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Out of Episode.1 この世界に『バレンタイン』という存在があったら

 「......それで、これはどういうことかな?」

 「あら、私が『珍しく』誠心誠意込めて作ったのよ?ありがたく頂きなさい?」

 「いや......それはわかったけどよ......」

 「けど?」

 俺の周りにはこの部の女子全員がいる。つまるところ、ハーレム状態ということだ。

 「......なんでこいつらまでチョコ作ってんの!?」

 「ほれ!隼斗!あたしからも!」

 そう言って小包を渡してくる一人の少女。──八重歯なのか牙なのかはわからないが、とりあえずそれっぽい歯を覗かせていて、全身毛むくじゃらの少女。ローレルは満面の笑みで俺の顔を見ている。

 「......これって、本命と受け止めた方がいいのかそれとも義理と受け止めた方がいいのか判断に困るな!」

 「あら、あなたに本命を渡す人なんているのかしら?いるのならぜひこの目で見てみたいわ」

 いつものようにドSっ気を隠すことなく、いつものように俺に関わってくる。

 「じゃあ義理と受け止めときます......ありがとな」

 「ちょっとー!私も私もー!」

 駄々をこねて渡してくる一人の少女。──耳が長く、瞳が緑色の少女。他の二人と区別を付けにくいが、なんとなく気配で区別できる。特に、リリはリーダーっぽいオーラを身にまとっているため、とても見分けがつけやすい。

 「はい!私からもあげるよ!」

 「お、おう......ありがとな」

 「「私たちからも、どうぞ」」

 控え目に言ってくる二人は小包を最低限のラッピングで仕上げ、飾り気のあまりない、二人にとても似合っている見た目だった。

 しかし、それらにもやはり個性は出ていた。

 片方は口の部分の締りが緩い。それに比べもう片方はきっちりと丁寧に結ばれ、非の打ち所がない見た目だった。

 「二人も、ありがとな」

 「さー隼斗。ありがたく受け取りなさい。何せ、このちょこの中には今まで吸ってきた血の一部が混ざってるのだから!」

 「そんなもん食いたくねーよ!作るなら普通のを頼むよ!」

 サリアの何か恐ろしい一面を知ってしまったように感じたが、気のせいだと思い水に流す。とりあえず、形だけ受け取っておこう。食べるかは別として。

 「えとぉ......はいこれ......」

 小包を握った手を差し出してくるのに反し、顔は全く関係の無いところを見つめていた。──顔を逸らしていた。

 「おう、ありがとな」

 だが、こうして作ってきてくれたことには変わりない。やはりシャイターンは優しくてシャイなやつなんだな。

 「しかし、なんでこんなことになったんだ?」

 「それはねー!夜空がね!『今日はバレンタインデーという日で女の人が男の人にチョコというのを渡す日なのよ』とか言ってて面白そうだからみんなで作ってみたの!それでね......ちょ!」

 「リリー?少し黙ってようねー」

 夜空がしどろもどろになりながらもなんとかしてリリの言葉の芽を摘み取る。

 「別に、ただ私のいたところでの風習が少し名残惜しく感じてやりたくなっただけよ。別に深い意味はないわ」

 「そ、そうか......それならいいんだけど」

 「へ?何か深い意味とあるの?この行為に?」

 「いや、特にないから安心しろ」

 「隼斗ー。嘘、ついてへんかー?」

 不意にかけられた声に俺は縮み上がる。

 「......はぁ、ローレルにはかなわないな。いいさ、本当の意味を教えてやるよ──夜空が!」

 「あら、なんで私が説明しなきゃいけないのかしら?」

 「なんてったって女の子だから!」

 「そんな口説き文句で落ちるほど私は安くないわよ?」

 「別に口説いてねーし落とすつもりもねーよ!ただおまえの方が詳しいだろ?男の俺より。俺なんて......俺なんて......」

 思い出すだけで悲しくなる。今までに貰った数は十個ほど。そのうち十割が母からの義理チョコだ。──本当に悲しくなる。

 「はぁ......仕方ないわね。バレンタインデーというのは女の人から男の人にチョコというのを渡す日でもあるんだけど、実はそのチョコには深い意味があるの。あなたに好意があります。という意味なのよ。でも、大概は友達などにあげる義理チョコね」

