高一・一学期 6
古川こずえの話によれば、やはり立村は中学時代相当なことをやらかしたらしい。
だがしかし。
「それは、ちょっと違うんじゃないか」
何度も、途中で言い返したくなることも多々あった。
「立村が卒業式の壇上で、いわゆるそういうことを言ったというのは、具体的にどういうことなんだろうか」
まず、確認したかったのはその点だった。
「具体的ねえ、やっぱり男子って理屈っぽいよねえ」
ひとりごちながら、それでも古川はきっちりと思い出してくれた。
「立村はご存知の通り語学の天才だから、英語で答辞を読むよう先生たちから指名されていたのよね。藤沖が読み上げる答辞を、英訳して読むようにって言われたみたい」
「藤沖が答辞を読んだ?」
少し混乱した。答辞を読む奴がそんなにいるのか。こずえは首を振った。
「違う違う。藤沖は卒業生代表としてノーマルな原稿を日本語で読む担当。うちの学校はね、やたらとイベントとか特別出演とかこしらえたがる傾向があってさ。そのこともあって、特別ゲストに立村が選ばれたてわけ。英語の弁論大会みたいなものよ」
なんとなくわかるような気がした。
「で、すらすら暗誦した後、いきなり私たちの担任だった先生がね、感極まっちゃたわけよ。そうよねえ、今思えば、立村って一番問題を起こしてきた生徒だったし、反抗してた奴だったわけだしね。よくやったと思ったんでないの?」
「反抗? 問題?」
ますますわからない。立村と今まで話をしてきたイメージでは、特段不良っぽいところもなければ、相手構わず噛み付く奴でもなさそうだ。ただし、いったん血が昇ると押さえられないところもあるようなので、そのあたりが担任に対して出たというのだろうか。
「私ら聞いてる生徒たちにはさっぱりわかんなかったけど、どうやら立村、英語版古文で読み上げたらしいのよね。わかる? 英語版古文?」
「わからん」
「でしょ」
全く意味不明だった。英語の古文なんてあるのだろうか?
古川は噛み砕くように説明した。
「つまりね、英語にも日本語における古文と同じような言語があるらしいのよ。そんなの知ったことじゃないけど。たまたま立村は大学の授業にしょっちゅう出ていて、その言語をマスターしちゃったらしいんだ。よくわからないよねえ、で、大学の教授に頼み込んで藤沖の書いた原稿を、そのまま古文化してもらい、読み上げたってわけ」
「それに意味はあるのか?」
乙彦には、全くその必然性が理解できない。
「ないよ。少なくとも私らにはね。あとで先生から聞いたことだけど、どうやらうちらの担任、大学の教授から前もってその話聞いてたみたいなのよね。立村はこっそり自分で自己発電してすっきりしてはい、終わりのつもりだったらしいけども」
自己発電、ときたものだ。意味はわかる。赤面する。
「ばらされちゃあね。こっそりしこしこやってて、いきなりお母さんが部屋の中に入ってきて、エロ本取り上げられたようなショックだったんじゃないの? 関崎、あんたも男だからわかるよね」
答える必要はない。嘘は言わない。古川はあっさり流して話を進めた。
「とにかく、それでぶちぎれたのかどうかわからないけど、立村はいきなり日本語に戻って、『古文で読んだ理由は杉本さんに勧められたからです。感謝します』って堂々と言い放っちゃったのよ! これが愛の告白でなくてなんという?」
「いや、事実関係を伝えただけだろう」
乙彦はぽつりと自分の判断を述べた。
「答辞を現代英語ではなく古い英語で読み上げるためのきっかけがその彼女だとするならば、礼を言うのは当然のことだ」
「わかってないねえ」
古川は溜息をついた。
いや、どう考えてもそれは発想の飛躍だろう。
今聞いた限りだと、立村は単にアイデアをくれた杉本梨南に対して感謝の意を伝えただけのように思える。たまたま壇上でそれを口にしただけであって、どうしていきなり「愛の告白」に繋がっていくのかがわからない。もっとも乙彦からすれば、「答辞を英語の古文で読め」という発想の生まれ出るところからして理解不能である。自分より一歳年下の女子に、というのも全くもって不可解だ。
「文字通り取ればね、ただのお礼かもね。でも、その前にも立村、いろいろ前科があるからさ。式場にいた連中みな、あーあって思ったんじゃないかってね」
「全員に確認を取ったわけではないのだから、すべてとは言い切れないのではないか」
このあたりもやっぱり、極論に感じる。
古川は立村と三年間同じクラスということもあってそれなりに思うところがあるのだろう。だがよく考えれば、それも勝手な憶測に過ぎない。今乙彦が聞かせてもらった時に感じたような「単なるお礼」と受け取った人間も、決して少なくはないだろう。
