酒場とナンパ
主にストレイドッグのせいで時間が掛かったので、一度昼休憩を取ってその後に酒場へとクエストの報告をしにいった。
ちなみにクエストは基本デイリー制なので、同じ日に二回以上のクエストは受けられない。
酒場へ踏み入ると、休みの日の午後のためか人は結構いた。
この酒場はクエスト受注の他、パーティーを結成する場によく使われているのだ。NPCにパーティー募集登録をするだけでもいいのだが、直接会って誘いあったりする方がいいとして、プレイヤーでは酒場でパーティー募集をするのがスタンダードだった。
さて、そんな酒場なんだが、今この時喧噪が鳴りやまなかった。その原因は明らかだ。
「おいおい、何をそんなに遠慮してるんだよ。俺たちとパーティーを組もうって話だろ。何ならそのまま王都へと連れてってやるぜ?」
「ハァ!?いい加減にしてよね!なんで私があんたたちなんかとパーティー組まなきゃいけないのよ!」
何やら言い合っているのは赤髪の男と黒髪の女性だ。
男は強そうな装備を着ていて、その後ろには仲間であろう男が三人ニヤニヤと笑っている。
女性の方は俺と同じ初期装備で、男が腕を掴んでいたところを力強く跳ね除けていた。
そして周囲のプレイヤーはいろんな感情でそのやり取りを眺めている。
「おいおい、強がるのもいい加減にしろよ。俺たちが王都まで連れてってやるって言ってんだぜ?」
赤髪の男は下卑た笑い声を上げている。それに対して明らかに迷惑している女性。
発端は良く分からないが、状況は明らかだろう。
気づいた時には俺はその間へと入っていた。
「そこ通してもらっていいですか?」
「は!?なんだお前は!」
わざと二人の間を通ろうと声を掛ける。
その行動が苛立ったのか、男は俺に敵意を剥き出しにしてきた。
「ただの通りすがりですよ。……にしても、こんな場所でナンパですか?でも見向きもされていないみたいですけど」
別に挑発するつもりはなかったんだが、気付けばそんなことを口に出していた。
こういった迷惑な輩は嫌いだ。
俺は別に善意の塊のような人間ではない。嫌いな奴はとことんに嫌いなのだ。それはこの男にも当てはまる。
「何だテメェ!俺が誰だか分かってるのか!?」
「……?」
分かるはずない。なにせ初対面なのだから。
それとも有名なプレイヤーなのか?
そうだとしても、初心者である俺が分かるわけもなかった。
「すみませんが、情報に疎くてですね。有名な方なんですか?けど、だからって嫌がる女性を無理に誘うもんじゃないと思いますけど」
「んだぁ!?」
「貴様!ドリーさんのことを知らないのか!?」
何が勘に障ったのか分からないが、後ろにいた男たちも前へと出てきた。けれどどうやら男の取り巻きみたいな連中みたいだな。
「ドリーさんはあの有名なギルド、ファングのサブマスターリヴァンさんの弟だぞ!」
ファング……リヴァン……
誰だよ、それ。有名なやつなのか?
まあ良く分かんないけど、そんなのはどうでもよかった。
「……で?俺はそのファングとやらもリヴァンとやらも知らないけど、それが無理矢理ナンパすることと関係があるんです?」
「ハッ!どうやらこの俺に喧嘩を売ってるようだな。おいテメェ!俺と対戦しろ!」
結果的に男を煽ったようだ。別にそんなつもりはなかったのだが。
対戦とは、つまりはPvPってこと?。PvPは基本的に街中では合意の上で発生するものだ。
けれど男の装備を見る限り、きっと強いのは間違いないだろう。
高そうな防具に、剣も装備している。
ハッキリ言って俺が勝てるような相手じゃない。何せ俺は歌使いだし、支援向きだから。
馬鹿正直にそんな誘いに乗る必要もないのだ。
「嫌ですよ。俺は支援向きなんで、あなたと戦ったってどっちが勝つのかは明白じゃないですか」
「ハッ!軟弱な野郎だな!同じ男として情けなすぎるぜ!それでも男かよ!」
俺を挑発するように男は喚くが、別に間違ったことではないだろう。
実際軟弱だしな。STRもVITも上げてないし。
しかしいい加減この男の相手も飽きてきた。俺はただクエストの報告に来ただけなのに。
しかも、肝心の女性のプレイヤーがいつの間にか姿を消していたことにも驚きだった。
ログアウトしたのかは分からないが、気づいた時にはいなかった。まあ変な被害がないのであればそれも良かったのだけど。
「おい!ドリーさんがここまで言ってるんだぞ!逃げるなんて真似しないよな!?」
それでも取り巻きの奴らはしつこかった。
面倒だが受け入れるか?負けるのは明白だけどさ。
そんなことを考えていたら、このやりとりを見ていたプレイヤーが前へと出てきたのを見る。
「そこまでにしようか。なんなら僕たちを含めてパーティー戦にしないかい?」
え?
