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Carnival  作者: ハル
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歌とエクストラクエスト

 パーティーでのダンジョンは思いのほか疲れが溜まっていたようで、その日はしばらく狩りをする気にはならなかった。

 リアルで休憩を挟みながらも、今は街中を歩いていた。

 グレイターバットでの戦闘は死んだおかげで経験値は入らなかったらしく、レベルは7のままだ。

 それでも2も上がったのだから、かなりダンジョンは効率がいいのだろう。

 次に行けるのがどれくらい先になるのかは分からないけど。

 今日はゆっくりして、またローラさんのとこに行こうかな。

 気のせいでなければ、俺が歌を歌う度にローラさんの顔は晴れやかになっていくのが密かな楽しみなのだ。

 けれど、願うならば俺は彼女の歌が聞きたい。

 きっとローラさんの歌は俺なんかよりも綺麗で澄んでいるはずなのに。

 いったい何が彼女を歌わせなくなったのが気になっていた。


「本当にNPCとは思えないんだよな」


 彼女が実はプレイヤーだと言われても驚かないくらいには。

 ま、考えすぎても仕方がないか。


「あ!タクト兄ちゃんだ!」

「本当だ!タクトお兄ちゃんだ!」


 家の前で遊んでいたのか、俺に気付いたチャンとチャムが駆け寄ってくる。

 この双子も可愛くて仕方ない。まるで昔の弟がもう一人増えて幼くなったようで、結構遊んでいて可愛がっていた。

 男女の一卵性双生児である彼らは、揃ってやんちゃな性格のようだった。これではローラさんも大変だろう。


「二人とも、まだ遊んでたのか?」


 ゲーム内は明るくとも、現実はもう夜だ。子供が外で遊ぶような時間でもないが、さすがに外が明るければ無理な話か。

 ちなみに夜になれば普通の民家は扉を閉ざし、基本的に入ることも住人が出てくることもないらしい。店と一部の民家だけは例外だと聞いた。俺が深夜にログインすることはあんまりないだろうから、ほとんど関係はない。


「うん、タクト兄ちゃんも遊ぼう!」

「うーん少しだけだぞ?」

「わーい!」


 癒される。二人にせがまれるとついつい許してしまうんだよな。

 甘いのは分かってるんだけどな。

 それから小一時間ほど遊び、更にくたくたに疲れてしまった。子供のパワー恐るべし。そして何よりも自由だ。


「遊ぶの飽きてきたな!」

「飽きてきた!今度はタクトお兄ちゃんのお歌が聞きたい!」

「じゃあ家の中入ろーぜ!」


 手を取られ、小さい力に引っ張られながら俺はローラさんの家へと連れられる。

 拒否権はもちろんない。というよりそもそもの目的なんだけど。

 中に入るとローラさんは俺が来る事が分かっていたかのように待ち構えていた。


「ごめんなさいね、うちの子たちが迷惑掛けちゃったみたいで。周りに同じ子供たちがいないから、タクトくんに懐いちゃったみたいね」

「いえ、大丈夫ですよ。俺も弟が出来たみたいで嬉しいですから」

「兄ちゃん早く早く!」

「歌聞かせてよ〜!」

「こらっ、二人とも!」


 ハハッ、そう言ってくれると俺も嬉しいんだけどな。

 それにチャンとチャムはこの世界で一番最初に俺の歌を聞いてくれたわけだし。

 それじゃ今日は何にするか。二人が聞いてくれるのは嬉しいけど、時間も時間だからな。

 ちょっと眠気を誘う奴でも歌ってしまおうか?


