとも地下水路にはいないらしい。
「よしっ!では行こうか!いざ、ボスのもとへと!」
「おいおい、お前が仕切るなよ?」
「大丈夫よ、シャーナ。タクトは人畜無害だから」
「はいぃ……・。分かってはいるんですけど……」
「…………」
前途多難だな。
みんなの後ろ姿を見て、少しだけ不安になってしまった。
そんな俺の肩に、ポンと手が乗る。
「まあ、頑張れよ。リーダー」
「……手伝ってください、エッジさん」
もはやこの状況では俺の良心でもあった。その貫録は子供の引率を見守るお兄さんって感じでしかない。
それから進むとすぐに、シャーナさんから報告が上がる。
「あっ……、このまま進むとモンスター五体います。北に行けば三体です……」
「ありがとう、シャーナさん。それじゃ、北に曲がろう」
当初の予定通り、数の低い方へと進路を変えながらボス部屋へと進んでいく。
「うげぇ……」
道中に現れた三体のモンスター。見た瞬間に半数以上が顔を顰める。あまり長時間直視したくはない。黒光る、リアルよりも何十倍もの大きさとなっていた。
「コックローチ。レベル16、虫種族無属性。想像以上にキモっ……」
「ぅぅ……」
ライアは視線を逸らしながら顔を歪ませ、シャーナさんに至っては完全にその後ろに隠れて目を閉じていた。
おいおい。
「んで、どうする?」
「とりあえず支援かけたら俺とエッジさんとシュヴァルツさんで、それぞれ一体ずつ持ちましょうか。コーダとライアはエッジさんかシュヴァルツさんのどっちかすぐに死にそうな方を攻撃ってことで」
「オッケー!」
シュヴァルツさんの強さがいまいち分からないので、まあここは様子を見るのが妥当だろう。エッジさんならタイマンでも放置して最悪大丈夫だろうし。
確認するようにシュヴァルツさんにもう一度同じことを繰り返した。
そういやこの人もこいつが苦手なんだっけか。
何か俯くように身体を震えさせていた。
大丈夫か?と思ったのも束の間。
「許せん、許せん……!こんな醜いものが存在しているのは許せーん!!」
「え?ちょっ!」
合図も何もなく、シュヴァルツさんは勝手に突っ込むようにモンスターの群れに飛び込んでいく。
何やってんだ、この人は!支援もまだなのに!慌てて俺とエッジさんもその後を追った。
しかしシュヴァルツさんの般若たる顔はもう恐ろしいほどだった。思わず俺の足は止まる。
得物である剣を抜き、一体のコックローチ相手に≪剣術・片手≫のスキルを仕掛ける。
「クイックアタック!からの二連撃!」
早い!素直にその連携には感心していた。だてにベータ組ではないということか。だが驚くのはここからだった。
二連撃の反動で数歩下がったシュヴァルツさんは剣をコックローチに向け、あろうことか詠唱を開始したのだった。
「……フレイムランス!!」
はっ!?魔法!?
シュヴァルツさんから放たれた≪火魔法≫がコックローチを襲う。そのエフェクトたるや燃え盛る強力な攻撃に思えるものの……。
「そこまでダメージなくね?」
コーダにしては冷静なツッコミだった。
決してその一連の動作でコックローチを倒すことはなく、むしろ最初に前線に一人出たシュヴァルツさんに三体ともヘイトを向けつつあった。
「なっ!?く、来るな!!」
剣を振り回して近づけさすまいと抗う彼に、さすがにこのままにはしていられない。
エッジさんと目を合わせて、当初の作戦通りにそれぞれコックローチのヘイトを引き剥がしていく。まあ俺は支援は掛けられなかったが、背後からコーダとライアでタイミング良く支援スキルを発動させていた。
「戦意のパッション!」
「ステップダンス!」
シンクロした二つの支援は僅かにその効果を上げる。今ではそれも微々たるものかもしれないが、それはこの先大きなものとなっていくのだろう。それが分かっているからこそ、ひとまずはその差は気にならない。
「強パンチ!」
「インセクトダガー!」
俺とエッジさんがそれぞれ一撃ずつコックローチに叩き込む。その瞬間に俺は目を見張った。
俺とエッジさんのダメージの差だ。
あれ?エッジさん、生産プレイヤーですよね……?
いや、知ってはいたんだけどな。けど、こうして目の前で見ると少し堪えるものがあるのも事実だった。
俺の強パンチで削ったコックローチのHPはたかが一割。けれどエッジさんのインセクトダガーは四割近く削っている。最も名前から察することも出来るが、≪剣術・短剣≫スキルのインセクトダガーは虫種族に大きな効果を発揮するものであるのだ。
勝てないのは分かりきっていたけど、それでもこの差はな……。いくら嘆いても仕方ないんだけども。
「くっ……醜い存在のくせに、僕に恥を掻かせるとは……やはり許せん!」
再び戦闘のスイッチがオンと化したシュヴァルツさんを中心にダメージソースとしてはエッジさん、コーダと次いで、最初の戦闘はすぐに終えることが出来た。
スキル情報 索敵
――≪索敵≫ パッシブスキル
一定距離内のモンスターの位置がマップに表示される。
このスキルを無効化するモンスターも存在する。




