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音量を抑えて


 寮の食事はけっこう美味い。そこそこ量もあるし、栄養価もよく考えられてる献立で、育ち盛りの学生達にはかなり有難い仕様になっている。これまで一人暮らしだったオレは、毎日自炊をしていたわけだが、このクオリティの料理が自炊するより安い値段で出てくるので、正直やってられない気持ちになったほどだ。


「本当だ。けっこう美味しい」


 オレと卓をはさんで向かい合っているセレンの表情がほころぶ。


「だろ?  オレも昨日食べてびっくりしたんだ」


 昨日は一人での夕食だったが、今日はセレンが一緒だった。彼は寮生ではないのだが、きちんとお金を払えば寮生でなくても食事を食べられる。

 今日、昼の講義の時にセレンに寮のことを聞かれ、食事がかなりコスパが高いという話をしたら、是非食べてみたいと言い出したので連れてきていた。


「けど、ここの生徒もいまいち器が小さいなぁ。サクラがシンシアさんとイチャついてるのなんて、今に始まった話じゃないと思うけど」


「色々言いたいことはあるが、まず音量を抑えてくれ」


 周りの寮生たちから厳しい視線を向けられる。


「あ、そうそうサクラ。今住人がいなくなった家とかから、物を盗み出す事件ご多発してるんだけど、サクラじゃないよね?」


「だから音量を抑えて」


 確かにオレは犯人ではないが、いらん疑惑を広められてはたまらない。


「リーさんにも言われたけど違うよ。オレはそんなことしない。それに、他人の物を使ってたらアシがついちゃうだろ。売るにしても同じだし。きちんとした売買ルートが確保できてないのに、そんなことするわけないだろ」


「いや、だからその姑息さが怪しまれる所以なんだって」


 苦笑いしながらスープを飲むセレンは、もう三人前は平らげてる。小柄で細身な外見からは想像できないが、彼はかなりの大食漢だ。


「それにしても、みんな意外と普通だね。事件の犯人が自分達と同じ学生だったって言うのに」


 ガヤガヤと食事を楽しむ他の寮生を見回しながらセレンは呟く。タニア・クラインのことを言っているのだろう。


「まあ、皇立図書士官学校出身の犯罪者って実はけっこういるからな」


 天才は時として世界から逸脱することがある。そのいい例だ。


「彼女どうなるんだろ。実刑は確実だろうけど」


 オレは考えてみる。あの普段目立たなかった黒髪の少女は、まだ目を覚ましていない。会長の一撃がそれほど強力だった、と言うわけではないだろう。原因不明の昏睡状態なのだ。明らかに様子がおかしかったタニア・クラインを思い出す。

 つられて、残された二人の姉妹のことも。心優しいマリア先輩は、キツいばかりだったヘロディア・ローレンツは。今何を思い、何をしているのだろう。


「ま、そのへんは警察とか図書士とかの仕事だろ」


 もうオレ達がどうこうする段階ではなくなっている。頭を振って彼女たちを追い出す。事件は終わったのだ。


「セレン、これからどうする?  風呂入っていくか?  大浴場もなかなかのもんだぞ」


 軽く二十人は一度に浸かれそうな湯船は、非常に開放感があって気に入っている。部屋に小さなシャワーもついているが、大浴場に一度入った後だとなかなか使う気になれない。


「いや、着替えとか持ってきてないし、今日は帰るよ。あ、おばちゃん、ご飯お代わり!」


「まだ食べるのか」


「安いから食いだめしておこうと思って」


 結局セレンは四人前の夕食を食べ尽くした後、自身の家に帰っていった。なんでも、この時間から依頼があるそうだ。火焔兎討伐作戦でイマイチ成績をかせげなかったらしい彼のチームは、今がかきいれ時なのだろう。


「さて、じゃあ風呂にいくか」


 一人つぶやいて、七階、最上階の大浴場に向かう。これまでならオレのこんな独り言も、シンシアが返事をしてくれて完全な独り言にはならなかったのだが、今は本当に一人だ。本来なら当たり前のことを久しぶりに体験して、懐かしさと少しの寂しさを覚える。


「お、ラッキー」


 大浴場はほとんど貸切状態だった。ポツポツと他の利用者もいたが、皆洗い場で身体や頭を洗っていて、誰も湯船に浸かっていない。

 おそらく他のチームも様々な依頼で遅くまで仕事をしているのだろう。有難い話だ。おかげでオレはかなり悠々と風呂に浸かることができる。シンシアのためにも、なるべく早く次の部屋を探す気でいたが、これは気が変わってしまいそうだ。

 安くて美味い飯にでかい風呂。この街にやってきて以来、いや、オレの人生の中で一番贅沢をしているのではないだろうか。身体と頭を洗った後、一人湯船に浸かりながら、時を忘れてそんなことをつらつら考えていた。

 少しずつ利用者も増えてくるようになったタイミングで風呂から上がることにする。脱衣室にあった時計を見上げると、時刻は十一時三十分。かれこれ三時間近くも一人で入っていたことになるのか。ただ、これは別に珍しいことではない。昔から長風呂が好きで、たまにこうしてじっくり入ることがある。疲れもストレスも溶けていくように取れて、いい気分だった。ますますもう部屋探しをしなくていいのではと言う気持ちになる。

 実にサッパリした気持ちで自室に帰った。

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