「まあね、私も卒業生在校生に突撃インタビューしたわけじゃないからね」
素直に古川は認めた。
「ただ、立村が何かの折にはしょっちゅう、杉本さんを守るため駈けずりまわっていたのを見ていたらね、そう判断するしかないじゃないの」
「守るため……か?」
以前、新井林健吾とその彼女たる女子と一緒に話を聞かせてもらい、杉本梨南という子がかなりの問題児であることは聞き知っていた。だからといってそれを鵜呑みにはしたくないが、噂が出てくる以上はそれなりのきっかけがあるのだろう。
「いじめ問題か」
「ともいうけど、たぶん加害者が誰になるかは人によって異なるよね」
ずいぶん古川こずえという女子は冷静である。頬杖をついた。ほぼ初対面の男子に対してずいぶんこれは、なつっこい態度ではないだろうか。
「先生たちはみな杉本さんが悪いと思ってるし、立村は杉本さんを守りたいと思ってる。今はっきり言えるのはこのあたりだけなのよね。たぶん私がいくら説明したって、ぴんとこないんじゃない? それにさ、あんた、杉本さんと付き合う気ないんでしょ」
答えられず黙っている。
「だったら、自然消滅を狙うしかないよね。もっとも杉本さんはいまだに関崎のことばかり想っているし、それが心の支えなんだからさ」
「いや、すでに話はしたはずだが」
「話?」
けげんな顔で、あごを頬杖の手から外す古川こずえ。乙彦は続けて説明した。
「そういう付き合いをするつもりはないと、話したつもりだ。一年前のことだが」
本当のことである。
「俺は受験勉強と生徒会でそれどころではないと、はっきり伝えた」
「あっそ、そうなんだ。じゃああんたの中ではもう、杉本さんの件は終わっているわけねえ」
思わず頷いたのは、事実、その通りだからだった。
一年前、水鳥中学で行われた例の交流会後、体調を崩し保健室に運ばれた杉本梨南。
あの時雅弘に手を挙げた立村を必死に止めた乙彦は、頼まれて保健室に連れて行かれた。
「杉本に、一度だけでいい、はっきり、本当のことを言ってやってほしい」
今思えばそれが、古川の言う立村の感情の表れなのかもしれない。
「今まで杉本という女子は、一度も男子から人間扱いをされたことがないんだ。真正面からお礼を言われたこともなければ、好かれたこともない。そんな杉本に初めて、きちんと接してくれたのは、俺の知る限り、関崎しかいない。けどさ」
立村は片手を少し火照らしたまま、さらに訴えてきた。
「それは、関崎には関係ない。だからせめて、一度だけ、人間らしい態度で接してやってほしいんだ。それだけなんだ。うちの学校の男子連中はたぶんこれから先、杉本にやさしくしてやることはないだろうから、一度だけでいいんだ」
と。
人間らしい態度、というのがどういうものなのか、正直わからなかった。乙彦としてはただ、出されたお茶にはありがとうと感謝を伝え、帰る時には挨拶をした、それだけだったのだが。いったいどこが気に入られたのだろう。もしや、あいさつすらしてもらえないくらいいじめられていたということなのか? それとも、そうされるべきなにか理由でもあったのか。
「杉本も話をきちんとすれば、わかってくれるはずなんだ」
それを乙彦は信じた。信じたつもりだった。
──それが伝わってなかったのか?
「関崎、そういうことなわけね。わかってないねえ」
簡単な説明をしただけなのだが、古川はさらに溜息を大袈裟についた。
「悪いけどあんた、女子とつきあったことないでしょう」
「ないが、それが悪いか」
「悪くはないけどねえ、今後この学校をエンジョイするためには、少しくらい女子の心理をつかんでおかないとまずいよあんた」
古川こずえの言葉は少し呆れ気味だった。
「どういう話をしたかわからないけどね、杉本さんが実際、男子に好かれていないのは事実よ。それは認める。その中で関崎ひとりが紳士の態度を取ってくれたのも、あんたの思いやりよね。でも、女子ってのはね」
自分だって女子のくせに、その他人事のように言い放つのはなぜなのか。
「一度でもやさしい態度を取られたら、夢見ちゃうものなのよ」
「夢を見る? 寝てないのにか」
ふきだす古川。なんで理解できないところで受けるのか。
「つまり、杉本さんは生まれて初めて、男子に人間らしい扱いをしてもらえたわけよ」
「立村は違うのか」
「立村とはまた話が別。もっと付け加えると、立村レベルの男子ではなくて、頭がよくて生徒会役員で運動能力も抜群、しかも男前ときたら、恋しないわけないじゃないのよ」
「誰のことだそれは」
全く意味不明だ。それも「男前」って誰のことだ?
