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高一・一学期 25

 辛気臭い話が続くのも何かと思ったのだろう。藤沖はさっさと話を切り上げ、

「じゃあ、休み明けに」

 片手を挙げて去っていった。乙彦も無言で答えた後、改めて試験答案の挟まったファイルを脇に挟み、移動することにした。

 補習室は毎回教室が指示される。今日は一年D組だと聞いている。


 補習といっても席について授業の続きを聞くというやり方ではなかった。最初のオリエンテーションではそういった形の授業が中心だったのだが入学式以降は全く方針が変わったらしく、ほぼ一対一で複数の先生および大学の学生たちが補習教材の解き方をひとりひとりに説明する方式となった。教師であろううが大学生であろうが、みなわかりやすく説明してくれるし、さほど緊張感もないので乙彦としてはどちらでもよかった。

 適当に空いている席につき、教室内でうろうろしている先生か学生を呼び止めて、

「すみません、これからこのプリントを解きます」

と声をかけるとすぐ、ワンツーマンレッスンが始まる。

 

 教室にはすでに、十五人ほどの生徒がばらばらに腰掛け、プリントに向かっていた。みなひとりひとりに大学生たちがつききりで説明を行っていた。毎回大学生たちの顔ぶれが異なるので、名前もまだ覚えられなかった。今日の担当教師は麻生先生だったので、まずは挨拶して席についた。乙彦に気付くやいなや、すぐにかけよってきて例のあぶらぎった額を近づけてきた。

「関崎、ファイルの答案は持ってきたか?」

「はい」

 不承不承答えた。

「それなら今日は英語の答案を分析することにしよう」

「分析、ですか」

 できれば大学生相手の方がまだ、気も楽なのだが。麻生先生は時計をちらと眺め、

「そろそろ片岡が来るから、それまでまず問題の読み直しを行ってろ」

 腰を上げて扉を爪先立って様子伺いした。

 ──片岡?

 もちろん名前は知っている。同じクラスだが、まだ最低限の会話しか交わしたことのない大人しそうな男子だった。藤沖グループメンバーではないが、かといって他のグループに所属しているわけでもない。ただやたらと他クラスの女子がやってきて絡んでいるのだけは目にしていた。あまり興味がないのでそれ以上のことは不明である。

 どちらにしても今まで片岡が、補習に来たことはないはずだった。

 ──まあいい。あまり話をしたことのない奴と一緒というのも悪くはない。


 乙彦は英和辞書をひっぱり出し、単語一句をこまめに引いて行った。青大附属に入学して以来指定の辞書を……もちろん「みつや書店」で手に入れた中古だが……使用しているのだが、使い慣れないのと文字が小さいのとでかなり勝手が悪い。それでも毎日引いているので指には馴染んできたけれども、それでも今まで使用してきた中学生専用辞書とは違い頭が痛くなる。

「よし、片岡、こっちに来い」

 三行程度訳しなおしたところで麻生先生が声を挙げた。ちらと、他の生徒たちが目を向けすぐに戻した。女子たちだけが露骨に目を背けたのが目立った程度だった。

 入り口に小柄な男子がひとり、立ち尽くしていた。麻生先生が片手で手招きをした。

「そんな突っ立ってないで早く来い。それと、ファイル、持ってきたか?」

「……忘れてました」

「ったくなあもう! 早く取ってこい」

 少し声を荒げると、片岡はまん丸い目を見開き、こくりと頷き、ダッシュで姿を消した。

「本当にまだまだガキだなあ、あいつは」

 呆れた風に麻生先生は呟くと、乙彦に指示を出した。

「ここ、三人で座れるようにするから、机を向かい合わせにしろ」

 自分の分はわざわざ教卓のパイプ椅子を確保している。めくっている途中の辞書を急いで閉じ、乙彦も言われたとおり向かい合わせに席をくっつけた。たぶん片岡と顔を合わせることになるのだろう。こういう密着型のやり方は本当を言うとあまり好きではない。


 無事片岡がファイルを持って戻ってきたところで、さっそく麻生先生との答え合わせが始まった。問題そのものが英作文中心ということもあり、確固とした答えがあるわけでもない。また片岡も自分の答案を隠したままで、わざわざ幕を張るような形で顔を隠している。

