高一・一学期 8
残された春休みは早朝から八時まで「みつや書店」に、八時半からお昼までは青大附属高校の補習授業に費やされた。午後からはほぼフリーだし、それなりに雅弘たちと遊んだりもできるのだが、やはり連日の朝四時起きというのはしんどい。
──今からへばってちゃ、学校始まってからどうするんだ。
自ら叱咤激励しつつ、毎朝眠い目をこする。
──どちらにしても、結論は見えているな。
部活動、できるような余裕、あるわけない。
乙彦はあっさりと、かすかな希望を捨て去った。
「おはよう、さあやるぞ。関崎、昨日と同じようにまずは、掃除から始めるぞ」
自転車をこいでいる間になんとか目と身体がしっかり覚め、朝一番の「おはようございます!」の一声をかけると、久田さんはすでにエプロンをかけたまま、バケツを手渡した。からっぽ。もちろん、水を汲むところから始まる。
店外脇の水道蛇口をひねり、バケツを水で満たし、店の入り口から戸口、さらには床まで綺麗に水拭きを行う。当然、いわゆる雑巾がけスタイル。細い書棚の間をすり抜けるようにして、白い息を吐きながら店内を往復する。教室や廊下と違い、障害物が大量に積み上げられているので、そのあたり時間がかかる。古本がなぜか床に置かれていないのが、なんとなく古本屋らしくなかった。なぜなのかはわからない。
久田さんの命令に背く気もなく、まずは一仕事水拭きが終わる。休む間もなく次の指示が飛ぶ。
「バケツの水を捨ててきたら、次はそこの本棚をからっぽにしろ。からぶきんでその棚を丁寧に拭くんだ」
壁際の本棚から本をすべて取り出し、床に置こうとすると怒鳴られた。
「何やってるんだ! 本に水は大敵だろう! こういう時はまず、ダンボールを探して来てそこに入れるんだ」
「すみません」
悔しいが間違っていたのは自分だ。乙彦は言われた通りダンボールを広げ、その中に本を詰め込んだ。どうもいきなり下級生に逆戻りし怒鳴られることに慣れていない。
この一週間ほど、毎朝水ぶき掃除、最後に久田さんの言う通りに本を並べ替え、時には本の表紙を柔らかい布でこすったりと、細かな作業を繰り返してきた。
「いやー実に、綺麗だ」
両腕を組み久田さんが満足げに頷く。
どこかでこういう反り返った態度を、見かけたことがある。
「もう少し時間があれば、もっと教えたいことがたくさんあるんだが」
「教えてください」
「だが時間がない」
乙彦の補習については久田さんも十分承知していて、余計なことを口にせず送り出してくれた。だから話をほとんど交わす暇もなかった。天地創造ではないが、六日目で一段落し七日目に安息日、といった感じだろうか。
「だが関崎、君は物覚えが速い。じきに慣れるだろう」
七時半になんとか一通りの仕事を片付けた後、久田さんはレジ台の上に積み上げた古本を押さえつけながら続けた。
「俺がこの仕事を始めた頃はいわゆるぶっつぶれそうな小さな店だったんだが、なんの縁かどんどんでかくなっていったわけだ。ある意味俺が作った店とも言うな」
そういえば、六日間の間一度も、「みつわ書店」の店長さんは顔を出さなかった。
時折、おばあさんが腰をかがめて乙彦たちに熱いお茶を出すくらいだ。
実質、久田さんが仕切ることによって存在している店、と考えていいのかもしれない。
「少なくとも朝は、俺ひとりいれば十分だ」
乙彦も頷いた。ひたすら掃除に没頭している間、久田さんは古本のより分けを行い、乙彦に並べ方を指示するだけだった。そのくらいなら適当になんとかなりそうな気はする。
「四月以降は俺が居なくても別の誰かにその辺を管理するように頼んでおくから心配しないでいい。たぶんひとりで仕切るのは来年まで待つことになるだろうし」
「ひとりで、ですか」
まだ六日間しか仕事していないというのに、なぜそんなことを言い出すのだろう?
