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高一・一学期 32

 風呂から上がり夕食までまだ間があった。

「夕食は六時からだから、少し寝てろ」

 麻生先生の指示通りに布団を敷いて寝ている奴は、少なくともA組には一人もいなかった。さすがに立村も床上げして所在なさげに膝を抱えて座っている。これ以上寝たら、たぶん今晩は眠れないだろう。余計なお世話か。

「合宿というと何を連想する」

 藤沖が仲間数人と掛け合いしている。

「やはり古典的な枕投げじゃないのか」

「この歳で枕投げなんてガキ臭いことやるのかよ」

 誰かがまぜっかえす。乙彦も第一声で「枕投げだろ!」そう叫びたかったのだが、残念至極、そういうのはやはり、古い概念らしい。

「それとも布団蒸しか」

「勘弁してくれ。もう高校でそんなレベル低いことやりたかねえよ」

 ──レベル、低いのか?

 やはり乙彦なりにすぐ連想したのはそのあたりだった。水鳥中学の修学旅行でも御多分に洩れず布団蒸しに枕投げ、フルコース楽しんだ。もちろん先生たちからはこっぴどくお叱りを受けたものの、そんなの知ったことじゃない。一昼夜、しっかり貴重な仲間たちとのひと時を楽しまないでどうするというのだ。思わずつっこみたくなった。

 ──じゃあ、いったいどういうことが高レベルな過ごし方なんだ?

 乙彦の問いを待たず、藤沖は偉そうに続けた。

 おそらく、乙彦に聞かせようとしている内容なのだろう。

 このパターンは入学後一ヶ月でマスターした。それなら聞いてみるのもよいだろう。


「この機会だ、少しクラス内の統一を意識していきたいと俺は思っているんだがな」」

「ほうほう」

 合いの手が入る。乙彦の顔をちらと見たまま、藤沖は背を反り返らせた。

「ここ一ヶ月、俺もうちのクラスの状況をいろいろ観察してきたんだが、やはりこのままではまずいだろうという印象を得たわけだ」

「なるほどな」

 あまり気のりしない相槌。

「だか、正直、どこをどうすればいいか、それはわからない。とりあえず問題としては、うちのクラスがいわゆる英語科で、男女合わせてたったの二十一人という、まとまりやすいんだかまとまりにくいんだか、よくわからない集団だということだ」

「ドッジボールで優勝したってことは、相当な団結力じゃないのか」

 乙彦を、今度は他の連中がにやにやして見やる。

「そうだ。否定しないそれは。まあそのあとの便所掃除はろくでもないおまけだったが、それもまあいいことだ。だが、俺が見るからに問題点はいくつかあって、そのうちのひとつが女子たちの存在だ」

 照れもせず、さらっと述べた。これが水鳥中学の連中だと「女子」というだけですぐ「すけべーだよなー」「女好きだよなあー」とかなんとか、茶々が入るのが常である。しかしこの部屋にいるA組男子……もっとも一部だが……は、藤沖のしゃちほこばった言葉すらもすんなり受け入れているようだ。決してそれは、乙彦も非とするものではない。

 ──女子か、ネックになるのは、確かにそうだ。

 同じことを乙彦も感じていた。かつての乙彦ならさらにつっこんだことを聞くかもしれないが、それは避けた。まだ青大附属で乙彦は新参者。ここで余計なことを口走り、肝心要のことを聞かないのは勿体無い。

「女子なあ」

「確かにあいつら、使えねえよなあ」

 気の強い、頭の回転の速い女子たちが多いと教えてくれたはずの藤沖だが、かなり辛口に女子全体像を言葉で形造っていった。

「うちの学校の女子がもともと、やたらとはしっこい奴が多いのは事実だ。だが問題は、女子連中がそれぞれうちうちで仲良しグループをこしらえては、それにそぐわない奴を弾いたり、もしくは自分のことばかり考えて利己的な行動を取ることが多い点にある。今のところうちのクラスではそういう問題はないが、これからはわからん。例えばB組の女子たちのようなことが、起こらんとも限らない」

