ゴブリンと上位種
扉の先の遺跡内部は厳かである神殿のような外観に加え、迷路状のような通路が長々と続いていた。照明も明るめで、壁面に一定間隔で松明が灯っている。
また、壁には見たこともない謎の言語が所々描かれていた。フリスタの世界での言語であるかも分からない。
数分歩くが、未だにモンスターには出会わず、ただただ迷路を進んでいるだけだった。遺跡の前半部とはまるで様相も異なっている。迷路といっても、何も行き止まりに直面しているわけではない。ただただ、通路に枝分かれ状にいくつもの進路が現れているだけだ。
【コンダクター】と呼ばれる男をパーティーにいれたせいか、イサナギは若干不機嫌になりつつ口数が少ない。ミカンも積極的に喋る方でもないし、この男なんて見るからに無口だ。加えて幼いチャムまでが、空気を読むかの如く口を開こうとはしない。
なんなんだよ、この気まずさは。
ひとまずイサナギのことは放っておいていいだろう。こいつのことだから、すぐに機嫌も直るだろうし。
やっぱり気になるのはこの人なんだよな。
テンガロンハットを深く被る男は、その顔もよく見れない。聞けばスキルに≪認識阻害≫とやらがあるらしい。名前だけでなく、心なしかただでさえ見えない顔もぼやけて見えるくらいだ。
とはいえ、仮にもパーティーを組んだ関係である。一切のコミュニケーションがないのも不自然だよな。
それに名前が???である以上、何て呼べばいいかも分からないし。
とりあえず聞いてみるか。
「えっと、あなたのことは何て呼んだらいいんですかね?ちなみに俺たちはもう分かってると思いますけど、俺がタクトでそこの男の方がイサナギ、女がミカン。で、この子はチャムです」
見るからに、男はゲーム内でも人生でも先輩にあたるだろう。極力下手に出ながら、先頭を歩く男に向かって尋ねた。
そうなんだよな。なぜか男は先頭を歩いているんだよ。それがイサナギが不機嫌になっている理由の主なとこだろう。
俺は特段気にはしないし、それに男の先導する道は迷路みたいなこの通路もサクサクと前に進んでいる。と、思いたい。実際には誰もが初めて来るエリアなので分かる由もないのだけど。
そんな俺の質問に男は簡潔に答えるだけだった。
「呼ぶ必要などない。これはただの一時的なパーティーなのだからな」
振り返ることなく、吐き捨てるような言葉に当然俺たちは何も思わないわけがない。
俺は聖人君子でもないし、短気でもないけど怒りだってする。当然その言葉に俺だけでなく、イサナギもイラっときただろう。
何せパーティーに入れてくれと言ったのは男だ。
まあ実際のとこは、頼む形でなく命令だったし、最終的に決めたのは俺だけど。
それにイラっときても、これが男のスタンスなのはすでに理解したし、有名プレイヤーであるなら当然実力も高い。この先に待ち受ける何かを思えば、打算的に男の言葉にはある程度従う必要があるとは俺は思う。
その理性的な判断と違い、直感的に判断するのが俺とイサナギの違いなんだろう。
案の定、イサナギは我慢の限界だというように男に喰ってかかった。
「おい!あんたなぁ、いい加減にしろよ!タクトに無理矢理パーティーに入れといてもらってそりゃないだろ」
「ちょっと、イサナギ。止めなよ」
ミカンが側で止めようとするも、すでにイサナギは男にターゲットロックオンだ。
俺からすれば馬鹿でガサツな親友だが、仮にもここではトッププレイヤーの一人。そんな男に睨まれたところでも、男はどこ吹く風だ。
「パーティーに入ったからといって、慣れ合う理由はない」
「はぁ!?パーティーなんだから一緒に戦うってことだろ!連携だって必要だ!最低限の意思くらいは確認するのが普通だろ」
「ならば言い方を変えよう。連携などする必要はない。そこの男はともかく、お前たちはトッププレイヤーなんだろう?それくらいは出来ると思うが」
ぶれないな、この人。ある意味尊敬に値するわ。
しかもさりげなく俺のことディスってるし。むしろ低レベルすぎて逆に連携なんて出来る自信ないし。
いや、いいんだけどね?パーティーを組めばレベルもバレるし、俺だけが明らかに低いもんな。レベルでさえ男は??と表示されてるが、まあ多分30前後だと普通に予想していいだろ。
言い負かされたイサナギは、明らかに怒りを増やしていたが、すでに男に何を言っても無駄だと感づいているはずだ。
それでも何かを言いたいのか、必死に言葉を探そうとしている様子だったが、それより前に珍しく男から言葉が続いた。
「いい機会だな。雑魚の登場だ」
「雑魚……!?」
モンスターが現れたのか!