もちろん、期待してもらえるのは非常に心高鳴るものもあるのだが。
乙彦が戸惑うのを、にきび面の久田さんは顎で頷きながら、
「俺はこの店に来てから丸七年もの間、世話になったわけだが、ここは青大附属以上に学ぶべきものが多い場所だった。それは言えている」
「そうですか」
アルバイトが相当性に合っていたのだろう。手持ちぶたさ、ただぶらんとぶら下げたまま話に聞きいるだけ。
「関崎、君、学費のために働くと聞いていたんだが、本当なのか」
「はい、その通りです」
嘘を言うわけがない。店長さんたちにもすでに話してあっただろう。雅弘の父さんが。
「とすると、一月、三万円必要というわけか」
「はい」
もちろん計算済みだ。まだこまごまとしたものがかかるだろうが、それでも最低限月謝はまかなえるだろう。
「そうか、だとすると、この仕事を最低でも三年間は続けるつもりなんだな」
「もちろんです」
しばらく久田さんは黙った。片手で髪の毛をかきながら、エプロンからちりを払った。
「そうか、学費なんだな」
「たぶんこれだけではすまないと思うのですが、青潟市の奨学金がもらえない以上は自分で稼ぐしかないからです」
「ああ、あそこは審査が厳しいからな」
詳しそうな久田さん。頷きながらレジ台を叩いた。
「青大附属は特に、意味不明の用途使用金が多い学校だ。面倒見がいいのは認めるし下手な塾に通うよりも学力はつくだろう。しかし、ほんとかかるぞこの学校は」
「覚悟しています。補習がなければ本当は、放課後もバイトするつもりでした」
もちろん陸上部に入るつもりはなかったし。
「同じ高一でこれだけ考え方が違うのも珍しい」
ひとりごちた久田さんは、天を見上げて溜息を吐いた。
「放課後で思い出した。もうひとりバイトがいると言っただろう。南雲とかいう、やたらしゃれのめした軽そうな奴なんだが」
「軽い、のですか」
全くそのあたり想像がつかない。もしや、総田に似たタイプだろうか。久田さんはいまいましげに唇をゆがめた。
「おそらく、直接店で顔を合わせる機会はそうないだろうし、あいつに任せる仕事は限られている。本の受け渡しと、あとは掃除くらいだろう。まあ、あいつに俺はそれほど期待しちゃいないんで、関崎ほどみっちりとは教え込んでいないがな」
「あの、久田さんは」
乙彦は以前から疑問に思っていたことを聞いてみた。
「この店で七年間と伺いましたが、朝と放課後、全部出ていたのですか」
「二年からは皆勤賞だな。授業はともかく、青大附高みつや書店科では全優もらえるぞ」
何か満足そうな顔で、久田さんは乙彦を見やった。どうやら、もうひとりのバイト・南雲よりも乙彦は気にいられたらしかった。その辺、よく、わからない。
「俺がこの店に入った頃は、店長も奥さんもまだ足腰苦労なくてきぱき動いていたんで、言われたことをそのまんまやるだけでよかったんだ。今の関崎と同じように、店の掃除をして、言われた通り本を並べるだけでな。ところが、俺が二年に入る春休みに」
言葉を切り、声を潜めた。
「店長が、あたっちまったんだ」
「あたるって」
「脳卒中で倒れたんだ」
「でも、今は」
「リハビリのかいあって、少しは動けるがな」
そうか。だからあまり店には顔を出さないのか。
「品物の受け渡し程度なら問題ないんだが、朝の仕事とかができなくなっちまった。それプラス次の歳は、奥さんのおっかさんが倒れた」
あのおばあさんだろうか。違うらしい。