 ──そういうことか。

 合点がいった。頭の中にちらと、目立たぬ顔立ちをしていた静内菜種の姿がよぎった。

 一人、納得顔で頷いた。

「そうだなあ、あの清坂が仲間外れにされている状況というのはな、異常だ」

 全くよぎらなかった一人の女子だった。乙彦からするとまだ、清坂美里というのはかつて立村とコンビを組んで評議委員会を守り立ててきた女子のひとりでしかない。やたらと最近は接する機会が多いが、だからといってそれ以上の意識もない。ねがわくば立村の現状を救ってやってほしいと思わなくもないのだが、それは人のこと、余計な口出しをするとまずい。立村だってそんなおせっかいやかれたがっているとは思えない。

 藤沖は相手の言葉に賛意を表した。膝を叩いた。

「そうだ。俺もあれは驚いた。まんざら知らない女子じゃないからなおさらだ。もっとも露骨ないじめと認識されていないし、清坂もああいう性格だから大事にはいたっていないが、だがあれを見ておぞけを振るった男子連中は多いはずだ」

「もっともだ」

 ──なんでこいつら、他クラスの女子のことで真剣に語ることができるんだ? しかもまだ夜じゃないぞ。こっそりそういうことをしゃべることがないとは言わないが。

 全く別の箇所で乙彦は驚いていた。水鳥では絶対に、考えられない会話である。


 しばらく藤沖は、乙彦の知らない女子の名前を出しながら話を進めていた。理解しようにも乙彦とは全く縁もゆかりもない連中の話である。全く見当がつかずついていけない。おぼろげに感じるのは、おそらく藤沖が問題としたいのは特定の女子が清坂をいじめている、ということ以上に、火の粉が隣組のA組に飛んでくるのではという危惧ではという点だ。

「女子は論理的に物事を考えられない性格だ。しかたないことだが、このことでA組の女子連中までもがいじめに走る可能性は捨てきれない。幸いというかなんというか、清坂の味方でいる古川が評議だから、今のところは特に何も起こっていないが」

 なぜかここで異様な笑みをみなもらす。乙彦もなんとなく、感づいた。

「とにかく、ここで一度、男子が男子として確固たる意志を持ち、間違った方向へ女子たちが進みそうになったらその際は断固として阻止するだけの力を持たねばならない。と、俺は考える。どうだ?」

 乙彦に問い掛ける藤沖。その通りだとは思う。だがどこかひっかかる。その気配を感づいたのか、怪訝そうに藤沖は乙彦の言葉を待っていた。

「いや、それは俺たち自身も自覚しなくてはならないことじゃないか」

「俺たちが、か?」

「そうだ。女子の問題はともかくとして、自分自身が同じ間違いをしないように制しなくてはならないんじゃないか」

 さほど深い意味はなかった。ふい、と言葉に出たのをそのまま伝えただけだ。周りの連中もよくわからない顔して、着ているTシャツの端をめくったりしている。ちなみにみな、私服である。水鳥中学ならばみなこのあたり、ジャージで済ませるところである。

「男子がそんなくだらないいじめなどするわけがないだろう。もちろん、そういう奴がいるかもしれんが、それは俺たちがきっちりとした態度を取ればそれでいいはずだ」

「確かに」

 そこまで乙彦は言いかけた。と、不意に誰かが部屋の隅から身動きする気配を感じた。まだ動いていない空気がいきなり、戸口まで流れるような感触だ。

 立村だった。デニムシャツを羽織るような格好で、ふらふらと外へ出ていった。藤沖たちと語り合っていたみな、一言も口にせず黙って見送っていた。藤沖だけがそしらぬ振りで髪の毛を掻き毟っていた。


 ──藤沖は気付いていないようだ。

 女子たちの言動以上に、いつのまにか立村が英語科の中から浮き上がっている現実を見据えようとしていない。

 ──しかも、その発端が、藤沖自身だということもだ。

 相性の良し悪しはあるだろう。乙彦も以前は総田と険悪だったのだ、人のことは言えない。

 しかし、仮にも評議委員としてクラスをまとめる以上は、仲間外れの同級生を出してはいけないはずだ。おそらく藤沖も正論としてそれは理解しているはずだ。しかし、あえて立村に対してのみはかたくなな態度を崩そうとしない。