 「まー女子の事情は俺には詳しくわからねーがそういうことだ。だから好きな人とかいたら渡した方がいいと思うぞ」

 「──誰かいる?」

 「私はいないよー」

 「私もいませんよ?」

 「はっ、私が他人に好意などを抱く訳ないですわ」

 「あなたはなーに言ってるのかしら?まー私も誰一人として好意を抱いていませんけどね」

 「なんか聞いてて悲しくなってくるな......」

 「まぁまぁ!そう落ち込むなってぇ!」

 振り向くとそこには、俺が貰ったのと同じ小包を辛うじて手に収まっている具合で持っている。

 「アリオス、おまえも貰ったのか」

 「おう!みんなありがとなぁ!」

 「いえいえ」

 この部の女子勢が声を揃えて言った。まー義理だから当然といえば当然か。

 「早く開けたらどうなの?隼斗」

 「おまえが催促するか......みんな、開けていいか?」

 おかまいなくと言わんばかりに首肯していたので俺もそれに首肯で返した。

 「それじゃあ......開けるぞ......」

 「別に心配しなくても私が監督したから大丈夫よ」

 「おー!これは美味そうだなぁ!」

 アリオスは既に開封したらしく、感嘆の声を漏らしている。初めて見るものに興味が湧くのは当然のことだ。

 「ほら、アリオスも開けたのだからあなたも早く開けなさい?」

 「わかったよ!少し黙っててくれ!」

 タイミングを見計らっていたのに催促されては取れるものも取れなくなる。主にタイミング。

 「......うし、開けるぞ」

 何故かは知らないが、周りの空気が張り詰めているような気がした。そんなに緊張することじゃないと思うのに。

 一つ一つ、ゆっくりと開けていき、最後の一袋を開けおえ──

 「──おお!見事にみんな同じだな!」

 中身はチョコレートで作った塊のようだった。しかし、見ず知らずの原料でここまで作れたのなら上出来な方だ。

 ──ん?待て、原料はなんなんだ?

 「ちょっと聞いてもいいか?」

 「続きを口にしたら叩き潰すわよ?」

 「いきなり物騒なこと言うんじゃねーよ!」

 どうやら触れてはいけないパンドラの箱らしい。気になるし、不安になるが、仕方なく触れないでおこう。

 「じゃ、じゃあこれだけ聞かせてくれ。......危ないものとか使ってないよね?」

 「それならアリオスに確かめるといいよー!」

 俺の話していた相手とは違うところから声をかけられて俺は目を白黒させた。見るとリリが満面の笑みでこちらを見ている。そしてアリオスの方を向いてから、

 「ねーアリオス、危ない感じのものとか入ってなかったでしょ?」

 「あぁ。俺が食った限りじゃあ、危ないもんは入ってなかったなぁ」

 「不安を煽るこというのやめてくれない!?」

 アリオスに毒を入れてなくても俺のには入れられてる可能性がある。

 

 ──まー、良心で作ってくれたものを無下にはできない。ここは何が入っていようとも完食して......

 「うまっ!なんじゃこれ!何使えばこんなに美味くなるんだ!?」

 「それは企業秘密よ。知りたければ来月にでも試行錯誤して発見することね」

 さらっとホワイトデーのお返しを要求されたような気がした。

 「んー?来月ー?なんで来月隼斗がお返ししなきゃいけないのー?」

 「ウミ、チョコを貰った男の人は今日から一ヶ月後の『ホワイトデー』という日にその気持ちの返事として渡さないといけないのよ」

 「ほえー!それなら楽しみにしてるなー!」

 またまた別の少女から声が発せられて目を白黒させながらも俺は渋々了解する。

 「はぁー......わかったよ。そのかわり、アリオスと一緒に作る許可を頂きたい所なのですが」

 「それは構わないわ。私だって......私たちだって一緒に作ったもの」

 私たち、と言い直したことに俺は歓喜の気持ちになり、表情に出かけたが、死にものぐるいでそれを抑止した。

 「そんなことよりも、私以外のも食べたらどうなの?」

 「ん?あぁ、わりぃ、普通に美味かったからな。うし、次は......ウミのか?」

 小包の口元の締めが緩いのはどこか緩いウミのものだろう。

 「うんー、そうだよー。......感想に期待」

 「ハードル上げないでもらえる!?」

 いきなり上げられてしまっては飛び越えれるものも飛び越えれない。

 「それじゃあ、いただきまーす......うおっ!これもうめぇ!」

 夜空のとはまた違った味がした。あれ?一緒に作ったんじゃなかったのか?

