プロローグ
キーンコーンカーンコーン。
待ちに待った終業の合図が教室に響いた。
これでようやく一学期も終わりか。明日から夏休みがあり、俺が先週から待ち続けたFreeStyleAdventureOnlineの正式サービスが開始されるんだ。
通称フリスタと呼ばれるこのゲームは文字通りの自由のスタイルで冒険しようというコンセプトの出来上がったVRMMOだ。一月前からベータテストが行われていたが、残念ながら俺は当選には至らなかった。
そりゃ数万の応募の中からの千人だけなわけだから、それ自体は諦められる。だが納得いかないのは、周囲の人間が当選しているという事実だ。それも複数に及ぶ。
まあ過ぎたことだからいいが、結局一月待ってフリスタをプレイ出来ることになったので良しとしよう。これも未だ初期VRMMOとして、限定一万人に限られるんだから、俺もまた運のいい方なのどと捉えておく。
そんな幸運に見舞われた俺としては明日が待ち遠しく、意気揚々と下校に付く。今日のうちに夏休みの宿題も終わらせて、極力夏休みをフリスタの時間に宛てなきゃな。それくらいに俺はこのゲームが楽しみで仕方がなかった。
「よう、拓斗。もう帰るのか?」
「勇也、それに美沙も」
「ふふっ、なんだかウキウキしているみたいね」
俺が教室を出たとこで声を掛けてきたのは親友の勇也と美沙だ。小さい頃からの付き合いで、オープンベータに当選した周囲の二人でもあった。俺がフリスタを楽しみにしていた原因でもある。何せ、この一月散々フリスタの良さを語られたのだ。あの熱さといったら、例えフリスタに興味のない奴でもやりたくなるはずだろう。
「そりゃな。お前らの話を散々聞いてたんだ。期待するなって方がおかしいだろ」
「ハハッ、そりゃ話した甲斐があるってもんだ。拓斗、お前ならすぐに俺たちのとこに来れるだろうし、一緒にプレイできるのを楽しみにしてるぜ」
「さぁ、それはどうかな。俺は俺のペースで自由にやるし」
なにせゲームの名前に自由の言葉が冠せられているんだから。
それに俺はゲームは好きだが勇也のようなヘビーゲーマーではない。いろいろ周囲を探索しながらゆっくり進める自称ライト派なんだ。それを前に勇也に言ったら呆れたため息を吐かれたけどな。
「ったく……お前のことだから何かやらかしそうだよなぁ……」
「何だよ、そりゃ」
「褒めてるのよ、気にしない気にしない」
決して褒められてるように感じないのは気のせいか?
まぁ美沙がそういうならそれまでにしとこうか。
美沙は学校で一番人気のある美少女として有名であるが、ちゃっかりこれまた一番人気のイケメンである勇也と付き合っている。この美男美女カップルの幼馴染には時折気が滅入ることもあるが、それも長い付き合いの中で仕方ないだろう。
それに二人揃って廃ゲーマーだなんて、学校の奴らも知らないだろうしな。
「とにかく、明日はログインしたら街の東の教会の前で集合な」
「あぁ。中央の噴水広場は人がいっぱいいるんだっけか?」
「そういうこと。そっからスタートするはずだから東に進んだらすぐわかるはずだ」
「オッケー。そんじゃまぁ明日を楽しみに帰りますか」
「おう!」
それから俺たちは一緒に帰路についた。幼馴染であるだけに家も近い。終始二人の、というか勇也のフリスタの話で盛り上がるだけだった。
家に帰ると、玄関にはあるはずのない見慣れた靴があった。お洒落で綺麗なその黒い靴の持ち主は一人しかいない。
「兄貴、いるの?」
玄関で靴を脱ぎながら声を掛けると、それに反応するようにリビングの方から声が掛かってきた。
俺の家族構成は両親に兄と弟の五人家族だ。兄は成人して家を出ており、弟は田舎の爺ちゃん家で過ごしている。この家は今三人で過ごしているのだが、両親とも共働きで海外を歩き渡って仕事をしている。つまるところほとんど一人暮らしと同じようなものだった。けれどもそれを見かねて、兄である朔夜が度々帰ってくることがあった。
今日もそんなとこなのだろう。