 本来ならこの場で藤沖の矛盾を突く必要がある。

 しかし同じ男子として、それは決してされたくないことだということも、十分理解しているつもりだ。

 それならば、乙彦はどうすべきか。

 真夜中に語り合うべき話題をあえて夕暮れ時にしているこのクラスで、乙彦がどういう位置から発言すればいいのかを、まだ判断しかねていた。


「それはそうと、夕飯後は何をするんだ?」

 堅苦しい話に閉口していた奴がいたらしく、乙彦の迷いも幸い途中で消えた。話が逸れた。

「もちろんクラス内のミーティングだろう」

 あてずっぽで口に出してみると、藤沖は機嫌を直した風ににやにや笑った。

「とんでもない、勉強に決まっている」

「まじかよ!」

 その恐れこそ抱いていたものの、教科書持参ではないと聞いていたのでまずはありえないと判断していた。それが甘かったというのだろうか。

「藤沖、勉強というのはいわゆる、教科書を使用するのか。俺は持ってきていない」

 乙彦の問いに一同頷くと、藤沖は首を振った。

「関崎、俺がすべて把握していると思っているのか? 俺もお前らと同じA組の生徒だ。先生方の考えていることをすべてつかんでいるわけではない」

 とりあえず、わかっているのは夕食後、いやいやながらも頭を突きあわせて勉強せざるを得ないわけである。乙彦も日々、努力しているつもりではいたが、せめて合宿くらいは……というのも本音だ。さっき風呂に浸かった後の猛烈な疲れが、どどっと押し寄せてきた。

「悪い、まだ六時まで時間あるな」

 腕時計を覗き込み、藤沖たちの返事を待たず、乙彦は畳に横たわった。

「身体の限界か、さすがのキャプテンもか」

「俺も、A組の一生徒だ。鉄人じゃない」

 自分でも口走っている言葉がよくわからない。全身を伸ばし、一度大きくあくびをした。

 そこからは記憶がない。


 完全に寝ぼけ眼のまま、藤沖にたたき起こされた。すでに三十分近く時計の針が回っている。ほんの一、二分のはずだったのだが。慌てて起きると藤沖は頭を振った。

「んな、いびきかいて寝ているってのもどうかと思うぞ」

「かいてたか」

「ああ、盛大にな」

 乙彦は部屋の中を見渡した。時間が経ったとはいえ、まだ夕食まではさらに三十分くらい間がある。なのになぜか人はまばらだ。さっきまで乙彦たちと語らっていた連中が姿を消している。片岡もいなかった。もう食堂に陣取っているのだろうか。

「まだ目がうつろな状況で悪いが、この機会に我が学年の人間模様を見せておきたい。起きろ」

 また藤沖の命令口調だ。寝起きばなでいらっとする。しかし我慢する。目と鼻と頭がやたらと痛い。顔をこすった。目に手をやると、ねばっとしたものが指にひっついた。

 

 案内はまたも藤沖だった。こんな狭い中で、人間模様も何もあったものじゃない。もっとも藤沖には心に何か期するものがあったのだろう。つい先ほど藤沖が、乙彦に聞かせるがごとく語った裏には、後期以降の乙彦に教えておきたい何かがあったに違いない。

 その言い方に腹が立たないわけではないが、実際ちんぷんかんぷんなのも確かなのでここは逆らわずにおいた。

 

「まず、ここがC組の男子室だが」

 ちらっと覗き込んだ。やたらとにぎやかに盛り上がっている気配がする。見ると中にはC組の男子連中……南雲、羽飛、天羽、難波、更科、さらになぜか立村まで混じってだべっている。気付かれぬうちに顔をひっこめて、廊下に戻った。C組男子出入口にはやたらと女子たちがたむろしているので、目立たずにすんだ。