「それじゃあ歌いますよ」


 双子を見ながら、ちょっとした悪戯心が働く。

 歌い終わった時に二人が起きていたら大したもんだろう。

 スローテンポで子供が聞いても意味は分からないはずだしな。


「♪When I am down and~」


 自分に力をくれる人がいる歌。

 俺がよく歌う好きな曲の一つでもある。

 俺の存在が、歌が、あいつの力になれるように。

 そんな想いも込めて歌を歌った。


「……とても、良い歌ね。なんだか力が込み上げてくるような歌……」


 英語が分かるはずないのに、彼女が曲の意味を汲み取ったことにまず驚いた。

 さすがというか、何というべきか。

 肝心のチャンとチャムは、気持ちよさそうな顔で眠っていた。

 期待を裏切らないな。ったく。


「フフッ、気を使って眠らそうとしてくれたのかしら?」

「……余計なお世話でしたよね」

「いいえ。そんなことないわ。前は私が歌って二人を寝かしつけていたくらいだもの」


 悲しそうな顔をして、どこか諦めたような顔をしていた。

 だけど俺は見逃さない。

 そんな彼女の瞳の奥に、闘志が宿っているのを。

 今なら聞いても大丈夫か?

 ゲームの住人とはいえ、女性の過去を聞くものではないかもしれないが、もし彼女の憂いを断てるというなら喜んで俺は協力するつもりだ。


「聞いてもいいですか?ローラさんがどうして歌わなくなった理由を」

「…………。そうね、タクトくんになら話していいのかもしれない。あなたみたいに本気で歌を愛している人なら……」

「……ローラさん」


 思い出すように瞳を閉じたローラさんは、静かに声を紡いで語りだす。


「私の仕事は王都にある歌劇場での歌手だったの。これでも結構名の知れた方で、私の歌を聞きたい人が遠方からも多くやってきたわ。私の歌を聞いてくれる観客が幸せそうに帰っていくのが何よりの私の幸せでもあった……」

「……」

「三カ月くらい前かしらね。あの日は体調が優れなくて、その時の公演は散々な歌だった。まともに歌えなくて、きっとみんなも失望してしまったはず。そう思って歌い終えて顔を上げれば、いつものように拍手喝采だったわ。慰めなんかじゃない、本当にいい歌だと思ったかのような拍手だったし、観客の人たちもいつもと同じように幸せそうに帰っていった。おかしいでしょう?自分が一番下手な歌だと分かっていたのに、それを聞いてくれた観客は何も分かってくれなかった。それからよ、私の歌には何の価値もないと分かってしまったのわ。みんな私の歌を心から聞きに来たのではない。有名な歌手の歌を聞いて自己満足をしに来たのだけだと」


 投げやりな言葉を放つローラさんに、俺はなんて声を掛ければいいのだろう。

 ただ好きで歌っている俺と、歌を仕事にするローラさんでは土俵が違う。

 でも……。

 ――あら?私はタクちゃんの歌を聞くととっても幸せな気分になれるわ。本当に歌が好きなのが伝わってくるもん!

 母親の言葉を思い出した。

 あの人も海外で活躍する声楽家だ。ローラさんと似通った部分も多い。

 性格はまるで違うけどな。


「それからは本当にひどい毎日だったわ。心を込めて本気で歌った日も、わざと気の抜いた下手な歌を歌った日も、観客の反応は何一つ変わらない。私の歌はただお金を巻き上げるだけの醜い歌でしかなかった。……そうして歌うのが嫌になっていた毎日に、夫が田舎で暮らすことを提案してくれたの。残念だけど夫は仕事で王都から離れられないから、こうして私とチャンとチャムの三人が一月前にこの街へ引っ越してきたのよ。それ以来、一度も歌なんて歌っていない」

「そんなのローラさんが悪いわけないじゃないですか!そんなことでローラさんが気に病むなんて……!」


 あまりにも酷すぎる。

 彼女もきっと俺と同じ。ただ歌を好きだっただけだ。

 それなのに――


「ありがとう、タクトくん。……私はもう二度と歌を歌わないつもりだった」

「そんなこと、言わないでください!」

「……そうね。三カ月の前の私なら、そんなことを言う人に同じことを言ったと思う」

「ローラさん……」

「……でもね、聞いて。そう思ってた私でも、タクトくんの歌を聞いて変われたと思う。あんなに歌を好きだという感情を聞いて、私は昔の自分を思い出した。まだ歌手になる前、私は歌が好きでただひたすらに歌い続ける毎日だった。そんな昔を思い出したら、もう一度歌いたくなってしまった……」

「……ッ!!」


 何だよッそれ!