 ──なんだこいつは。

 麻生先生がいなければこのあたりで一言、たしなめてやるところだ。

「つまり、関崎は正確な作文をこしらえたが、単語の選び方を間違えていたというだけだ」

 点数がずたずただった理由を尋ねもしないのにさっそく説明してくれた。

「ということでだ。はっきり言うと関崎、これからお前が意識しなくてはならないのは英語うんぬんよりも、自分で思ったことを正確に伝えることだ。それも説得力ある形で、論理的にだな。むしろ日本語の小論文を先に学んだほうがよさそうだ」

 締められた。あっさりと。目の前で片岡は相変わらず答案で顔を隠している。透けてちらと見えたのは赤ペンの「90」という数字。どうやら、立村の次席はこいつらしいと見た。

「それと、片岡」

 次に麻生先生は片岡の答案をさっと手元から引き抜いた。「あ、あ」と声を出しながらぽかんと手を伸ばそうとしている片岡を、ぴしゃっとはたいた。

「なにが、『あ、あ』だ。本当にガキだなあ。とにかく片岡、お前がなぜ今回満点を取れなかったか、わかっているな?」

「はい」

「本当にわかっているのか? お前。お前の書いた英作文はきちっと論理がまとまっていて、それでいて正確なんだが肝心要のうっかりミスが多すぎるんだ。なんでピリオドとアポストロフィエスの抜けがこんなにあるんだ? これで十点も引かれるなんて、はっきり言ってアホだぞ」

「すみません」

 ふたたび麻生先生は片岡の額をちょんとはたいた。

「謝る問題じゃないだろうが。お前、英語の力はあるんだから、そんなくだらんことで点数落とすなって言ってるんだ。わかってんのか」

「はい」

「わかってなさそうな顔してるなあ」

 あきれ顔の麻生先生は、それでもにやりと笑い、黙って答案を片岡に返した。

「いいか、片岡。お前のこれからの課題はだな、まず答案を見直すこと。それを三回繰り返すんだ。それだけで最低限、ピリオドは見落としなくできるはずだ。今のところお前が一番、英語学年トップに近い地位にいるんだからな」

 渡したその手で片岡の髪の毛をがしがしと撫でた。横にぐらぐらゆれている。いやならいやとはっきり主張すればいいのに片岡ときたら、そのまま黙ってされるがままになっている。


 ──やはり立村は目の敵にされているのかもしれないな。

 しばらく麻生先生と片岡とのやりとり……いや、麻生先生が一方的に片岡をじゃらして遊んでいる……を眺めながら、乙彦は自分の答案を読み直した。英文を読み返す気はなかった。先生の言う通り自分の欠点は日本語にせよなんにせよ、作文なのだと自覚していたからだ。それ以上に思うのは、

 ──麻生先生は本当に立村のことが嫌いだな。

 この一点でもある。

 まだ口に出さぬ計画のひとつとして、立村を後期規律委員に押し込むというものがあり、乙彦なりに道を作るつもりでいた。まだ自分でも規律委員としての仕事を全くしていないのにそんなこともおこがましいが、二学期後半から藤沖の跡を継ぐ形で評議委員に納まるわけだからそのくらいの計画は立てたっていいだろう。ゴールデンウイーク後の新歓合宿でまずはクラス全員と完璧に交流して流れを作るつもりでいる。

 だが、ここでもやはり、マイナス要素を発見することになった。

 ──きついぞこれは。

 藤沖はうまく丸め込んでくれるというし、古川こずえもある程度事情を理解してくれている。肝心要の立村についても自分から立候補こそしないかもしれないが、指名されればそれなりに覚悟もするだろう。そのあたりは心配していなかった。