「何か意味があるのか?」

「ある」

 藤沖は短く答えた。仔細の説明は一切せず、素早く乙彦を連れてA組の自室に戻った。覗きこむとほんのわずかの間なのに誰もいない。

「てっきり俺たちが食堂に行ったとでも思っているんだろう」

 深く考えることもせず、藤沖はふうっと息をついた。

「好都合だ、簡単に伝えておく。関崎は気付いていないかもしれないが、俺たち自身も気をつけねばならないといったお前の言葉は、当たっている」

「わかっていたのか」

 何かぴんと来ないが、よく話を聞いてみることにする。

「なぜ、C組にだけ評議委員クラスの連中を固めたのかが俺としてはどうも解せなかった。おそらく考えられるのは、ふたたび青大附中時代の評議委員最優先主義を復古させる恐れをなくするためだったのではと思っていたのだが」

 やたらと藤沖は面倒くさい言い方をする。乙彦は聞き流した。

「先生連中が考えていることは理解できないが、俺からするとどうもこれから先、C組男子チームの団結力は、関崎にとって若干の脅威となる恐れがある」

「どういうことだ」

 脅威もなにも、もともと同じクラスメートだった奴もいるはずなのに、ずいぶん相手を敵としてみているのが乙彦には、それこそ、解せない。

「俺は附属上がりだからさほど気にもならないが、関崎、お前は少し目立ちすぎているかもしれない。目立つことは悪くない。しかし、いろいろと気付かぬところで誤解を生じている恐れもある」

「だから恐れとはなんなんだ」

 藤沖の言葉にはやたらと「恐れ」が出てくる。その言葉を説明できるほど、発している本人も理解しているわけではなさそうだった。

「つまり、お前が思っている以上に、敵を作っている可能性があるということだ」

 ──それを早く言ってくれ。

 ようやく飲み込めた。つまり藤沖は、乙彦が悪目立ちしすぎていろいろと問題を起こしているのではと心配しているだけなのだ。

 納得して額に手をやった。少し汗ばんでいた。

「お前の言う通りだ。バイト先の件は俺もまずかったと反省している」

「いや、それはささいなことだ」

 意外にも藤沖はあっさり流した。

「轟のことなら気にするな。あいつはあのご面相だし、女子と捉える必要はない。野郎と一緒に考えればいい。むしろ心配なのは、そう、あいつのことだ」

「立村のことか」

 すぐに思いついた言葉を口にすると、思いのほか藤沖は頷いた。

「厳密に言うとそれもある。が、もっと問題は別のところにある」

「もったいぶるな。俺はあまり気が長くない」

「しかたない、単刀直入に言おう」

 乙彦が何かを言おうとするのを遮り、藤沖は告げた。

「お前、清坂に惚れられてるぞ」


 ──何言ってるんだ、こいつ。

 全くもって言わんとする意味が理解できない。

 これこそ、「解せぬ」だ。

「惚れられてるとはどういうことだ」

「わからないのか。あれだけ清坂がべたべたお前にまとわりついてくる理由を考えれば、一発で答えは出るはずだろう」

「出るわけがない。第一俺は、全くそういった女子に興味はない」

 わざとらしく藤沖は声を立てて笑った。思わず腰が浮き上がる。

「なら昼、なんであんなに静内といちゃいちゃしていられたんだ? 興味がないとは言えないだろう」

「いわゆる、本能としては関心を持つかもしれないが」

 自分も男である以上、「異性」としてつい反応してしまう身体だとは自覚している。

 しかしそれとこれとは別だ。

 少なくとも清坂美里は、乙彦にとっていわゆる「附中評議委員」だった女子のひとりに過ぎない。やたらまとわりついてくるのに閉口したり、わけのわからないことをぶつけられて戸惑ったことは認めるが、それを責められても正直困る。いや、百歩譲ってその通り、清坂が乙彦に対して興味を持っているのを認めたとしても、それがなにか意味があるのだろうか。B組の女子に仲間外れにされ、今は別クラスの女子……たとえば古川とか……に構ってもらっている、その延長上に乙彦が置かれているとしたら、それこそたまったものではない。

