なかなか不便すね
レーゼツァイセンの街全体を巻き込んだ大騒動から二日。少しずつ街は落ち着きを取り戻しつつあった。火焔兎や焔狼との戦闘によって街の様々な場所や建物に被害が出ていたが、それらに対する補償や賠償も速やかに行われ、住民たちは何もかもこれまで通りとはいかないまでも、普通の生活を送ることが出来ていた。
警察官、マックス・ボールドは、夜の見回りを行なっている最中だった。レーゼツァイセンは図書士官学校や、複数ある図書館に勤務する優秀な図書士たちの存在によって、安心と安全が確約されている。だが、それでも学生が街の人口のほとんどを占める特殊な場所ゆえに、度々ボールドのような警察官が必要になることがあった。
現在は先日の事件によって倒壊、損傷した建物から持ち主の物品が盗まれるという嘆かわしい事件が頻発しており、目下その犯人逮捕が彼らの使命だった。その中でも特に被害の多い街の南側は、今日の見回りの対象である。
「くあ。眠い。もうこんな時間か」
時計の針が指し示すのは十一の数字。もちろん午後である。この皇国の警察署は、図書士への絶大な信頼ゆえに、少々人手不足なことが多かった。彼の勤める署も例にもれない。おかげで早番からずっと仕事のし通しである。
懐中電灯を左右に振って周囲を確認する。出店や露店の出ている大通りから少し入ったこのあたりは、灯りが少ない。
「っ!?」
その時、突然視界の隅で何かが動いた。暗くてよく見えないが、人影のように思えた。
「誰か、そこにいるのか?」
声をかけてみる。そこにいるのが善良な一般市民ならば別に問題はないのだ。
「誰か、そこにいるのか? おい!」
もう一度同じ言葉を繰り返す。ただ少しだけ警戒を上乗せした。ゆっくりと右手で拳銃のホルスターに手をかける。
「出てきなさい! 不審な行動をすれば撃つぞ!」
左手で懐中電灯を、右手で拳銃をしっかり構える。
「!?」
何かが反射してキラリと光った。目ではない。あれは……牙?
そこでボールドの意識は突然途絶えた。
「それじゃ、ここがミナセ君の部屋だよ」
チームのみんなと軽い祝勝会の後、オレは会計トーマス・バッシュロに連れられて男子寮にきていた。
「朝食は朝七時から一時間、夕食は夜六時半から九時まで。大浴場は夜六時から日付が変わるまでだから気をつけてね」
三階の、一番端の部屋だった。カギを受け取って扉を開ける。中には机とベッド、あとは手前にトイレと小さなシャワールームがあり、なかなか豪華だった。
「あと、そのカギは貴重品しまう用の金庫のカギにもなってるから、失くさないようにね」
「うす。了解しました」
巨大な焔狼の攻撃で住む場所を無くしたオレだが、学校側の厚意により、学生寮を貸してもらえるようになっていた。
「門限とかってあります?」
「あぁ、一応夕食の時間が終わるまでには帰ってくることになってる。もし、課題とかで帰れない場合も、事前に連絡が必要だよ」
「はぁ、なかなか不便すね」
「まあ、いずれ慣れるさ。僕は下の階の206号室だから、何かわからないことがあったら聞きにきてくれ。それじゃあ、お疲れ様」
慣れるまでここにいたくはないなと、心の隅で考えるが、入学以来ずっと寮生活だと言う会計の前でわざわざ口にすることではない。
「はい、お疲れ様でした」
手を振って会計が近くの階段を降りていった。書動リフトはない。五階とか六階とかにあたらなくて本当に良かった。
「あぁ、疲れた」
一も二もなくベッドに倒れふす。新品のシーツの柔らかな香りが心地よかった。
『お疲れ様。あなたにしては、まあ、頑張ったわよね』
珍しくシンシアが労ってくれた。それだけハードな一日だったと言うことだ。
「ふぅ、明日休んじまおうかな」
これだけの大騒動があった翌日だというのに、明日から通常通りの講義があった。さらに、自宅にあったノートや、教科書、資料の類いはほとんどが灰となって消えた。新学期始まって割とすぐだったためにそれほど蓄積はないのだが、それでも全て無くなってしまったのは辛い。今後の事を考えると、一層頭が痛くなる。
「くっそ。シンシア、オレもう寝るから。起きるまで起こさないでくれ」
『リーさんに怒られるわよ?』
「別に、リーさんも少しくらいは大目に……見て……」
そこからの記憶はない。泥に埋もれるような感覚で眠りについた。