 その考えが顔に出てたのか、夜空がタイミングよく

 「一緒に作ったには作ったけど、私は途中までしか教えていないわよ」

 「つまり?」

 「最後にひと工夫しているってことよ」

 「なるほどー!......んで、ウミは何を入れたんだ?」

 「秘密に決まってるじゃーん」

 「なんでだよ!怖いわ!」

 夜空に次いでウミまでもが秘密と言ってきたものだ。何を入れられてるのか不安でならない。

 「あ、ありがとな......」

 「いえいえー」

 俺の動揺を察していないのか、何気ない感じで淡々と話してくる。

 ──まーこれが本来のウミだから咎める必要はないか。

 

 「ほら!早く私のも食べて食べてー!」

 「あたしのもあたしのもー!」

 「食べてもらえると嬉しいです」

 「はっ!早く食べたらどうなのよ?血の味が堪らないよー?」

 「えとぉ、早く食べてね?」

 四方八方からの言葉攻めに、俺は頭がくらくらしてきた。いつ倒れてもおかしくない状況だ。──ちょ、近い近い。

 「わかった!わかったから!一人ずつ丁寧に感想言ってやるからゆっくり食わせてくれ!」

 そう言った途端、周りは静寂に包まれる。闇にでも葬り去られたのかと不安になるほどに周りは静かになった。

 が、そんな静寂は一瞬で消え去る。

 「早く食べなさいよー!」

 リリが言い切ると、周りの少女も同意だと言わんばかりの目を俺に向けてくる。

 「......わかったよ、わかったから落ち着いてくれ!」

 しっちゃかめっちゃかのバレンタイン。


 さて、まずはリリのでも食べるかー。


 

 ○○○

 

 

 「──っふー......食ったー!食い終わったー!」

 「あら?苦痛だったのかしら?私たちの善意が?」

 「そんなことねーよ!こんだけの量貰える機会なんて早々ねーよ。けどな、逆にこんだけの量を今すぐ全部食えってのはちょっとどころかかなり酷だと思うんだけど!?美味かったから文句はないけど!」

 「それなら黙って美味しかったと言っておけばいいじゃない」

 「それは俺の道義に反する」

 きっぱりと言い切った。隠し事はなるべくしないように心がけてる。原因はローレルの一件でだ。

 カッコつけて言ったつもりだったが、夜空の反応は俺の期待したものとは全く異なるものだった。

 「......そ。それならそれでいいわ」

 突っぱなされたような感覚。一体何があったのだろうか?俺には分かりかねる。

 が、そんな鬱な気分のような表情は一瞬でいつもの人を馬鹿にするような目になって、

 「そんな当たり前のこと、まさかかっこいいだなんて思ってないわよね?」

 「思うわけ!......ある」

 「なんですってー?最後の方が聞こえませんよー?」

 いつもと違う口調になる夜空。明らかに馬鹿にしてる。

 「聞こえてるんだろ!?俺を虐めないでくれよ!」

 「まぁまぁ、お二人さん、そこらへんにしといてくれよなぁ」

 アリオスに柔らかな説教をもって、俺らの言い合いに終止符が打たれる。

 「それで、感想はどうなの!?」

 リリは期待と期待の目で俺を見ている。......期待しかないな。

 それは他の少女も同じのようだ。

 「そうだなー......まずはリリ。リリのはパンチがいい感じに効いてた!何入れたんだ?」

 「秘密ー!」

 「ちっ......んでー、ローレルの。ローレルのはちょっとしょっぱかった。でも、しょっぱ口の俺には丁度いいしょっぱさだった!何入れたんだ?」

 「それ褒めてるんかなー?まーええわ。ちなみに何入れたかは秘密やで?」

 「くそっ......んでーレナのだな。レナのは優しさに溢れる味だった。甘さで俺を包まれる感じがしたよ。何入れたんだ?」

 「それならよかった!もちろん、教えませんよ」

 「ちきしょう......えーと、シャイターンのはちょっと遠慮がちな味だったな。まーシャイターンっぽいと言えばそれまでだけど、次作る時はもっと堂々と作っていいと思うぞ?でも、あの微かな甘さが癖になった!何入れたんだ?」

 サリアには積極的なのに対し、俺たちには消極的だ。

 「え、えとぉ......秘密!」

 と言ったきり顔を逸らした。こんなにシャイだったっけ?