ますますこの、古川こずえという女子は謎である。
「女子心」のレクチャーをさらに深く、古川は掘り下げていった。
「付き合う気もない、そういうことを伝える場合はね、最初から冷たく接すればいいのよ。もしくは、『俺には好きな子がいるから君とは付き合えない』ってね。そりゃ、傷つくかもしれないよ。泣かれるかもしれないよ。でもね、しょうがないじゃない。好きな子がいるんだから、諦めるしかないよね」
「そんなのいなかったからしょうがないだろう」
いわゆる、雅弘や総田のような付き合いとは縁がない。
「だけどさ、『勉強が忙しい』とか『受験に専念したい』とか言われてごらんなさいよああた。受験って一生続けるわけじゃないんだよ。一年経ったら終わるんだよ。そうしたらさっそく次、どうするわけ? 受験を終らせたらチャンス到来!ってなるじゃないのよ」
「確かにそういうことになる」
言葉通り受け取ればそういうことになる。
「でも、関崎、あんたは終わった後、もう一度考え直す気はなかったんでしょ?」
もちろんである。
「だったら、最初から杉本さんには『どんなに好きになられても、俺は君のことを好きになれない』くらい、言っちゃえばよかったのよ。あえて悪役になってね。そうしたら、女子は泣くだけ泣いて諦めるから」
「そういうものなのか?」
乙彦としては真実の部分だけを伝えればよかったと思ったのだが。
「あんたも、これから先女子たちから大モテになること確実だからアドバイスしとくけどさ」
溜息をまたつきつつ、古川は一瞬悲しそうな目をした。
「いい男がいて、どんなにこっちが想っても好きになってもらえなくて、それでも可能性がないわけじゃないからあきらめられないって状況、これは辛いんだよね」
「経験あるのか」
一般論とは違う、奇妙な重みを感じる。
「あるよ。ま、これも直にばれることだしねえ。私も三年間、クラスのいけてる男子をおっかけまわした経験があるからね」
いきなり、経験談に突入するのはどうしたことか。居心地の悪い思いを感じつつも乙彦は黙っていた。身動き、できなかった。
「すぐに切り替えなんてできないよね。あいつが好きになってもらえないから、しかたなく別の男子になんて目がいくわけじゃあないんだよね。特に、同じクラスでさ、そいつのいいとこが日ごとにたくさん見えてきてさ。もちろんどじったところも見てるし、いつも完璧かっこいいわけじゃないけど、でも、やっぱり私の男を見る目は確かだったんだって思い知ってさ。そういう男子に一度惚れちゃったら最後」
「そいつは、最後まで」
乙彦は尋ねた。古川も頷いた。
「そう。だからいい男なんだよね。自分の好きな子が別の男子をおっかけてて、応援するしかないのに親友としてくっついていてさ。でも、いくら私がかわりになるって言っても、無理な話なわけよね」
「それは当然のことだ」
男としては当たり前だろう。好みでない女子に付きまとわれるのは迷惑だ。
「だから、一度思いっきり人間性を否定されるくらい嫌ってくれればね、こっちだってあきらめがついたかもしれないけど、あいつは最後までいい男だったからね」
「そんなひどいことをしないと、あきらめてもらえないものなのか」
乙彦には、全く理解しがたい女子心理のレクチャーだった。
乙彦はただ、杉本梨南に自分の本心を伝えただけに過ぎない。
ただ、受験勉強で忙しくて恋愛事にかまけている暇がないと。
また、あの頃はまだ、公立の青潟東に進むことも選択肢に入っていたのでそれを伝えた。もちろん青大附属も候補ではあったけれども、あえてそれを口にしなかったのはやはり家計の問題だ。隠したわけではない。
誠実に訴えたつもりだったのだが、それも伝わっていなかったのか。
古川こずえの語りはまだ続く。
「ここいらではっきり言っちゃうけど、杉本さんのことを立村が好きなのは、中二の頃からみんなには丸見えだったのよねえ。ほんとよ。杉本さん以外、女子じゃないってくらい、毎日ちょっかいかけたりかばったりしてたのよ。評議委員会で一緒だったというのもあったんだろうね。たぶん美里もそれ、気づいていたんだね。立村が杉本さんにつきあいかける前に、美里が告白してむりやりカップルになったのよ」
どういうことだろう? わからない。つきあいをかける前?
