安堵と先へ
「チャン!チャム!無事で良かった……!!本当に心配したんだから!!」
二人の姿を見た途端、ローラさんは今までにない表情で二人の子供を思い切り抱き締めた。
二人も母に多大な心配を掛けていたのが分かったんだろう。同時に、今までの恐怖が母と再会したことに表に出てきて泣きじゃくり始める。
本当に良かった。
三人がこうして一緒に抱き合う姿を見れるようになって――
すでに俺は今一人。始まりの街に帰って、すぐにイサナギとミカンと別れてローラさんの元へと向かったのだ。
もちろん男とは遺跡を出た瞬間に別れた。まあそれでもいい。縁があれば、いずれどこかで出会う可能性もあるはずだしな。その時はその時で楽しみだ。
「タクトくん、本当にありがとう!あなたにはどれだけの恩があるかも分からないわ。それこそ一生かけても返せないくらいには」
いやいや、さすがに大袈裟ですから。
「二人が無事で良かったですよ。チャンもチャムもこれ以上ローラさんを困らせることはするなよ」
「分かってるよ!」
「うん!」
「そうだ!母さんに見せたいものがあるんだ!」
「はい、これ!お父さんと同じお花!お母さんが歌えるようになったプレゼント!」
果たして反省しているのかしていないのか。
一しきり泣いた後はケロッと笑いながら、今回の事件の発端ともなった理由も明かされる。
チャンとチャムが取り出したのは橙色の花。金木犀だった。
「これは……!」
生憎と俺は花になんて詳しくはない。二人が取ってきたというその花に果たしてどんな意味があるのか。それを知るのは三人だけなんだろう。
少なくともそれを受け取ったローラさんは感極まるように瞳を揺らす。
「あぁ……ありがとうね、チャン……チャム……」
「お母さん……」
俺が掛ける言葉は見つからない。
ただ、見守ることしか出来なかった。
それほどまでには、この金木犀にはきっと意味があるんだろう。
それから少しの後、ローラさんは顔を上げて俺に向き合った。
「タクトくんにはお礼をしなきゃね……。用意できるものは数少ないけど」
「何言ってるんですか!むしろ俺の方がローラさんに教えてくれたことを、まだ返しきれてないくらいですよ!」
現に、≪祝福の賛歌≫がなければきっとゴブリンたちに押し切られていたに違いないのだ。あれがあったからこそ――それだけではないが――二人を助けることが出来たのだから。
「ふふっ、これじゃいたちごっこになりそうね」
「……ですね」
俺は絶対に譲らないし、きっとローラさんもだろう。
そう思えた俺たちは少しだけ笑いあった。
「……タクトくんは、これから王都に行くのよね?」
「はい。明日の昼までには何とか行けたらと思ってます」
というか行かなければまずい。
「そうなのね。……タクトくんも知ってる通り、私たちは前は王都に住んでいたわ。それからここへ引っ越して来たけど、今も夫が王都にいるの。もしタクトくんが何が困ったことがあったら彼を頼って。きっと力になってくれる」
「ローラさん……けど……」
いくらなんでも俺はその人を知らないし、いきなり頼られても迷惑なんじゃないか。
そう思ったけど、彼女は当たり前のようにそれを否定する。
「私だけじゃない。チャンもチャムも、みんなタクトくんがいなければ今も笑っていないわ。彼には知らせておくから、本当に遠慮なく頼ってもらっていいの。それに……今すぐではないけど近いうちに私も王都へと戻るつもりだから」
「それって!」
その言葉は何よりも俺の心をざわつかせた。
王都の歌劇場の歌手であったローラさんが、再び王都へ戻る意味なんて一つしかないはずだ。
「期待はしちゃ駄目よ?……夫の名はハイゼル。王国で騎士をしているの。どうか覚えておいて。今はそれだけでいいから」
「……はい。分かりました」
王国の騎士。ハイゼル。
もちろんそれってNPCなんだよな。そもそもこの世界にとって王国というのがどういう立ち位置であるかも俺は知らない。
俺たちは所詮冒険者でしかないのだから。
……それにしても、騎士か。
父親が騎士。母親は歌手。そして、その子供は。
「ところで、ローラさん。一つだけ聞きたいんですけど……」
「どうしたの?そんなに改まって」
一つだけ疑問に残るのは、さっきまでの戦いで起こった出来事だ。
身を守ってくれた結界。
あれはどう考えてもチャムが施したものに違いなかった。
だが、ふたを開けてみれば当のチャムは何も知らないし覚えてないという。
そしてボスが言っていた巫女の力。本当にそれがチャムの中にあるのだろうか。
「何て言ったらいいか分からないですけど……チャンとチャムって普通の子、ですよね?」
「え?……本当にどうしたの?二人に何かあった?」
「あ、いえ!そういうんじゃないです。怪我もないですし」
俺の聞き方がまずかったんだろうが、途端に二人の身体を心配し始める。
まあそりゃそうか。けど、この感じじゃローラさんも何かを知ってるってわけじゃないよな……。
本人も何も分かってないと言うし、これ以上の詮索は無意味だろう。もしかしたらゲームとしての何かなのかかもしれないし。
とはいえ、心配はあるしたまには様子を見に来るか。これっきりってわけにもいかないだろうし。
「何でもないです、気にしないでください。……それじゃ今日はもう行きますね」
「えぇ、分かったわ……。また、いつかね」
「はい!本当にありがとうございました!」
俺に歌を教えてくれた師匠に、心からの礼を尽くす。
双子のチャンとチャムにも別れを済まし、俺は彼女らの家を後にした。
ボス紹介 ゴブリンシャーマン
レベル:50
種族:亜人
属性:魔
スキル:≪杖術≫≪風魔法≫≪杖≫≪魔力増加≫≪認識阻害≫≪死霊魔法≫≪言語学≫≪状態異常無効≫≪カリスマ≫≪召喚≫
名もなき遺跡で現れたボスモンスター。ゴブリン種の上位に位置する存在で、仲間に守られているので滅多に人前には姿を現さない。人語を解するのが何よりの貴重性を物語っている。
自らの役割に矜持を持っており、それを成し遂げることに意義と忠誠を感じている。