気づいたら後ろには、四人のプレイヤーが立っていた。
みんなが強そうだなぁ、なんて眺めてたのは一瞬。
なんかパーティー戦とか言わなかったかこの人。
「お前は……その青髪に魔道士……トオル!」
「マジかよ、トオルだって?」
「何でこいつらが出てくるんだ」
この人もどうやら有名な人らしい。どうやら俺は何にも知らないようだ。
でもまた二日目だぞ?
ベータプレイヤーならまだしも、ここにいるってことは昨日始めたばかりのはずなのに。
とにかく取り巻きの男たちは少しざわめきだっていた。
「君、スタイルは?向こうも五人いるようだし、どうだい?」
どうって……俺まだ戦うなんて一言も言ってないんだけど。
どう見てもこの中で初期装備の俺は浮いているし、レベル低いの分かるだろうに。
まあ本当なら今回のクエスト報告のお金で防具を買いに行く予定だったのだが。
「俺は歌使いです。……多分戦力になりませんよ?」
決して卑屈で言ってるわけじゃない。客観的に見ても俺はまだまだ弱いからの事実だ。
それでもトオルさんは歌使いと言った瞬間、やや驚いた顔をしたもののそれはすぐに繕ったようだ。
むしろ先に反応をしてきたのはドリーという男の方だった。
「ハッ、まじかよ!使えない歌使いが俺の邪魔をしてきたってのか?傑作だぜ。あんなつまらん歌を使うなんて可哀想な奴だな!」
「馬鹿かあんたは。迷惑なことしてる奴を止めるのにスタイルも何も関係ないだろ」
敵だ。こいつは完全にもう敵だ。
歌や音楽を馬鹿にするやつは性根が腐っているんだ。これはもう俺の持論である。
「ヒュゥ~、言うねぇ」
「こら、カナメ!」
何か後ろから茶化す声が聞こえたが無視だ。
「テメェ、歌使い風情が……!」
今にも襲い掛かってきそうだ。けど何かを我慢しているのは、多分後ろに立つトオルさんという人のおかげなのだろう。
「さて、どうするんだい?まさか支援スタイルの相手を一対一で倒して勝利を誇りたいっていうわけじゃないよね?戦うなら僕たち含めて五対五で相手になるよ」
こうなったら覚悟を決めるか。こんなやつを相手に引くこともしたくない。
「どうする、ドリーさん?」
「さすがにあのトオルたち相手じゃきついぞ」
「うるせぇ!それはお前等が弱いからだろ!」
「うぅ……」
どうやら彼らの名前には相当な威力があったようだ。
意外にも戦う意欲が相手側からは見られなかった。
「ちっ!今日はここで勘弁してやる。歌使い、お前の顔は覚えたからな!」
「知るか。俺は二度と会いたくねぇよ」
結局男たちは逃走の選択を選んだ。
お決まりのような捨て台詞を吐いて、酒場から出ていった。
……戦わねぇのかよ!
無駄に緊張して損したわ。
フィールド紹介 始まりの街アルファータ
ゲーム開始時に降り立つ始まりの地。正式名称はアルファータであるが、大多数には始まりの街という名前で認識されているので実質的に始まりの街という名称である。
規模としては街というよりも町であり、いかにも最初の街といった具合である。
それでもここで暮らす人はのどかで幸せであり、住民は冒険者がこぞって現れる状況を大いに楽しんでいる。