どうすれば?
「それでは、僕は上の444号室ですので、何かあれば」
暗殺者らしい部屋番号を告げてジークは帰っていった。二人で荷物を部屋に運び込む間、じゃろ先輩の奇行トークで大いに盛り上がった。彼、というかじゃろ先輩のおかげで今後の先行きがかなり明るくなったと言える。
軽くなった気持ちをそのままに、シンシアをつれて夕食までの間、寮内を見学したりした。その中で嬉しい発見が一つあり、それが大浴場とオレの部屋との距離がシンシアの強制回帰が発動しないギリギリの範囲であったことだ。これでシンシアを部屋に残して、オレ一人で大浴場に行ける。流石にシンシアを連れたまま他の寮生も利用する風呂場には行けないからな。
どうした、出だしこそ最悪だったが、オレの寮生活なかなか順風満帆じゃないか。寮といえど、そこそこプライベートは確保できるし、それほどまで馬鹿にしたものでは無いかもしれない。
そう思っていた矢先、いきなり問題が起こった。
「ミナセ君は、寮に住めないかもしれない」
シンシアと夕食を食べに行こうとしていると、会計がやってきて突然言い放った。
「え? ど、どういうことですか!」
寮生活始まって二日目の非情な宣告に、オレとシンシアは狼狽える。いつまでも体調が悪いでは誤魔化しきれないので、今回はシンシアも一緒に会計の話を聞いていた。
「なんでですか、いきなり、困りますよ!」
不幸中の幸い、今日一日でしっかりと生活の基盤が手に入れられたのだ。それを再び奪われてはたまらない。
「なんというか、非常に言いにくいのだが……」
チラリとシンシアを横目で見てから、会計は言い辛そうに話し出した。その内容を簡潔にまとめると、こういうことだ。
女子禁制の男子寮内で、何故ミナセ・サクラは女子と同棲しているのか、である。
「はぁ!?」
思わず声を上げてしまった。
「同棲って、いや、別にこれは魔書契約で……そもそも! シンシアは精霊ですよ!?」
「いや、全く持って、その通りなんだけどね」
曰く、今日割と早い段階で生徒会に意見が来たらしい。女子禁制の寮内でミナセ・サクラが美少女精霊を嬉しげに連れ回している、と。
「完全に妬み、僻みの類だし、君の特別な事情もある。もちろん退寮にしたりなどしないんだけど、その、わかるだろ。君も同じ士官学校生なら、彼らの言いたいことも」
なるほど、わかる。これまでの描写だと、オレは士官学校生らしからぬダラけた学生生活を送っているように思えるかもしれないが、それは、オレが特別落ちこぼれているからであって、普通はそうではない。
他の学生達は、朝から晩まで、その貴重な青春時代を全て捧げて、厳しい訓練や座学に励んでいる。毎年、少なくない数の生徒達が、その厳しさに、辛さに耐え兼ねて、学校を後にしているのだ。
さらに、男子寮は街の南端、女子寮は北端にあることからもわかるように、男女交際は学校から固く禁止されている。もう、まさしく青春の楽しみ全てを捧げていると言っても過言ではない。
そんな彼らの前に、精霊とは言え、シンシアのような少女と楽しくおしゃべりしながら歩いている人間を見た彼らがどう思うか。
ミスコンやファンクラブなどで爆発する彼らのエネルギーは凄まじい。それをオレが一身で受け止めることになってしまう。
「なるほど、でもどうすれば?」
『そ、そうよ! 私達、何も悪いことしてないわ!』
「自重してくれ」
苦しそうに会計は言った。オレに対してではない。シンシアにだ。
「出来るだけ寮内の公共スペースでは出てこないでくれ。食堂、談話室はもちろん、廊下や階段でも」
自他共に認めるフェミニストであるトーマス・バッシュロは、本当に心苦しそつだった。つまり、この寮内において、シンシアの自由はほぼないも告げているのだ。
「今は少し声が上がっただけで済んでいるが、もしかしすると、本当にミナセ君が退寮しないといけないことになるかもしれない」
シンシアと二人で黙りこくってしまった。