 ただ、想像以上に立村の評価ががたがたに下がっているのが気がかりだ。

 入学後一ヶ月経つにつれてその状況が顕わになるのがなんともいえない。

 うっかりしくじったら最後、計画は水の泡にもなりかねない。

 ──うまくやらないとまずいな。

 乙彦には慣れない根回しを、やはりやらないとまずそうだ。胃がずんと重たくなった。


「関崎、じゃあ次だ。お前数学の答案は持ってきたか?」

 思いをめぐらせている間に麻生先生は話をどんどん進ませていた。片岡も乙彦をちらとも見ずに黙ってファイルをいじり、ぐしゃぐしゃになった答案を取り出した。

 ──人のことは言えないが、ずいぶんしわくちゃにしたもんだ。

 口を尖らせた風にして、片岡は机でその皺を伸ばした。

 俯いてばかりいるのであまり読み取れなかったのだが、こう真正面から観察してみると片岡の顔はかなりかっちりと顔立ちが整っている風に見受けられた。欧米の映画スターを思わせるような彫りの深さが鼻筋と口許にはっきりとある。だがその瞳が問題だった。雅弘似のどんぐり眼なのはまあいいとしても、やたらときょときょとしていて落ち着きがない。黙っていたらどこぞのスターとでも振るまっていられそうなのに、この態度はいったいなんなのだろう。見ている方が時折、むずむずしてくる。

「次は、関崎、お前がこの解き方を説明しろ。できるだろ?」

「問3ですか?」

 聞き返した。もちろん成績もいいわけではない数学の結果ではあるが、他の科目よりはましである。

「あの問題を解いたのは、うちのクラスでお前だけなんだ」

「え?」

 意外だ。こんどはこちらがぽかんと口を開ける番だった。

「まず、説明してみろ」

 はあ、と頷き乙彦は、ノートを横におきそこからめくり、罫線を無視して一気に解き方を解説していった。ひとつひとつ、矢印で方程式をつないでいきながら、目の前の片岡より麻生先生に向かって話していった。

「つまり、ここでXが二乗となって、結果こうなったというわけです」

 片岡はあまり興味なさそうな顔でちんまり座ったままだった。嘘でもいいからもう少し関心持った振りしろ、そうがなりたくなるのは自分だけだろうか。


「よし、よくわかったか片岡。お前ももう少し真剣にやれば、いくらでも解けるようになるんだぞ。いいか。桂さんにも連絡しておくが、ゴールデンウイークだからといってあんまり遊びまくらないように、だ。話聞いてるぞ。神乃世町に帰るんだろう? これからな」

 別にそんなどうでもいいことまで引っ張り出さなくたってよさそうなものを、麻生先生は一言一句含めるように言い聞かせた。片岡の頭を時折撫でるような仕種をするのが、他人ながら目障りに感じた。男子たるものそうそうおつむを撫でられるのは嬉しいもんではない。

「わかりました」

「宿題も桂さんに説明しておくからな。それと、だが、あまりな」

 ふ、っと麻生先生は乙彦の視線に気が付いたらしく言葉を濁した。

「どちらにしても、お前のこれからの課題は、細かいミスをなくす、これだな。いいかよく覚えておくんだぞ。それにしてもなあ、お前ももう少しクラスの奴らと一緒につるめ。ほら、関崎、少し数学と英語お互い教えっこしたらどうだ?」

 また訳のわからぬことを言い出す麻生先生。青大附属の関係者が口走ることの殆どはわけのわからぬことだと承知しているけれどもそれにしても、しかし、話が飛びすぎているじゃないか。別に教え合うのはいいことだと思うのだが、外部生でしかもクラスの状況もよくわかっていない乙彦にいきなりお見合いさせるというのは、何か違うような気がする。

「先生、あの」

 立ち上がり別の生徒の方へ向かおうとした麻生先生を、止めようとしたのは片岡だった。

「もう帰っていいですか。もう、桂さん迎えに来てると」

「安心しろ。桂さんにはこちらから連絡を入れておく。自動車電話の番号は頂いている」

 ──自動車電話?

 未知の言葉があふれ出ていた。いったいなんなんだろうか。自動車に電話がついていること自体がまず理解不可能である。電話とは通常、家に、黒か赤か緑か、もしくは公衆電話ボックスの中に鎮座ましているものではないのか?