「老人が老人を介護っつうすげえことになっちまった。もちろん奥さんは俺たちが学校に行ってから店をきりもりしてくれるけど、それでも大変だろう。で、そういうわけで、実質的にバイトの俺がこの場を仕切ることになったわけだ」
「本当ですか?」
言ってみて、でも本当なのだからと改めて思う。もうひとつ疑問を提示。
「あの、久田さんがバイトに入る頃はこんなに店、大きくなかったんですか」
待ってました、とばかり久田さんは指をピストル型に整え、「ビンゴ!」と打った。
「俺が提案したわけなんだ。この店、これだけ広いのに半分以上倉庫として使っていたからそれは勿体無いってな。それだったら全部、並べるだけ並べて、本棚だけ用意して、それで売るのはどうですかってな。まあ最初は冗談のつもりで軽く言っただけなんだが、一週間後、なぜかこういう形に改装されてたってわけだ。俺の提案を丸呑みしてくれたとな」
「本当ですか」
本当だから、こうなっているのだろう。返事をせずに、しみじみ店内を眺めまわしている久田さんを見れば、答えはおのずとわかる。
「ここまで俺を買ってくれちゃ、バイト料以上の成果を出さないとまずいだろう」
久田さんはさらに思い出話を続けた。
「というかだ。バイト時間内で完璧に出来るとは考えられないわけだから、俺としては責任を感じ、さっそく売上アップを図る準備をしたということだ。まず、右側、さっき関崎にいじってもらった棚、見ろよ」
連れていかれた。丁寧に埃をはらい並べた棚には、大学の教科書らしきものが大量に並べられていた。一週間勤めてみてなんとなく気付いたのだが、この店においてかなりのウエートを占めているのは、大学と高校の教科書や参考書類だった。小説やビジネス書、その他もないわけではないが、それほど美しくディスプレイされているわけではない。
「この棚の特色を述べよ」
口頭尋問の如く、久田さんは尋ねた。
「教科書だらけ、あの、大学の」
「そうだ。大学の場合、教科書は教授の書いたものであることが多い。つまり、教授は毎年学生に教科書を買わせるのが一種の仕事のようなものだ。だがその教科書を百パーセント読むかというと、そうとは言えない。授業によっては、一切教科書を使わず教授のおしゃべりに費やされる場合もある」
「そうなんですか」
なんだか非常に無駄なような気がするのだが。久田さんが手に取った「生物学」の教科書を受け取り、ぱらりとめくり、すぐ後ろの奥付を見た。なんと定価三千円なり。
「大学には、一般教養科目というものがある。毎年同じ内容の話を教授が繰り返す場合もあればそうでないこともある。が、この生物学の授業については、そうそう違いはないはずだ。必然、試験内容も毎年同じ、レポート提出で終了だ。変化ないということだ」
「レポート、提出?」
ますますわからない。乙彦がわけわからなくなればなるほど、久田さんは張り切る。
「大学の授業では、中学高校と違って、定期テストといったものがないんだ。多くても前期後期にレポートを提出させるか、少なければ年に一度の試験のみ。楽といえば楽だが、厳しいと言えば厳しい。復活のチャンスがないからな。ただ、青潟大学の一般教養科目はほとんどが自前の教授の授業だから、毎年内容は変わらない。手抜きともいう。どういうことかわかるか」
「わかるようでわかりません」
「正直でよろしい」
高校の授業も始まっていないのに、なにをいきなり大学の話に飛ぶのだろう。こちらとしては毎日、四科目の授業補習で頭がかなりオーバヒートしている状態だというのに。
久田さんは教科書を元の場所に戻し、指でつつと背を撫でた。
