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なんでもないです!


 この世界には、亜人、と呼ばれる種族がある。その定義は、生殖能力を持つ魔獣、と言うもので、かなり幅が広いいい加減なものだ。


『え、それじゃあドラゴンとかも……?』


「あぁそうだ。亜人、なんて言ってるが、人型の連中の方が少ない。実際、亜人の最たる例はドラゴン、その次が獣人だ」


 魔書から生みだされた魔獣が生殖能力を持つが故に一人歩きし、生態系に組み込まれてしまったのだ。これは、魔書期の割と早い段階で確認されている。


『それっていいの?  人間より強力な種が台頭しているのに、そんなの人間が許すとは思えないんだけど』


「強力な敵になり得なかったのさ」


 ドラゴンは基本的に地上最強生物という「設定」を持って生み出されたが、その数は人間に比べて明らかに少ないし、獣人は確かに人間よりも優れた身体機能を有してはいるが、始めから人間に友好的で、敵として認識されなかった。


「それに、その気になればどちらも人間はすぐに滅ぼせるしな」


 星七、星六の魔書契約者がゴロゴロいる人間の戦闘力は凄まじく、数の少ない亜人など、敵ではなかったのだ。


「亜人の二大巨頭と言われる二種族がこんな感じなんだ。他の種族なんかいてもいなくても大して変わりがないんだ」


「失礼なっ!」


 今ではドラゴンは龍棲地に、獣人は亜人特区にそれぞれ暮らしており、現在も人間と友好的な関係性を築いている。


「で、吸血鬼の話に戻るわけだが……」


『そうよ!  吸血鬼って血を吸うんでしょ?  危なくないの?』


「いや、それが全く」


  シンシアの心配そうな声を、サラリと受け流す。吸血鬼の特徴として、とにかく不利なハンディキャップが多いことが挙げられる。

 ニンニクがダメ、日光に弱い、十字架もダメ、聖水もダメ。なぜこれまで生き残ってこれたのか不思議なくらい弱点が多い。それでいて人間と大して変わらない身体能力。秀でているのは寿命くらいなものだ。


「しかも人間から血を吸う時に牙から分泌される特殊成分で、人間に快楽を与えることが出来てな。それを目当てに一時乱獲されて、監禁されてたりしたんだよ」


  依存性と悪性のほとんどない麻薬みたいなものだ。地方の貴族達が好んで吸血鬼を飼っていたという。


『け、結構酷いことしてるのね……』


「まあ、今では亜人保護法とかが出されて、亜人の人権も重視されているから、そんなのは滅多にないんだがな」


「はっ!  ぐ、愚民のくせに良く知ってるわね!  褒めてあげるわ!」


 また、


「でも、まだまだ説明不足よ……?  私達吸血鬼はとっても高貴な生き物なの。あなた達人間なんて、本来私達に触れることすら出来ないんだからねっ!」


 何故だかわからないが、吸血鬼は皆んな、ムダに偉そうなのである。どうやらこいつもその例に漏れないようで、ゴチャゴチャと良くわからない自慢話を並べ立てている。

 まあ、いいか。適当に聞き流しながら、外に出る準備をする。


「シンシア、こいつ見張っててくれ」


『いいけど、どこ行くの?』


 もちろん決まっている。


「一階で警察に通報してくる。こいつ、不法侵入者だから」


「ちょっと待ってよ!?」


 いきなりサシャ・エメラルドが飛びついてきた。


「なんでそんな酷いことするの!?  女の子が困っているのよ! 助けようとは思わないの!?」


「うるせぇ、困ってんのはこっちだ!  ったく、窓まで壊しやがって、ふざけんな。一体何のつもりだよ。あ、コラ、ズボンを引っ張るな!」


 これでは女子禁制の寮にオレが女の子を連れ込んでると思われるかもしれない。そうなれば退寮になってしまう。下手な誤解を受ける前に、正当な手続きを踏もうとするのは当然のことだ。


「やめて、本当にダメなの。警察だけは勘弁して、お願いよ!」


「あ!  やっぱお前怪しいぞ!  こんなグレーな奴の言うこと聞けるか!」


『サ、サクラ!  あんまり騒ぐとまたお隣さんに怒られるわよ!』


  オレのズボンにかじりついて離れないサシャ・エメラルドが、ここで思いついたと言わんばかりの表情で喚きだす。


「だ、だったら、あんたに連れ込まれたって証言してやる!  女の子、しかも亜人の子に乱暴しようとしたなんて噂が立って見なさい。困るのはあなたよ!」


「だから、そうならない為に……」


 ドスン、と今度はオレの部屋の扉から大きな音がした。


「うるせぇって言ってるだろ!  何してんだ!」


 あまりの騒音に隣の住人が出てきたのだ。これはまずい。サシャ・エメラルドがニヤリと笑って、


「あぁ! この部屋の男に襲わ……!」


 叫び出したのを、両手で抑えて、何とかとどめる。


「ご、ごめんなさい!  なんでもないです!」


何とか返事をする。


「静かにしろよ!  ったく!」


  それだけで部屋に戻ってはくれたようだ。だが、この様子だと次はない。


「わかった。警察には行かない。だから静かにしろ、な?」


 口をふさいだまま、オレの提案を受け入れさせる。


「けほ、けほ!  くう、愚民のくせに……」


「だから何で偉そうなんだよ」


 全身に嫌な汗をかいていた。何故風呂の後にこんな目にあわねばならんのだ。


『で、これからどうするのよ……』


 シンシアの疲れ切った呟きが、現状の悲惨さをよく表していた。

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