1話 運命の手紙
「今日はなかなか良い依頼がないわねえ」
受け取った手紙を一通一通確認しながらぼやく妹をたしなめるかのように、投げ捨てられた手紙を拾い上げる。
「ルミア、これらの手紙も大事な依頼の一つなんだから、そんな風に扱っちゃだめだよ」
「じゃあこれはレオ兄さんがやってよね」
目の前に突き出された手紙には“執事代行希望”と記してある。
「全く……またこれか……代行屋に頼むくらいならこんな仕事引き受けなきゃいいのに」
手紙を折りたたみながらレオはため息をつく。
「でも、レオ兄さんの執事代行は評判いいのよ? 私はそういうのできないし」
両親が行方不明になってから一年、やっと二人はこの“代行屋”の仕事で生計を立てられるようになってきた。
宝石商を営んでいた両親は買い付けに行くと言って家を出たきり、戻らなくなってしまった。
同じ宝石商を営む商人や旅人に聞いてみたものの、両親の行方はさっぱりわからなかった。
残された二人は宝石のことは全くの素人で家業を継ぐこともできず、看板を下ろしてひっそりと暮らしていたが、いい加減日々の暮らしにも困ってきた頃にルミアが提案したのが“代行屋”だった。
「この仕事、ルミアにぴったりじゃないか! ほら!」
バンッと手紙を目の前に突き出され、目を細めて手紙を読み上げる。
「行方を晦ました娘の代わりに少しの間婚約者代行を頼みたい。期間は娘が見つかるまで。詳しいことは良い返事を頂けたらお話します。フランツ・ギルレアン公爵……公爵!? 公爵様がなんでこんな下町の代行屋なんて知ってるのよ!」
はらり、と手紙がルミアの手からすべり落ちた。
「可愛い妹を婚約者代行なんて末恐ろしい仕事に行かせたくはないけど、公爵の娘という肩書きがつくくらいだし、しっかり女の子らしく教育もしてくれるだろう。こんなチャンス滅多にないよ! ルミア、これ、決定ね」
可愛い妹と言いつつも女の子らしくないと思っているという矛盾に本人は気づいていないようで、せっせと返事を書くレオを睨みつける少女が一人。
「レオ兄さん? 私、いくつだか知ってる?」
「え? そりゃ知ってるよ。僕と二つ違いだから十六だよ。それがどうしたんだい?」
「ねえ、十六の妹を、まだ恋もしたことのない妹をよ、婚約者代行としてお嫁に出す気分はどう?」
「お嫁に出すなんてとんでもない。これは花嫁修業だよ、ルミア。きっと愛くるしい淑女になって戻ってくるんだろうねえ」
心底嬉しそうに目を輝かせながら手紙を書き終え封をする兄の姿を据わった目で見つめる妹。
「私が傷物になってもいいって言うの!?」
「まさか。まだ結婚じゃなくて婚約なんだから、相手の方も手荒な真似はしないよ。大丈夫、何かあってもギルレアン公爵がなんとかしてくれるよ」
「どうして僕がなんとかしてあげるって言ってくれないのよ!」
「なんの権力も持たない僕がなにかしてあげられるわけないだろう?」
「相手がどんな人ともわからないじゃない!」
「ルミア、ギルレアン家が嫁ぐんだ、それなりのお家に決まってるよ。だから、安心して行っておいで」
あまりにも屈託のない笑顔に、ルミアは言葉が出なかった。
一度は書いてみたかった!
王道ファンタジー! ……になるかどうかわからない物語。
きっと勝手に登場人物が動いてくれることでしょう……。