「お帰り、拓斗。早かったな」
「ただいまー、今日はどうしたの?」
父に似たのか、母に似たのか、中性的なイケメンスマイルが俺を出迎える。真っ黒な短髪がそれをさらに美しくさせていた。地味な俺とは大違いだ。顔の造りはちゃんと似てるんだけどな。
「明日から夏休みだろ。それに念願のフリスタをやれるんだ。羽目を外さないように様子を見てやらないとと思ってな」
「えぇー、俺は大丈夫だって。勇也じゃないんだから」
「ハハッ、冗談だよ。大事な弟の顔を見にくるくらいいいだろ」
「ったく……」
こっちが照れるようなことを言いつつ、兄貴は平然としている。それにさっきの言葉もあながち冗談ではないのだろう。両親が海外に行ってるからこそ、保護者代わりのようなものだ。
それに兄貴もベータテストに当選した一人でもあるのだ。フリスタに熱中することになるのも織り込み済みなのだろう。
「それより、勇也たちと遊ぶのもいいけど、たまには俺とも遊べよ?修二のやつも拓斗がやるって嬉しがってたしな」
「もちろん。てか勇也は攻略に熱中するから最初は遊べないとか言われてるし。普通に気ままにやるよ」
「そうなのか?……あぁ、まぁ勇也はトッププレイヤーでもあるからな」
「トッププレイヤー?」
「あぁ。ベータテスターの中でもあいつは有名なやつだよ。ギルドに入っていろんなとこ攻略してるから噂はよく入ってくる」
なるほど。どうやら勇也はトッププレイヤーの一人みたいだ。まああの廃人のことだから、そうそう驚くことではないが。恐らく一緒にいる美沙も同じとみていい。俺には縁のない話だ。
「そういう兄貴は?勇也に劣るとは思えないけど」
純粋な疑問だった。勇也は確かに廃人だけれども、兄貴もまた別格だ。どんなゲームも勝てたことないし、勇也ですら兄貴に勝てたのは少ないはずなんだけど。
「嬉しいこと言うな、拓斗」
なぜか極上の笑みを浮かべる兄貴を前に俺は疑問でいっぱいだ。
「俺も修二たちとギルドを組んでやってるが、まぁ勇也たちほどは進めてないな。そこまで攻略に必至になっているわけでもないし、俺も拓斗みたいに自由にやってるだけだよ」
「そっか、兄貴らしいな」
多分兄貴が本気を出したら勇也でも厳しいだろうとは思うけど、その答えが兄貴らしくて俺は嬉しかった。
それに兄貴の親友でもある修二さんもいるんだ。俺も小さい頃はよく遊んでもらった覚えがある。
「……なぁ、拓斗」
「ん?」
「もし、もし時人が……」
「時人がどうしたって!?」
兄貴が口にした言葉に俺は過剰に反応する。
俺の大事な弟、時人。あいつに何かあったのかと、身を乗り出して聞いた。
「あ、いや……何でもないんだ」
「え……でも……」
兄貴らしくない。時人に何かあったのか?でもそうだったら言うはずだよな。
時人は俺の二つ下の弟だが、小学生の時に苛めにあって引きこもってしまった経緯がある。見かねた両親が田舎へと連れ、今ではそこで伸び伸びと過ごしていると聞いている。
伝聞なのは時人が俺に会ってくれないからだ。嫌われてるわけはないと思いたいが、両親や兄貴とはメールのやり取りもしているというし、なぜか俺とだけコンタクトを取ってくれない。
まあそれでも俺は時人を信じてるし、いつか元気になってくれるのを願ってるからいいんだ。
「そういや、拓斗のことだから今日中に宿題を終わらせるんだろ。俺も手伝うよ」
明らかに誤魔化す感じだったが、仕方ない。多分ここで問い詰めても兄貴は何も話さないのは分かってるから。
ひとまずは明日からのフリスタのためにこの宿題の束を片付けるとしよう。
ゲーム紹介 FreeStyleAdventureOnline
VRMMOが世に馴染んできた頃に、某大手ゲーム会社から発売された世界的に注目されているゲーム。
作り込まれた世界観、ゲームシステムは、多くの人々から支持を受けている。
サーバー負荷の問題でプレイヤー数は現時点では一定数の制限を設けられているが、そのプレイヤーは厳正な抽選によって決められている。




