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──それから千年後。
「……ふぅ。こんな感じかな……」
埃臭い蔵のなかは僅かにしか光が差さず、首筋に汗だけが光る。
深緑の髪の毛を持つその男の澄んだ紫水晶の瞳は、うなだれて垂れた前髪によって影を落としているように見えた。
(とうとう一人ぼっちになっちゃったんだな……)
シンとした空間がより一層孤独を引き立てる。
彼の名は藤居 悠。幼くして両親を亡くし、祖母の元に引き取られていた。祖父も物心ついた頃には既に他界しており、唯一の身内である祖母もついに亡くなってしまった。
彼は天涯孤独の身となってしまった。数日たった今、その事実が彼の胸の内に鋭いナイフのようなもので突き刺さっていく。
祖父を亡くし、両親を亡くし、そして祖母を亡くし。身内がいなくなることはもう慣れた事だと思っていたが、やはり慣れるようなものではなかった。
孤独の寂しさをなんとか抑えながら、彼は祖母の残した蔵の遺品を整理していく。一つ一つの品に、母代わりになってくれた祖母への感謝と悲しみの涙を零しながら。
そんな中、悠は一つの一際埃を被った横長の木箱に目が止まった。涙でぼやける瞳を拭うと、他のものよりも明らかに古い品物である事が分かる。
他のものは箱の上に箱が積まれているのに対して、これだけは何も積まれておらず、ぽつんと置かれていた。一目見て、これが祖母にとって大切なものであるということが彼には分かった。
何故なのかは分からないが、悠にはこれが少し恐ろしく思えた。第六感を刺激するような、汗が引いていく不思議な感覚に捕らわれた。
だがどうしてもその中身が気になってしまう。
明らかに他のものとは違う雰囲気。恐怖心を煽られながらも、好奇心を刺激する。悠の胸の鼓動は早くなるばかりだった。
震える手で、悠はそっと木箱の蓋を開ける。
ゴクリと唾を呑み恐る恐る中を覗くと、それは蔵の隙間から覗く光を照らし返す白菫の刃だった。ぼうっと光を集め輝きながら、刃先は目に刺さる輝きをしている。
細くもどっしりとしたその刀に悠はしばらく圧倒されていた。名刀なのだろうか。悠には刀の価値は分からないが、素人目から見てもこれが普通の刀ではないとはっきり分かった。
高鳴る鼓動は止むことを知らなかった。悠は取り憑かれたように、ふらっとその刀の柄へと手を伸ばしてしまった。
悠が柄に力を込めたその時。突然刀が白菫の輝きを増していき、ゆらゆらと炎のようなものをあげていった。
急いで柄を離そうとするが、何故か離すことが出来ない。悠の身体の力と意識がすうぅっと何かに吸われるように抜けていき、瞳の輝きも薄れていく。
(なんなんだ……こ、れ……)
どれくらい時が経ったか分からないが、悠はやっとの事で柄から手を離すことができた。ピントの合わない目で辺りを見回すと、刀の上の方で白い光に炎が揺れている。
徐々にその光は一人の人間の影を形作っていき、色を落としていった。
刀の刃と同じ白菫の長い髪。血の気の無い白い肌。長い睫毛。細い首筋。豊かな胸──。みるみるうちに一人の女性へと姿を成していき、悠の前にゆっくりと足をつけた。
余りにもの突然の出来事と、身体中の力が入らないことにより悠はぴくりとも動くことができなかった。しかし女性を捉える瞳にだけは力がこもっていた。
「…吸いすぎてしまったかしら……」
女はそう呟くと、悠の手を握る。何かが身体に流れてくる感覚とともに、悠の身体の力が戻ってゆく。
「き、君は……」
悠は恐る恐る口を開いた。
「…私は冥鳴。千年の時を経て、ここに戻って参りました。」