ひれ伏しなさい
「シンシア、帰ったぞー」
部屋に戻ると灯りはついておらず、暗いままだった。
「あれ、 まだ寝てんのかな」
それは一向に構わないのだが、灯りくらいはつけていて欲しい。手に持った新しいリュックをおいて、灯りを点けようとすると、いい風が長風呂で熱く火照った身体冷ましてくれる。
「ん? 風?」
セレンと食事に行く前に、きちんと戸締まりはしたはずだ。不審に思って部屋の奥を見ると、ゆらゆらとカーテンがたなびいていた。
「あれ?」
そこで気がついた。誰もいないはずのベットの上、シーツが不自然に盛り上がっている。まるで、そこに誰かがくるまって眠っているような……
その時、一際強い風が吹いて、カーテンを大きく膨らませた。同時に目に入ってきたのは、開けられた、のではなく、割れたガラス窓。人一人が飛び込んできたかのようなそれは、よく見ると小さなガラスの破片をいくつも床に落としている。
「……」
何かいるのか? いや、いたのか? 何よりまず怪しいのは盛り上がったシーツ。
そっと近づいて、シーツに手をかける。怯えていても何も始まらない。せぇので一気にシーツをまくった。するとそこには、一人の女の子がいた
「……なっ!? え?」
白いシャツに黒いネクタイ。赤と黒のチェックのスカートと黒のストッキング。セミロングの金髪を一房、縦に編み込んだ髪型だ。綺麗な顔立ちのその少女は、ほほにつ、と流れた涙の跡を残していた。
「これは、いや、うん?」
頭の整理が追いつかない。何故、オレの部屋のベットで見ず知らずの少女が眠っているのか。この少女は何者なのか。
『ん……サクラ帰ってきてたの? ってなんで部屋暗いまま……』
そして最悪のタイミングで目を覚ますオレの精霊。
「あれ、ここ、どこ……?」
さらに謎の少女までもが目を覚ました。 パチリ、と小さな音がして、シンシアが灯したのであろう、部屋の灯りが、オレ達三人を照らす。
「……え」
「……え」
『……え』
三人が三人、同じ言葉を発して固まる。まだまだオレの頭は状況に追いつかない。シンシアも覚醒仕切っていないようで、とろんとした瞳でオレ達を見回す。そんな中、一番最初に声を発したのが、
「やめて、ひどいことしないで、ごめんなさい!」
謎の少女だった。この叫びでシンシアの目にも意識がともる。
『ちょっとサクラ! その子になにしたのよ! ていうか誰よ!』
「なんもしてねぇ! オレが聞きたいわ!」
二人で混乱し、怒鳴り散らす。
「おい! うるせぇぞ!」
すると、隣の部屋の住人が、怒りと共に壁を叩いてきた。
「あ、すみません!」
反射で謝る。入寮早々、色々と立場の危ういオレだが、おかけで状況を理解した。おそらくこの謎の少女は、お互い見ず知らずの他人。それが何かの拍子に窓からオレの部屋に入り込んだのだろう。
「いや、まて。窓、窓から……?」
ここ三階だぞ。
『いいから誰よ、この女は!』
部屋にいたお前が知らないのにオレが知るわけがない。頭はだいぶ冴えてきたが、わからないことばかりだ。オレとシンシアが不毛な言い合いをしていると、
「わ、我が名はっ!」
打って変わって少女が叫ぶように話しだした。
「我が名はサシャ・エメラルド! わたしは誇り高き吸血鬼族の末裔よ! 愚民ども、そこにひれ伏しなさい!」
「きゅ、吸血鬼?」
なるほど、確かによく見ると、彼女のその整った口の端から尖った牙が、そして背中からは小さい黒い羽が生えていた。眠っている時にはわからなかったが、最初から着ていたのであろう、黒いマントをバサリとひるがえし、堂々たる姿でベットの上に仁王立ちしている。
「ふむ、なるほど」
おかけで頭が完全に回ってきた。
「シンシア」
『な、なによ!』
「落ち着いて聞け。こいつはおそらく窓から入りこんできた侵入者で、オレには何のつながりもない」
『ん……? そ、そうみたいね』
シンシアはカーテンのその周りに散乱しているガラス片を見て納得する。
「ちょ、ちょっと! 高貴なる私の言葉が聞こえなかったの! 今すぐひれ伏しなさ……」
「うっせぇ、弱者種族が。ふんじばって好事家に売り飛ばしてやろうか」
「ひっ!!」
オレの言葉に吸血鬼、サシャ・エメラルドが悲鳴をあげる。
『あの、サクラ、これはいったいどういう……』
「あぁ、こいつは亜人だ。その中でも、特別能力の低い、な」
能力が低いって言うな、とサシャ・エメラルドは小声で反論した。




