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「めい…めい?千年前?」
「そうです」
夢でも見ているのだろうか…。
突然の出来事と信じ難い事実に悠は完全に混乱しているようだった。
冥鳴と名乗るその女はゆっくりと長く伸びる髪をなびかせながら後ろを振り向いた。
まだ名前しか知らない、それも突然現れて千年前から来たと言い出す得体の知れない人物であるのに、悠は冥鳴のその姿から捕らわれるように目をそらす事ができなかった。
「白菫…」
悠は少しだけ警戒心を解き、冥鳴の様子を横から伺った。冥鳴は目を伏せて、何かを考えるような…思い出すような顔をしている。
瞼が少し動く度に長い睫毛が揺れるようなそんな美しさに、またもや悠は捕らわれる感覚に襲われた。
「この刀は私にとっても、とても大切な物なのです。沢山の方に、家宝の様に大切にされていました。
貴方にはちゃんと全てをお話しておかなければいけませんね…」
「…え、あぁ」
突然話しかけられて悠はハッとした。
(俺、いま……)
まさか、見とれていた?
悠は得体の知れない怪しい人物に対し少しでも警戒心を解いてしまったことを反省した。
埃臭い蔵を出ると孤独の身には眩しすぎるほどの光が差し込み、思わず悠は目を細める。
広すぎる庭には爽やかな春の風が木々を揺らしている。冥鳴の髪も風に乗ってふわふわと揺れ、またその姿に見とれそうになる。
2人庭を歩きながら、冥鳴が遠い目をしながら語っていった。
「丁度今から千年前…ここには私の父の國がありました。あまり大きな國ではありませんでしたが、皆が笑顔の温かい國でした。
私はその時、護衛をして頂いた1人の武将の方と恋に落ちていました。身分違いの恋でしたが、とても幸せでした…」
懐かしそうで、少し寂しそうな笑みを浮かべる。
「そんな時、戦が起きました。隣国が占拠しようと乗り込んできたのです。
父は國を守ろうと必死で応戦していました。
戦が始まって暫くの頃に、私たちは國の方に見つかってしまわないよう、城の外で密会しておりました。
ですが…敵国に見つかってしまいました。彼も、私も、その時に…殺されました。白菫に貫かれて。」
あまり思い出したくないのか、冥鳴は唇を震わせている。
一呼吸おいて、冥鳴は話を続けた。
「私は待っていました。密かに会っていたあの場所に、彼なら来てくれるはずだと思い…千年、待ちました」
悠は千年という想像もつかない年月に頭が白くなる。
「彼は…来てくれたのか?」
「……来ませんでした」
冥鳴の頬に一筋の光が零れる。
「でも…私は諦められません。彼はきっとまだ、私の事を探してくれているはずなんです…。
この世に未練を持ち、ずっと成仏出来ないまま千年が過ぎてしまいました」
悠は冥鳴の想いの果てしなさに圧倒されていた。
「私はこの刀に憑き、何度も彼との思い出の地を往復しました。そんな時に貴方が…
貴方が手に取ってくれたお陰で、私はこうして現世に蘇る事が出来ました」
「現世に…蘇る?」
「はい。ですが、ただ蘇った訳ではありませんよ」
冥鳴はくるりと悠の方を真っ直ぐに向いた。その表情は何かを覚悟したような瞳をしている。
「貴方は、現世と天国の狭間があるのを知っていますか?」