前方には確かに通路が終わり、開けた空間に続いていた。そこには遠目から見ても緑色の肌をした子供――ではない。一説に小鬼と言われる、ゴブリン種だ。それが五体いるんだろう。
正直ここまでモンスターがいなかったから、突然の出現に俺だけが必要以上に驚いたし、あくまでボスではなく雑魚なんだろう。なにせその空間の奥にはさらに道が三つに分かれているのだから。
まあでもゴブリンなら確かに雑魚といえるモンスターだ。
少なくともベータテスト時代ではゴブリン系のモンスターは始まりの街周辺にしか出現しないと聞いている。それはつまり必然的にレベルもある程度計れるというものだ。
最もレベルの低い俺にとっちゃ一体ならまだしも、二体以上なら苦戦、もしくは死あるのみなのは変わらない。
ゴブリンたちの索敵範囲に気を付けつつ進んでいくが、そこでだんだんと何かに違和感が生じていく。
いったい、何だ?
だんだんと視界にくっきり映るゴブリンを見て、それが少しずつ膨らんでいく。
ゴブリン種は五体。装備などの外見から見るに、三種類の敵に分かれている。
二体のゴブリンは右手に剣、左手に盾を装備している。それだけでなく、頭と胴体にもそれなりに見栄えする金属の鎧を着けていた。
もう二体は両手に弓を装備しているが、よく見ればただの弓ではない。弩だ。弓より重く扱いが難しいが、その分威力は数倍に跳ね上がる。それに軽装な鎧も装備しているし、腰には使い込まれたような短剣が刺さっている。
最後の一体は一番後ろに待機しており、両手に身の丈以上の杖を持ち、何より頭にとんがり帽子を被っている。ゴブリンという外見の醜さに、ちょっと可愛げのあるその帽子がなんともシュールである。
総じて五体。それぞれの身長は一メートル強。チャムと大して変わりはしない。
それでも、何かが違うのは初心者である俺でさえ感じていた。
「何だ、こいつら……?」
「ゴブリンの上位種?嘘でしょ、見たこともない……!」
それだ。
ミカンの言葉に俺は始まりの平原にいたゴブリンたちを思い出した。
始まりの平原にいたゴブリンは五種類。ゴブリンウォリアー、シーフ、アーチャー、マジシャン、ヒーラーだ。
それぞれ片手に対応した武器は持っていれど、防具はお粗末と言っていいほどのものだった。決して目の前のゴブリンたちが装備しているようなものはなかったはずだ。
それに加えて武器も防具も何もないゴブリン種でも最弱のただのゴブリンを加えた六種類がゴブリン種だというのは俺でも記憶に新しい。最もボスは例外だ。
そのはずなのに――
「名前は……ゴブリンナイト、ゴブリンレンジャー、ゴブリンメイジ!」
当然俺から見れば赤ネームだ。
すでにゴブリンたちは俺たちを敵とみなし行動を開始するとこだった。
「イサナギ!?」
「タクトはチャムと一緒に後ろに控えてろ!俺からして緑ネームだ!こいつらのレベルは32前後ってことだ!」
なんだよそれ!
要は攻略最前線の敵と同等ってことか?
それが雑魚で現れるってことなのか。
勘弁してくれよ。まじで。
チャンの安否だけが気がかりだよ、ホント。
ダンジョン紹介 始まりの遺跡
別名、名もなき遺跡とプレイヤーの間では呼ばれる。ダンジョンと言っても広さは極狭い。というのが共通認識であるが、ある条件を経て開かずの扉を抜ければその広さは広大となる。
ダンジョンの正式名称は別にあるが、それを知る者は極僅かでしかない。
出現モンスター:???