 

 実際、補習の生徒たちもいつのまに教室いっぱいになっていたのと、フォロー役の大学生たちの手に負えない問題も多々あったらしく、麻生先生が立たねばならなかった理由はわからなくもなかった。いつもだったら乙彦もあっさり見送って、自分のわからないところを手当たり次第大学生に聞くことだろう。

 しかし、指示は、「片岡と教えあえ」とのこと。

 確かに英語の成績はよさそうだが。あのわけのわからない英作文問題でちゃっちゃと高得点を獲っているのだから、立村の次ということは言えるだろう。教えてもらえるならそれにこしたことはない。

「片岡、悪い」

 もしかしたら乙彦のためにあつらえてくれた席なのかもしれない。それならば礼儀正しく受け入れるのも一興だ。乙彦は腹をくくってまず、礼を言うことにした。

「これから、いろいろ世話になると思うが、よろしくたのむ」

「何を世話になる?」

 きょとんとした眼がどことなく雅弘に似ていた。顔立ちだけがやたらと端正なだけに、その目つきだけが相変わらず浮いていた。

「俺はどうも、英語が人一倍弱いようだ。で、片岡は人一倍英語が得意なようだし、なら教えてもらうのもいいと思うんだが、どうだろうか」

「教えるもなにも、俺わかんないよ」

 びくっとしたまま、片岡が早口に答えた。鼻の下をぼりぼり掻いてから、

「補習に呼ばれたの、初めてだし」

「あ、そうなのか」

 やはり、麻生先生が用意した友情と学業のお見合い席と見てよいようだ。

「それなら、いい機会だ。どちらにしても新歓合宿では話をするつもりでいた。それが前倒しになっただけならそれでもいい」

 説明をしておいたほうがおそらく片岡にはわかりやすいだろう。乙彦なりの心遣いを込めたつもりだったが、片岡は相変わらず仏頂面をしたまま口を尖らせたままだった。


 とはいえ、露骨に嫌われたわけでもないようだし、片岡も聞かれたことには素直に答える奴だったので、会話はそれなりに成り立った。

「神乃世町から青潟に引っ越したのか? さっき先生が話していたことだが」

「小学校卒業まではそこにいたんだ。今でも母さんだけそこに住んでる」

「片岡ひとりで、青潟に住んでるのか?」

「親戚の人と一緒に住んでる」

 ははあ、たぶん先ほど出てきた「桂さん」という人が、その親戚なんだろう。

 そのくらいは読める。乙彦はさっさと一人合点して話を進めた。

「じゃあ中学から、下宿してるようなもんなのか」

「下宿じゃなくて、マンション」

 取り立てて特別という風でもなく片岡は答えた。少しずつ会話がほぐれてきたようだった。

「迎えに来るとか話していたがあれはなんだ?」

「ひとりで帰るなって言われてるから、しょうがない。迎えにくるんだ」

 ──かなりの坊ちゃんだな。

 すでにもう、経済観念の差については慣れた。

「でもそれだと、いろいろ不便じゃないか? たとえば友だちと話をするとか、それからコンビニ寄るとか」

「それは連絡しとけば大丈夫」

 ──そんなことも親戚に連絡するのかよ。

 少し前、古川からちらっと聞いた記憶が残っていた。確か片岡はどこぞの洋服屋の御曹司だとかなんとか。とすれば片岡の発言も納得する。経済観念の土台からしてまず違うだけのことだ。驚くべからず。乙彦が知りたいのは奴の裕福な生活うんぬんではなくて、片岡という男子がどういう性格で、何を考えているのか。その程度だ。

 ところどころ会話の途中で頷いたり、早口に説明を混ぜ込んだり、慌てて舌がもつれたり。片岡なりに乙彦の質問へ答えようとしているのは伝わって来ていた。

 まんざら悪い奴でもなさそうだ。自分から乙彦の家庭事情をあれこれ聞こうとはせず、聞かれたことだけきちんと答えるだけ。そこのところがどうも物足りなく感じるところもでもある。そういう点からみるに、かなり用心深い奴なのかもしれない。

「けどどうしてだ、そんなに英語ができるんだ」

「出来ないよ。だってまだ、二番だし」

 ──そんなこと聞いてねえだろが!