「今年も新入生がそのまま持ち上がりという形で入ってくる。大学の入学金もそれなりに高い。なぜか制服を買わされる。そんな中で節約できるとすればどこだ? まずは教科書だな。内容も対して面白くなく、使うこともほとんどなく、かといって買わないといろいろ面倒、となるとみな、できるだけ安く手に入れようとするだろう?」
「わかります」
「つまり、そういうことだ」
「生物学」「倫理学」「法学」それぞれやたらと分厚く、値段も相当しそうな教科書の列を眺めながら、久田さんは説明した。
「教科書を定価で買おうなんて馬鹿なことをせずに、できるだけ安く手に入れられるところを探す。しかもそれが予想以上に綺麗な状態だったらなおさら、嬉しいだろ」
「確かにそう思います」
藤沖がちらっとそんなことを話していたような気がする。なんとなくわかる。
「特にこれから四月いっぱいは大学のオリエンテーションだ。教科書を探しにくる学生が増えるだろう。となると、そういう学生のご用達ということで、売り場を用意するというのも、またありなんじゃないか?」
なるほど、そういうことか。
──教科書を売る。
買う、という概念自体まだ乙彦は受け入れられなかった。教科書とはふつう、配られるものだという認識だった。しかしよく考えると、中学までは義務教育なのだから当然としても、高校以上は希望者のみの進学なのだから、金を出すのも当然だろう。青大附属が他の学校以上に金のかかる学校だとわかっていてもだ。
だから、藤沖は参考書を古本屋で手に入れるよう助言してくれたのだろう。
「みつや書店」が参考書類などで豊富な在庫を保有しているというのも、今、久田さんが話したことを鑑みると納得する。
「久田さん、あの、じゃあ教科書をみな、卒業生が売りにくるのですか」
尋ねてみた。そんなに深い意味はなかった。
「そう、よく気付いたな」
いきなり褒められて戸惑う間に、久田さんは別の棚へと移り、また一冊本を取り出した。革張りの英英辞典だった。
「大学生の多くはこういっちゃなんだが、勉強なんてしない。いわばレジャーランド化しているっていうのがうちの大学だ。青潟近辺ではエリート大学だのなんなのと言われているが、一歩外に出てみればわかる。こんな学校、青潟以外では学歴も能力も通用しないってな」
ま、まだ早いが、と呟きつつ。
「教科書も辞書も、試験対策で使用したらそれで終わりだ。院に進むならまだしも、とりあえずは就職したらそれで用無しだ。一冊三千円もする教科書を大量に押し付けられてだ。使わない、ゴミにしかならないようなもので場所ふさぎするのは、ふつう、いやだろう?」
「はい」
部屋が狭い我が家。切実なる問題だ。
「捨てるよりは売ってもらった方がささやかながら小金になるし、こちらはまた、必要な時に売ればいい。在庫が溜まるとまあ別の問題になるんで、できるだけ四月五月のうちに売り切る、これも腕だな」
「どうやってそうするのですか」
「店頭に並べる、こうやって綺麗にディスプレイする、というのもあるが、一番効果的なのは直接大学の知り合いに口コミしてもらい、情報を流してもらう方法だ。サークルや授業、あとそうだな、チラシとかだな。俺は授業の合間にそれぞれのクラスへ売り込みに行ったりしたが、いやほんと、爆売したぞ。去年はここに並んでいた教科書関連が一冊残らずさばけて在庫がなくなったからなあ」
「ここに並んでいた本が、すべてですか」
またも頷く久田さん。この人に限って、法螺を吹いているとは思えなかった。
──俺、ひとりでこれからそこまでやるのか?