「取られると思ったんだろうね。時間差攻撃。まあ立村もああいう性格だし、しかも恋愛についてはガキだからね。告白されたら最初の相手を選ぶのが義務だと思っていたとこがあったみたいなのよね。美里を選んでからはしっかり、一筋にご奉仕していたんだけどもね」
ご奉仕?
「そう。ほんとご奉仕よ。もっとも杉本さんは立村のことを、ただの先輩としか思ってなかったからそれでトラブルが起こったわけでもないけど。ただ立村はそれ以来、先輩として杉本さんをかばうよう、女子たちに声かけしたり、何かあったらすぐに駆けつけたりしてたのよ。美里もそのあたりは承知していたから、がまんしてたのよ」
「それはかなりひどいな」
立村について、である。これはへたしたら二股と呼ばれる行為ではないだろうか。それを許していた清坂美里にも疑問符がつくが。こういう誠実でない行為をする奴ではないと信じたいのだが。
「ただ、あまりにも杉本さんを巡る問題がごたごたしすぎていたのもあって、それがきっかけで立村は評議委員長から引き摺り下ろされたのよ。もちろんリコールとかそんな形じゃなくてね、きちんとした民主主義に基づく投票で、だった、らしいけど」
「そういうことか。だから藤沖はあいつを嫌っていたのか」
藤沖の名が出てきたところで、古川は慌てて手を振った。
「違う違う。藤沖がぶちぎれたのはまた別の理由よ」
「別の理由とは?」
ここまでしゃべってくれた以上は最後まで聞き出さないと幕が下りない。
「立村が小学校時代かなりいじめられていて、いじけ虫だった頃にガキ大将とけんかして、大怪我させてしまったっていう、本当なんだかどうなんだかわからない話があってね」
「いじめられていたのか、あいつは」
口にしてみて、やはり、と思う。立村にはどこか、つっこめるような隙がある。
「らしいでしょ、ほんと。私からしたら、あんないじけ虫ががんばって対決したってこと自体、よくがんばったって褒めたくなるけどね。少なくとも私の弟だったら、あやまりにはいくけど、ちゃんと頭なでなでしてやるよ」
乙彦も頷いた。いじめられていた奴が立ち上がっただけなら、そんな怒ることもないだろう。藤沖はそんなに心の狭い奴なのか?
「ただその時、相手の男子に後遺症が残っちゃったらしいのよ」
「でもあやまったんだろう? 弁償もしただろうし」
古川こずえは首を振った。
「藤沖が激怒したのはそのあたりよね。つまり、立村は、卒業にその事件をやらかしてしまい、相手に謝ることもせず逃げ出したらしいってことよ。しかもその事件を入学際に青大附中に報告しなかった。つまり、ずるをしたってこと。そこらへんよね」
「そういうことか」
腑に落ちた。藤沖が立村を無視するのも、当然のことに思えた。
「ばれてないことはないと思うよ。特に傷害事件じゃない。親同士で示談になったんでないの?」
ずいぶん大人びたことを古川は言う。
「その噂は私たちも中一の頃から聞いていたし、偶然にもその怪我させられた男子の彼女がいたりして、立村もかなり痛めつけられてたなあ。必死に隠そうとして姑息な手段をとったのもかえってまずかったんじゃないの。でも、その時懸命にクラスの男子たちが立村をかばったのよ。女子は美里を除いてみな敵だったから。男子も結構クラスで分裂してたけど、それでもこの件に関してはみな協力しあって立村がクラスから浮かないように、手を回していたのよ。そのリーダーがね、羽飛っていういい男なんだけど」
妙ににやける理由がわからない。
「男子たちの言い分としては、あれは『決闘』なんだから、男と男の勝負。闇討ちじゃないんだし、もちろんいろいろ不手際があったのは認めても、立村を攻め立てるのが正しいとは思えない。ってね。でも女子からしたら、そんな傷つけておいてさっさと逃げるなんて男の風下にも置けない、そういう意見が圧倒的。一歩間違えるといじめになりそうなところを、ほら、その羽飛が押さえたんだ。かっこよかったよなあって思うよ、ほんと」
やたらとその「羽飛」とかいう男子のことばかり褒める。
