過大評価しすぎよ!
「何ですか、それ!」
リーさんは朝からお怒りだった。初めは昨日オレが講義をサボり倒したことへの怒りだったが、現在はオレ以外の男子寮生達に怒りを向けている。窓の外はあいにくの雨模様だったが、リーさんの怒りを鎮めるまでには至らない。
「そんな勝手な言い分、先輩はいいんですか!?」
「いやぁ、良くはないんだけど……」
チーム299の部屋には、いつもの三人が集まっていた。街の復興の手伝いの依頼で、他のチームが飛び回っている中、相変わらずオレ達に仕事はきていない。どうもオレがじゃろ先輩を泣かせた話が悪い形で広まっているようで、せっかく火焔兎討伐でそこそこの働きをしたというのに、むしろ評判は悪くなっていた。
「部屋の中まで制約があるわけではないし、実際、あそこは寝に帰ってるだけみたいなものだから」
昨日の夜シンシアと二人で相談して決めたことだ。食事、風呂、睡眠以外では極力寮の施設を頼らない。
「むぅ。先輩がそう言うなら……、けど、シンシアさんはいいんですか?」
『まあ仕方ないわね』
特大のプリンのカップを抱えているシンシアは結構機嫌がいい。一応は不便を強いてしまっているため、彼女のささやかな要望を聞いた結果だ。
『元はといえば、学校の厚意で住まわしてもらってるんだし、あんまり贅沢は言えないわ』
「そうですか。でも困ったことや、嫌なことがあればすぐにおっしゃって下さいね。何か力になれるかもしれませんから」
「ああ、そうするよ」
申し出は有難く受ける。
「はい。では、少し早いですが解散しましょうか。依頼もこなさそうですし……」
まだ夕方だったが、それがいいだろう。
「はぁ、本当は今結構特需のはずなのになぁ。どうしてこんなに依頼がこないんだろ」
どうもリーさんは真剣に悩んでいるようだ。それはひとえにオレとオーガスト先輩の評判が悪いからなので、悩んだところでどうしようもないのだが。
『いや、あなたは悩みなさいよ、少しは』
「じゃあお先」
オーガスト先輩が読んでいた本を閉じて立ち上がる。一番初めにこの部屋に来ていた彼女だが、とうとう一言も喋らなかった。一体なにをそこまで真剣に読んでいるのだろう。
「あと、リー。いくら依頼がこないからって、すぐ公課題に手ぇ出しちゃダメだからね。前回達成できたのはたまたまなんだから」
「いや、でもそれだと成績が……」
「目先の利益に飛びつくなって言ってんの。依頼がこないのはあんたのせいじゃない。私とミナセのせいなんだから」
「少しは申し訳なさそうにして下さいよ」
依頼がこない原因である当事者二人がこの様子だと、リーさんの悩み事はしばらく続きそうだ。
「んじゃ、シンシア、オレ達も帰るか」
『そうね』
帰る、と言っても寮ではなく近くの図書館に寄って時間を潰してからなのだが。
「あ、そうだ先輩!」
先に出て行ったはずのリーさんが、ひょっこり扉から顔を出す。
「今、先日の騒ぎで燃えたり、壊れたりして無人になった家屋から物を盗みだす人がいるらしいです。先輩も何か持っておきたい物とかを置きっぱなしにしているなら、早めに回収しておいた方が良いですよ!」
「へぇ」
なんだかこの街の犯罪者にしては随分スケールが小さいな。何故だか不思議と親近感が湧いてくる。
「うん、でもオレの部屋、完全に全焼してるからな。使えそうな物なんて何もないと思う」
「そうですか? なら良いんですけど……」
話はもう終わったはずだが、リーさんはオレから目を離さない。眉根を寄せて、何やら意味ありげな視線を向けてくる。
「……もしかして、オレが犯人だと疑ってる?」
「……はい、正直やりかねないと思ってます」
なんと言うことだ。あまりオーガスト先輩には信用されてないとは思っていたが、まさかリーさんにもここまで安く見られていたとは。流石にヘコむし、何より不味いと思う。
『ちょっとリーさん!』
なんと返事したものかと考えあぐねていると、シンシアがリーさんに反撃してくれるようだ。
『それはサクラのことを過大評価しすぎよ!』
と思ったのだが、決してそんなことはなかった。
『サクラは見ず知らずの隣の席の人に、筆記用具を貸してもらうことさえ出来ないヘタレよ! そんな、人様の物を盗むなんてこと出来っこないわ!』
リーさんも、シンシアの言い分を聞き、ハッとしたような顔をしてから、自身の発言を訂正する。
「そ、そう言えばそうですね。シンシアさんのおっしゃる光景が容易に想像できます! すみません先輩、私失礼なことを……」
「いや、どっちにしろ失礼だから」
あと、シンシアもなんてことを言ってんだ。それではまた明日と、リーさんと別れた後、シンシアを指でしばいてから帰る。少しでもシンシアの不便を減らしてやろうと考えて図書館に寄るつもりだったが、ムカついたので寮に直帰することにした。