正直、聞いているうちに気が重くなるのを感じる。
もちろん、縁があって得たこの仕事、本気で打ち込む気持ちは十二分にある。
時給以上の成果を出すのも、やぶさかではない。その点、久田さんの姿勢は尊敬できる。
水ぶき雑巾がけも、本棚整理も、まったく苦にはならない。
しかし、「うちの本を買ってください!」とばかりに、クラスメートに声かけまでしなくてはならないとは。もちろん需要と供給の関係が理解できないわけではないけれども、そこまでして売らねばならないものなのだろうか。
「まあ、関崎、そこまでやらなくてもいい。俺も就職してからしばらくはここに顔を出すつもりだし、少しずつ教えていくつもりではいるが」
「ありがとうございます」
まだまだ久田さんも語りたりないようだったが、乙彦の補習時刻が迫っていることもありしかたなく戸を開けて送り出してくれた。ひょいと道の向こう側、少し遠めのゴミ捨て場を見やり、
「あらら、また来たかあいつら」
乙彦に指差した。
「燃えないゴミの日はいろいろと怪しい奴らがうろつき出すから、注意しておいたほうがいいぞ」
「怪しい奴ら、ですか」
乙彦が覗き込むと、久田さんは指を指した。
「燃えるゴミの日も朝いるんだが、このところ結構、ゴミの中から使えそうなものを盗んでいく連中が多いんだ。最近は顔を覚えているしな。捕まえようとしたらいくらでも捕まえられるんだが、いかんせん法律では禁止されてるかどうかわからん。ゴミをもらってどこが悪いという価値観の連中だしな」
「ゴミを、盗む?」
乙彦にも理解できなかった。聞き返すと、
「つまり、ゴミの中から、古道具屋なんかに売り払って小金を稼ぐというシステムだな。最近は夜中にゴミを捨てる奴が多いから、明け方から今くらいの時間を狙って、こっそり頂戴していく輩が多いということだ。俺もかなりがめつくやってきたつもりだが、ゴミあさりまでしてものを手に入れるような姑息な真似はしたことがない。しかもだ」
腕組みをし、仁王立ちした。にらみつけるその眼差しが怖い。
「リヤカーまで持ってきて運んでいくのには参ったよな」
「ゴミ、でも、やはり、泥棒になりますか」
「なるさ。処分されるまではな」
久田さんが怒るのも無理はない。盗みは法で禁止されている、それ以上に人間としての許しがたい行為だろう。乙彦も共感したいのだが、
──けど、ゴミということは、いらないから捨てたのであって、もし使えるようだったら拾うのは再利用ということで、問題ないのではないか。
もったいない、そう思ってもう一度使うのはかえっていいことではないだろうか。
「関崎、そうだ。自宅で大切に使うというのなら、俺も大目に見る。しかしだな」
首を振り、乙彦を押し出し、また指さしした。
「あの女、覚えておけ。どうもうちの学校の生徒らしい。一年くらい前だったか、やたらと大量に大学の教科書とか辞書とか持ってきて売ろうとしたんだが、たまたま燃えるゴミの日にこっそりくすねた代物らしかったんだな。俺がたまたま見ていたのに気付かなかったらしい。そんな姑息なやり方までして売りに来るのが気に入らなかったんで、怒鳴りつけておっぽり返したらそれきり来なくなったが、やっぱり味占めてやがるらしい」
黒っぽい格好で、ゴミ袋を覗き込み、周囲をきょろきょろ見回しながら触ろうとしているのが見える。顔は見えないが、確かにスカートをはいている。青大附属の制服だろう。
「俺が見ているのに気付いてないな。気付いたらさっさと逃げるんだが」
「うちの学校、ですか」
「そうだ。人間として、ゴミをあさるまで落ちたくはない。俺がこの店を出てからもしかしたら、またほとぼり冷めた頃に顔を出すかもしれないが、その時は追っ払ってやれ。場合によっては学校に通報してもいい」
「けど誰だか俺にはわかりません」
とにかく青大附属の女子であることはスカートだけで判別つくのだが、髪の毛がほぼ刈り上げに近いこと、また顔が見えないこともあって見当がつかない。
「一回、顔を見れば忘れない。あの強烈な醜さというかな、深海魚が死にそうになった時のような出っ張った目とか歯並びの悪い顔とかな。俺が店で見た時は中学の制服を着ていたから、もしかしたら関崎と同じ学年かもしれない。南雲には言っても無駄だが、関崎、もしそういう不正をやろうとしている奴がいたら、堂々と告発してやれ。万引き本を売りに来る奴らも、ゴミからあわよく金をせしめようとする奴も、この『みつや書店』には出入りさせたくない。それが、俺のポリシーだ」
言われるがまま、乙彦はゴミ捨て場にまだうろつくその女子の姿を目に焼き付けた。
はたして深海魚のような飛び出た目なのか、そのあたりは読み取れなかったが、時折丸めるその背に、なにかかしら漂ってくるのは、生ごみに近い匂いのようなものだった。
「注意します。わかりました」
戸を閉める前に、乙彦は改めて久田さんに答えた。もう一度振り返った時、すでにその女子の姿は見えなくなっていた。