 好きではないが、嫌いでもない。唯一はっきりした関心があるとすれば、

 ──立村を救ってくれるであろう、数少ない味方のひとり。

 それだけだ。


「悪いが、俺は清坂に全くその手の関心を持っていない」

「本当かあ?」

「本当だ。俺は嘘を言いたくないし、言う気もない」

 気迫に呑まれたのか、藤沖は腰を落として自分の背中を支えた。

「そんな怒るな。関崎、お前が真っ直ぐな気性だということは、俺もよく知っているつもりだ」

「だったらなぜ、そんな言いがかりをつける?」

「言いがかりではない。今後のための、いわゆるアドバイスだ」

 ちらと入り口に視線を向けた後、藤沖は急ぎ早に続けた。

「お前は今、うちのクラスの女子たちから圧倒的な信頼を得ている。これは自覚があるだろう。だが、仮に清坂から色目を遣われてそちらによろめいたら一気にその信頼は失われるに違いない。今のお前の言葉で、まずそういう危険はないだろうという保証は得たが、清坂の性格上どういう行動をこれから起こすか想像がつかん。しかもお前は今、静内にベタぼれときている」

「誤解だ。訂正しろ。一度隣に座って話をしただけだろう」

 再び膝詰めで抗議した。話の内容だけにぶん殴るわけにもいかないし、藤沖の言いたいことには真理も混じっている。かつての熱血関崎乙彦なら問答無用で黙らせただろうが、すでに藤沖の弟分化している自分にはそこまで感情を高ぶらせることも出来ずにいる。それがいらだたしい。

「お前の本心はわからんが、とにかくうちのクラスの連中はみな、関崎が清坂よりも静内の方を好んでいると察している。おそらく、それは受け入れられているだろう。女子たちの一部がどういうかわからんが、とにかくだ」

 人の気配がする。藤沖は立ち上がった。すぐに首を振り、小声で囁いた。

「気をつけろ」

 ──何に気を付けろというんだ?

 肝心要のところを告げてもらえないと、こちらとしても判断できない。


 今の話など忘れたかのように乙彦と藤沖は食堂へと向かった。

 たぶん、昼のゴージャスな料理を体験してしまうと、どんな食べ物でも色あせてしまうのはしかたのないことかもしれない。漂ってくるのはカレーの香ばしいにおいだけだった。

「胃にもたれるな」

 からかうように藤沖が呟いた。同意してふと隣を見ると、いつのまにか静内菜種が並んでいた。ベージュのTシャツとジーンズのみのいたってさっぱりした格好でだった。髪の毛はやはり、きちんとまとめていた。乙彦と目が合い、思わず互いに笑い合った。

「胃薬、ほしいよね」

「ああ、ほんとにな」

「でも、さっきのトイレ掃除で十分過ぎるほど消化したかも」

「ああ、そうだな」

 交わした言葉はそれだけだった。すぐにB組女子たちのまとまりに混じっていった静内を何気なく眺めていると、藤沖からまた言葉を吹き込まれた。

「清坂がにらんでいた。気を付けろ」

 ──気をつけるもなにもあるものか。余計なお世話だ。

 知ったことじゃない。たまたますれ違った相手と会話しただけでにらまれるような悪いことはしていない。


 一切無視して、片岡の座っている席の隣に陣取った。盛られたカレーにいきなり、片岡が緑色の粉薬を混ぜ始めたのに疑問を感じた。麻生先生が見咎めて質問していた。

「片岡、何混ぜてるんだ?」

「胃薬」

「お前、胃薬とは口から飲むもんだろう?」

「苦い胃薬を混ぜてカレーを食べると、こくが出て美味しいと、桂さんが言ってたから」

 ──こいつも絶対おかしいぞ。

 乙彦は思わず振り返り、B組女子の中から静内の姿を探した。すぐに目が合い、もう一度しっかりと笑いあった。清坂美里がにらんでいるかどうかはわからなかったし、確認する気もなかった。

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