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「…わかりました。ですが…あの」
冥鳴は少しだけ頬を赤らめて視線を逸らしモジモジとしている。そのしおらしい姿がまた美しく儚かった。
「この格好では……その…」
「あ……」
彼女は着物の下に着る長襦袢姿だった。下着とも言える姿で歩かせるわけにはいかない。
「えと……俺のでよかったら、貸すよ」
悠の部屋に行く途中、冥鳴は部屋の中をキョロキョロ物珍しそうに見回している。
「はい、これとこれ…」
「あ…、ありがとうございます」
冥鳴はパーカーと細身のパンツを受け取ると、深々と頭を下げる仕草を見せる。
一つ一つの妖艶な姿はいちいち悠の胸の中を手のひらでころころと弄ばれ、ザワザワとした感覚に陥らせる。
冥鳴は服を受け取りその服を広げたまま、ピクリとも動かない。
「? どうした?」
「あ、あの……」
「これはどうやって着るのでしょうか…」
「えっ」
想像もしなかった不意の一言に悠は少し吹き出しそうになってしまう。
「し、仕方ないではないですかっ!分からないのですから…!」
冥鳴は恥ずかしそうに手にしたパーカーで顔を覆ってしまう。
「い、いやごめんっ。そうだよね、千年前には洋服は無かったからね。
これは下の穴から頭を入れて…」
「下…?」
そう言うと冥鳴は襟元に頭を入れる。
「ちがうちがう!そっちじゃなくて、反対の…」
「うぅ……」
「あと、その長襦袢も先に脱がないと…。」
「……、あの…すみませんが、着付けて頂けないでしょうか…?」
「えっ」
「私…長襦袢脱いで後ろを向いてますから…すみません、お願いできますか?」
悠は思わずごくりと唾を飲み込む。あくまでも服を着せるだけなのだから、変なことではない。悠は邪心を全て捨てさろうと後ろを向いた。
「いいよ、じゃあ先に長襦袢を脱いで」
シンとした部屋の中、背後でしゅるしゅると布の擦れる音だけが鳴り、思わず耳がぴくんぴくんと反応してしまう。
何も考えないようにと心を落ち着かせようと必死になるが無駄に終わってしまう。
「はい…脱ぎました。お願いします…」
悠は恐る恐る後ろを向き直すと、長く伸びる髪の隙間から覗く真白いキャンバスの様な背中から目が離せなくなってしまった。
抱きしめると折れてしまいそうな小さな身体。その身体に抱える大きすぎる使命と未練を思うと、悠はどうしても彼女を放っておく事ができなかった。
「……俺も、協力するから」
「えっ?」
「だから、1人で全て抱え込もうとしないで欲しい」
「あ、あの…」
「腕、上げて」
冥鳴は悠の突然の言葉に少し驚いたが、言われた通りに腕を上げる。
悠はゆっくりと彼女の袖を通し、襟を通した。彼女にはパーカーが大きすぎたのですごくゆったりとしていて、指先も隠れてしまっている。
「はい、これで終わり。簡単だろ?」
「まぁ……これだけで良いのですねっ。肌ざわりもとても良くて素晴らしいです」
冥鳴は始めて着る洋服に心踊らせているようだ。
「あとこれも。パンツだよ。
2つの穴に大きな上の穴から足を通すだけ。簡単だから練習に着てみようか」
「これは、殿方がお召しになる者ですよね。私、このようなものを着るのは初めてで戸惑います…」
「そうだよね。でも今は女性も着てるものなんだよ」
「そうなのですね」
悠はまた再度後ろを向き冥鳴の着替えを静かに待つ。
「こう…で宜しいのでしょうか?」
悠は冥鳴の方を向き直すと、細身のパンツのせいで拾ってしまっている太もものラインに一瞬目を奪われかけたが、慌てて目線を外した。
「うん。大丈夫」
「良かった……私一人でも着られました」
「今度、ちゃんと女性用の服を買いに行こうか」
「あ…ありがとうございます」
また冥鳴は深々と頭を下げる。
「そんなにかしこまらなくてもいいよ。行き場が無いならこの家に居てもいいから。俺一人だしね」
「そう…なのですか?」
冥鳴が少し首を傾げると、ふと首元が目に入る。細い首を1周しているその傷はとても痛々しいものだった。
「冥鳴…その首の傷は?」
「あ……」
また少し彼女は暗い顔になってしまう。
「先程話した通り……私はあの刀、白菫に貫かれて殺されました。きっと敵国の者が私の首を持っていったのだと…思います。その傷です…」
余程怖くて辛い記憶なのか、話すのも辛そうだった。
「…… ごめんね変なことを聞いて。でもそれは、隠しておいた方がいいかもしれないね。
……ちょっと待ってて。」
悠は部屋を出ていくと、居間のたんすに閉まってある救急箱の中から包帯を取り出し、部屋に戻る。
「首を出して。」
「はい…」
冥鳴は髪を手で纏め上げる。またそのうなじにかける首筋がとても儚く、美しいものだった。
悠は包帯をゆっくりと、傷を隠すように一周、二周と巻いてゆく。
「きっと、これで見えないから」
「まぁ……本当にありがとうございます…」
冥鳴は柔らかく微笑みかける。そう。本当はきっとこの娘もこうやって笑う娘なのだ。悠にとってはもう、彼女の辛く悲しい顔を見るのは自分も辛いと感じていた。
「じゃあ…行こうか」