 唖然としつつも片岡の間抜け顔を見ていると憎めない。なんで「二番」だなんて訳のわからないことを言うのだろう。となると、英語限定トップは立村。つまり片岡は立村に次ぐ語学の秀才なのだろう。それならば、麻生先生がなぜ乙彦に片岡をあわせたのかどことなくわかる。

「二番なんてそうあっさりと言えるのか」

「一番獲りたいんだけど、なかなか、取れないんだ」

 またあっけらかんと、毒のある言葉を発する片岡。本人は毒だと気付いていないのだろうが、額面通り受け取ればこれは「立村からトップの座を奪いたい」発言だ。もちろんその意欲は買うにしても、いきなり外部生の乙彦の前で言い放つべき言葉ではない。

「だから英語塾行ってる」

 きた、やはり塾だ。お坊ちゃまは違う。まぜっかえす気もなく頷いていると片岡はさらにたんたんと続けた。

「けどそこだと文法やらないで、ずっとクラスの人たちとしゃべるだけだから、試験には役立たない」

「クラスの人? しゃべる?」

「うん。クラスの人たち、外国の人ばかりで、中国とか韓国とかタイとかフィリピンとか、そういうとこの人たちばかり。みな大人だから共通語がみな英語になっちゃうんだ」

 ──こいつの言っている意味が、わからねえ。

 頭の中は片岡ワールド一色。乙彦の知らない世界が奥深く広がっていく。

「けど、やっぱり英語だけは一番獲りたい」

「なんでそんなこだわる?」

 こだわりたい気持ちはわからなくもないので、軽く尋ねたつもりだった。

「俺から見たら片岡、お前かなり英語のレベル高いぞ」

「けど、英語科はあいつを超えられないからまだまだなんだ」

 ──あいつと来たかよ。

 なんだかいやな予感がする。そんなの無視して片岡はこっくり頷いいた。

「英語科でトップになったら、喜んでもらえるし」

「そりゃ親は喜ぶだろうな」

 乙彦も本音では、そりゃ、獲りたい。しかしここで言い放つほど心臓も強くない。

 ──この片岡って奴、いったいアホなのかそれとも単純なだけなのか、よくわからねえ。


 結局乙彦は、英語を教えてもらうことも、また数学の問題を教えることもせず、一通り片岡のひととなりを観察するだけに留めた。それはそれでなかなか面白かった。どことなく小学校時代の純朴だった雅弘を思い出した。雅弘はやはり一般的な男子だったのできっちり社会常識も人間関係の機知も学び素直に成長したが、この片岡という男子、どうも本来学ぶべきものをすっかり落っことして高校生になったという印象がある。

 ──小学生とは言わないが、なんだかガキっぽいな。

 悪意が全くなさそうだけにその言動だけがもったいない。

 ──いろいろ事情もあるんだろうがな。

 少なくとも乙彦が接したことのないタイプの高校生だったことに変わりはない。

 

「じゃ、また休み明けにまたな。その時に神乃世の話でも聞かせてくれ」

「わかった。おつかれさま」

 片岡は校門を出てすぐ、附属中学の並ぶ校舎へと駆け出していこうとした。すぐに立ち止まった。向かい側でクラクションが鳴っていた。乙彦が自転車を引き出しペダルに片足をかけながら校門から顔を出したとたん、不意に何かが飛んできた。石つぶてのようなものだった。避けようとしてばたっと落ちた。笑い声が聞こえた。


「これ、神乃世のまんじゅう。おいしいよ」

 目の前には真っ黒くつややかな車が一台、留まっていた。助手席には片岡がいつのまにか座り込んでいた。運転座席には黒ぶちめがねをかけた「いまから葬式にいきます」といった黒尽くめの男性が、そして奥座席にはやはり、黒い服を纏った女子がひとり、座っていた。ちらっと観ただけだが、おかっぱ髪で額を出していた地味な雰囲気の子だった。

 片岡が席から乙彦に投げたまんじゅうだった。

「あ、ああ、ありがとう」

「おつかれさま」

 助手席から顔を出した片岡は、今までどこに隠してきたんだと問い詰めたくなるような笑顔を浮かべて手を振った。今までの仏頂面はなんだったんだろうか。車のハンドルを握ると人格変わるとよく聞くが、片岡の場合助手席に腰かけるだけでハイテンションになるんだろうか。変わった性格である。悪くはないが。


 乙彦はもらった白いまんじゅうをすぐ口に押し込んだ。

 神乃世がどんなところだかよく知らないが、確かに餡がみっちり詰まっていて、食べ応えはあった。見た目がどこにでもあるような酒まんじゅうだったのに、かんでみると意外とやわらかくて弾力もある。

 ──なかなかあいつ、面白い奴だ。

 とりあえず、お見合いをセッティングしてくれた麻生先生には感謝しておこう。

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