「でもどっちにしても、立村は女子から受けがあまりよくなかったしそれはそれでしかたなかったとは思うんだ。その事件は一年でさくっと終わっていたはずなんだけど、またその後で杉本さんがらみの問題が勃発しちゃって、めんどうなことになっちゃたってわけ。立村もさっさと、その男子に土下座して謝ってけりをつけときゃよかったのに、そんな逃げ回ってるからかえってわけわかんなくなるんだよね。私が男子だったら、ケツ一発浣腸してやって、ぶん殴ってもらって握手して抱き合って終わりにしてこいって、言っちゃうね」
かなりきわどいことをさりげなく言い放つ古川こずえ。やはり乙彦にとって、謎の深い人物になりそうだ。
「いじめられていた復讐をしたということだな」
「そういうこと。恨み、深かったみたいねえ」
いじめられていた、という点をもし鑑みるならば、立村の気持ちを汲み取ることもできる。
「関崎、あんたならどうしてた? 藤沖の立場に立って、今のような話聞いたら?」
乙彦はしばらく口を閉ざしていた。すぐに答えが出ない。実際、立村のうけた「いじめ」がどの程度かにもよるが、傷害事件となってしまったならば、それはざんげするしかないだろう。その一方で相手ともきっちりと話し合いをすることにより分かり合える部分も、あるのではないだろうか。
──総田とのことも、近い部分があったな。
ふと思い出した。水鳥生徒会副会長同士で、当時は天敵だった総田幸信のこと。
乙彦は思いつくまま古川に答えた。
「俺の経験でいうと、どんなにむかつく相手であっても、最後にはわかりあえる、とまでいかなくても、互いの考えを理解しあえる時があるとは思う」
「ふうん、そういうもんなんだ」
「受け入れられなかったとしても、真剣にぶつかり合えば、必ず伝わる。友だちにはなれなくても、憎しみは消える。そんな気はする」
「じゃあ、さっきの質問に戻るけど、立村に対してはどうする? 藤沖みたいにシカトしちゃう?」
「いや」
顎を揺らす程度に振った。
「一発ぶん殴るかもしれないが、そのあとあいつにつきあって、その、怪我させた奴のとこに行って、謝らせる。状況によっては、仲裁に入る。そのあと、とことん立村に本心をしゃべらして、それで和解させる」
「出来ると思う? そんな理想論」
「俺は、できると思う」
今度黙ったのは古川こずえだった。天井を見上げ、しばらく考え込んでいた。
「それならさ、関崎、悪いんだけど」
腹に決めた、という風に次の言葉は飛び出した。
「今すぐじゃなくていいからさ、その時がきたら、あの昼行灯元評議委員長をぶん殴ってくれる?」
「殴る必然性がない」
「たとえじゃないのあんた。つまり私が言いたいのはね。このまま藤沖と私が一年A組を仕切っていくことになると、立村が浮いちゃうわけよ。いじけ虫だからなおさらね。藤沖だってそう軽々とシカトを解くとは思えないしさ。だったら、せめて、なんかの機会があったらあのボケに一発怒鳴りつけてやって、いいかげんいじけるのやめなって言ってやってほしいってことよ。三年間私も美里も羽飛も、口がすっぱくなるくらい言いつづけてきたけど、結局あまり利いてないみたいだし。最終兵器はやっぱり、関崎しかいないんでないのってことになったわけ」
「最終兵器?」
藤沖が憤る理由もわからなくはない。立村がそういう行動を取った理由もわからなくはない。だが、傍目からみたら一種の「無視」である。
「私らはそういう男子がらみの問題からは手を引いて、とにかく杉本さんの応援に専念させてもらうから、悪いけど、関崎、立村の軟弱なとこを君の気持ちいいくらいまっすぐなストレートパンチで、ぶっとばしてほしいのよね。ほんと、附属上がりであいつに対応できる奴、もう手駒なくなっちゃたしね」
男子として余計な手出しをすることに抵抗はある。ありがた迷惑だろう。
しかし、古川の言い分にも一理ある。
すぐに答えは出せない。まだ頭の中がぐるぐるしている。
「少し考えさせてくれ」
時間稼ぎだけ、なんとかすることにした。