第一話:魔物なんて楽勝だと思ったのに
異世界、それは魔法のある夢の世界。
異世界、それは胸踊るファンタジー。
異世界、それは輝かしい日々の始まり。
そう思ってたのに、
「どうしてこうなるんだーーっ!!」
「私に聞かれてもしらないですーっ!」
走っていた。
全力で。
アリから逃れるために。
以前虫が人間サイズになると人間は敵わないと聞いた時は鼻で笑ったが。
ごめんなさい。
只今、その恐怖を味わっています。
「はあ……はあ……お、お前、何とかしろよ、天使の神聖な力とかなんかあるだろ」
「な、なんですかそれ、そんなもの……はあ……ありませんよ」
くっそ、こいつ使えねー。
転生してすぐに死ぬとかありえねぇだろ。
俺のほのぼの異世界生活はどうなるんだよ。
…………異世界?
そうだよ、異世界じゃん。
ってことは——
「ど、どうしたんですか? 急に立ち止まって。危ないですよ、早く逃げ……」
俺はゆっくり立ち止まり、さっきまで背を向けていたアリに対峙した。
「大体こういう異世界ものは転生者は超強いってのがお決まりなんだよ」
「ちょっと待ってください、そんな訳……」
「そう思ったら体が軽くなった感じがする」
そう思い込んだ俺は巨大なアリ目掛けて渾身の右ストレートを叩き込む——
ガンッ……
鈍い音が響いた。
殴ったはずのアリは何事もなかったようにこちらを見据えている。
アリに睨まれた俺はご機嫌を取ろうと……
「……アリって意外とかわいいかな〜って……」
「ですよねえええええええ」
襲って来た。
それもさっきより速く。
「だからそんな訳ないって言ったじゃないですかーっ!」
「うるさいこのポンコツ天使! だったらお前がなんとかしろよ」
「できませーん!」
「できねーのかよ!」
「あ、町です、町が見えました」
「よしっ、すぐに逃げ込むぞ」
どれ位走っただろうか、ようやく町が見えて 来た、依然アリに追いかけられてはいるが。
どうやら俺たちは町の近くの森に送られていたらしい。
いい迷惑だ。
どうせなら町の中に送ってくれれば良かったのに。
「!?」
町の入り口に人影が見えた。
どうやら積荷から荷物を下ろしてるらしい。
「おい、おっさん! 危ないぞ! 町に逃げろ!」
俺はおっさんに注意を促した。
--が、逃げようとはしない。
何言ってんの? とでも言いたげな顔をして。
「ちょ、おっさん何してんだよ。早く町の中へ……」
焦る俺はおっさんの手を引いて町の中に入ろうとするが、
「待って下さい。もうジャイアントアントはもういませんから、落ち着いて下さい」
おっさんに諌められた。
「えっ。」
……本当だ。いない。
なんだったんだよ。まったく……。
「町の周りには結界が張ってあるので、大概のモンスターは入り込めないんですよ? そんなことも知らないんですか?」
不思議そうに尋ねてくるおっさん。
どうやら町の近くには魔物が寄ってこないようにしてるらしい。
「ああ、追いかけられて焦ってたもんだから忘れちゃってたよ」
これがこの世界の常識なのだから合わせてないとまずいことになりそうだ。
「またどうして森の中から?」
うっ、まさか異世界から転生した場所が悪くて……なんて言えないし。
えっと、ここは……
「いや、遠くからこの町を目指して旅に出たはいいんだけど迷ってたんだ」
適当に嘘をついておこう。
「そうですか。奇遇ですね。私もこの町に引っ越して来たところでして」
俺の嘘は意外にも上手くいったらしい。
俺たちは親切なおっさんに別れを告げ、町の中に繰り出した————
「おい、ここがどこかわかるか?」
俺はさっきから息切れしたのか黙り込んでいるアルネに尋ねた。
「この町は魔王の城から一番遠い町で、名前は確か『ファスト』だったかと……」
焦って町に入ったから外観はよく見れなかったが、石造りの町にレンガでできた家。
その中世のヨーロッパを思わせる光景に俺は胸を躍らせていた。
「異世界だ、本当に異世界だ。さっきの状況も充分異世界だったが、やっと実感がわいたよ」
興奮しながら呟く俺の目の前を馬車が通り過ぎていく。
「はあ、来ちゃったんですね……本当に」
対してアルネは残念そうに呟いた。
「おい、どうしたんだよ。そりぁさっきのはビビったけどこれからほのぼの異世界ライフが始まるんだ、元気出せよ」
「元気出せと言われても、ここには罰として来たんですよ。その罰が魔王討伐なんて私には無理ですよ……」
そう言えば魔王討伐なんて言われてたんだった。
もっとも、俺はそんな無謀なこと参加しないが。
ん、なんだこれ?
ビラ配りでもしていたのか、足元には同じチラシが散乱している。
「なになに……『勇敢なあなたへ、あなたも勇者となり共に魔王軍と戦う冒険者になりませんか? ——冒険者ギルド——』」
おおっ、この世界には冒険者ギルドが存在するのか。
やっぱりゲームの世界だな。
わくわくしてきた。
「おい行くぞアルネ、ギルド登録だ」
「あ、待って下さい」
さあ、異世界ライフのスタートだ。