 思わず泣きそうになったが、幸か不幸かアバターから涙など流れはしない。

 それでも俺の胸は締め付けられるような想いだった。


「……タクトくんが良ければ、聞いてくれるかしら。私の歌を」

「勿論です!いくらでも!何度でも!」

「フフッ、そう言ってくれると私も嬉しいわ」

「ッ!?」


 途端に、身体が震えた。

 ピリピリとした空気が震え、金縛りかのように身体が動かない。

 目が離せない。耳がどれだけ小さい音を拾おうと神経を集中させる。

 それを放つ原因は俺の目の前に立っていた。


「……私の一番好きな歌。祝福の賛歌――」


 別人のようなオーラを放つローラさんは、小さな家で歌い始めた。


「……ぁ……」


 その歌声は心に響き渡り、離れない。

 心が躍動し、力が沸き上がってくるようだった。

 響き渡るその美しい声に、誰もが聞き入ってしまうだろう。

 それこそ、彼女の虜になるように。


「こんな歌が、あるなんて……」


 俺もその一人だ。

 間近で聞くその曲は俺を天へと誘うように、それでいて、幸福に満ち足りるような歌。永久に聞いていたいほど、心地がいい。

 こんな歌を俺も歌ってみたい。

 そんな恐れ知らずな感情さえ抱いてしまった。

 ……いや、違う。彼女はこの歌を俺に教えようとしているのではないだろうか。


「……どうかしら?タクトくんにはきっと伝わってくれてるわよね」


 歌い終えたローラさんは何かを吹っ切ったかのように、清々しい顔をしていた。

 それはとても美しく、綺麗で。


「……都合の良いように取っちゃいますよ?」

「もちろんよ。タクトくんの思っている通りだと思うわ」

「……俺なんかで本当にいいんですか?」


 この歌は決して世に現れるような歌ではないはずだ。

 言い方は悪いが、まるで呪歌のような力も籠っている。きっとローラさんしか歌えない歌のはず。

 それくらいは俺にも理解できた。


「……逆よ。タクトくんだからこそ。歌を本気で愛する貴方だからこそ、よ」

「分かりました……。正直、俺はこの歌を歌いたいと思います。もし、それを教えてもらえるなら……」

「えぇ。本気で貴方に伝授するわ。貴方にその覚悟があるならば、だけど」


 さっきのピリッとした雰囲気が戻った。

 けれど俺の答えは変わらない。

 この歌を歌ってみたかった。

 俺の歌に対する貪欲な想いがそう答える。


「教えてください!」


 その瞬間、頭の中でシステムメッセージが流れていく。


 NPCクエスト【ローラの頼み】をクリアしました。

 前提条件を無視したので、エクストラクエストの条件が大幅に緩和されます。

 NPCローラとの好感度が高いため、エクストラクエストの条件が大幅に緩和されます。


 エクストラクエスト【ローラの弟子】を引き受けました。


 ――エクストラクエスト【ローラの弟子】

 必要スキル≪歌Lv50≫≪声量Lv50≫≪音楽Lv50≫

 必要ステータスCHM300


 二重条件緩和

 必要スキル≪歌Lv1≫≪声量Lv1≫≪音楽Lv1≫

 必要ステータスCHM30



 え?


フィールド紹介 トロスト広野


始まりの街の北にあるマップ。広い野原が広がっていながらも、奥には広大な山々が聳え立っている。また西の方には鉱山が掘りつくされている。鉱山ダンジョンがある。

出現モンスター:ゴブリン、ハニービー、リトルベア


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