 「最後に......訂正、問題のサリアのだ」

 「何よその言い方!?」

 「当たり前だろ!なんで血の味するんだよ!?あれ嘘じゃなかったのかよ!?」

 「あったりまえよー!高貴な私が嘘をつくはずないじゃない」

 「こればかりは嘘であって欲しかった!ゲホッゲホッ......だめだ、完全に飲み込んじまった......」

 「安心なさい、純血にしておいたから」

 「そういう問題じゃねぇ!」

 本当に洒落にならない。例え純血であっても、元は他人の血。それ以前に、チョコに血入れるとかありえないんですけど!?怖いわ!

 「さぁ!聞きなさい!隠し味に何を入れたのか、と!私は素直に答えますわよ!」

 「言われなくてもわかるわ!」

 「うぅー!酷いよー!」

 わなわなと泣き始めるサリア。......段々と彼女の印象が変わりつつあるのは気のせいだろうか?

 「さー、早く言いなさい」

 「何をだよ!」

 イライラの収まらないまま声をかけられ、そのままの態度で返事をしてしまった。

 ──その相手が悪かった。

 「あら、いつから私にそんな態度取れるようになったのかしら?」

 「すみませんでしたー!」

 俺が夜空に逆らうと何をされるかわからない。最悪、命を......それはないか。

 「はぁ......誰のが一番美味しかったか、よ」

 「つまり?」

 「本当にあなたは物わかりの悪い人ね。誰のチョコが一番気に入ったか、ということよ」

 「あー!んーそうだなー......」

 腕を組み、しばらく黙考する。

 「まずサリアのは論外として......」

 「酷すぎるー!」

 さっきまで肩を揺らす程度の泣きだったのが俺の追い打ちによって盛大に声をあげながら泣き出した。

 その姿を目端に入れつつ、俺は再び黙考する。

 「んー......」

 「ちなみに、みんなというつまらない回答はなしよ」

 「辛い!辛すぎる!」

 「当たり前じゃない。そうじゃないと面白くないわ」

 「俺はおまえらのおもちゃか!」

 「戯言を並べる暇があるなら早く決めなさい」

 「わかったよ......よし、決めた」

 言った瞬間、この場の空気が張り詰めた。重たい。

 俺はこの重い空気を嫌い、さっさと答えをいうことにした。

 「......他の人にはわりぃが、今回は夜空のということで。やっぱり味も完璧だったし何故かは知らんが俺の口にドンピシャだった」

 夜空は以外だと言わんばかりの表情をし、他の少女たちは不満そうな表情を俺に向けている。

 が、その表情はほんの刹那のことだった。みんなの表情は納得のいったかのような笑顔だった。

 「くそー!やっぱり夜空ちゃんには勝てないかー!」

 「せやなー、さすが夜空や!」

 「さすがです、夜空さん」

 「なっ、この......私が......!?無念」

 「......」

 一人を除いて各々の気持ちを口にしていた。それは温かい表情で発せられた言葉だったことに胸をなで下ろす。最適解だったようだ。

 「ま、来年はもっと頑張ってくれたまえ」

 「あら?いつからそんな大口叩けるようになったのかしら?気分がいいからって調子に乗らないでくれるかしら?それよりも、来月に控えた『ホワイトデー』に意識を向けたらどう?」

 「っげ......アリオス、頑張ろうな」

 「おぅ!」

 さっきまで泣いていたサリアもすっかり泣き止み、いつもの彼女に戻ったようだ。それにしても、立ち直りの早い少女だ。

 

 そういえば、アリオスの講評はどうだったのだろうか?

 

 まーそれは後々聞けばいいか。

 

 今はこの和やかな空気を満喫しよう。

 

 来月に迫ったホワイトデーを頭の隅に追いやって、楽しげなみんなの表情を瞼に焼き付けておこう。

 

 数少ないこの世界での思い出。

 

 また一つ、そのページが埋まる。

 

 果てしなく続く物語の一ページ一ページを大切にしていこう。

 

 今日のバレンタインで一ページを使われたのなら、ホワイトデーでは二ページ、いや、三ページも埋まるほどのものにしようじゃないか。

 

 ──来月は本気出さないとな。

 

 固く決意した俺の周りは明るさで満ちていた。

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