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聴くが良い


「えー、それでは、ひとまず、火焔兎討伐作戦終了ということで、皆さんお疲れ様でした!」


「うぇーい」


  いつものチーム299の個室で明るく音頭をとってくれるのはリーさんだ。学校から配られたジュースの入った紙コップを、遠慮がちに掲げる。


「あー、疲れた」


「ほんとにね」


 オレとオーガスト先輩は机に突っ伏す。窓から見えるのは夜の街並みだ。夕陽が西に彼方に沈んでいったのは、もう何時間も前の話である。


「お二人は遅くまで事情聴取、お疲れ様でした。何を聞かれたのか、とかは教えられないんでしたっけ?」


「一応ね」


  あれから協会の人や、警察がやってきてタニア・クラインを拘束した。現場にいたオレ達は、そこからつい先程までたっぷり数時間、様々な形で事情聴取されていた。


「普通、病院で身体検査とかが先だろ。なんでいきなり質問責めなんだよ」


「一応、士官候補生だからじゃない?  普通はありえないけどね」


 別に、決して手荒に扱われたとか、攻撃的な質問をされたとか言うわけではないのだが、いくらなんでも配慮が足りないと思う。


『でも良かったじゃない。今日のうちに何もかも終わって。後に残しても仕方ないわ』


「お前は寝てたからそういうことが言えるんだよ」


 机の上に広げられたお菓子や果物を食べながら、シンシアは言う。これらは全て、街の人からのお礼の差し入れだ。おかげでこうして、ささやかながら、部屋で祝勝会じみたことが出来ている。


「しかし、まだこれからも色々と大変ですよね。戦闘で壊されたり、燃えたりした建物もたくさんありますし、完全復興には半年くらいかかるそうですよ」


  レーゼツァイセンは大きな災害などからも無縁の街だ。だから今回の事件は街始まって以来の大損害だと言える。

 机に突っ伏したまま頭をあげると、そこにはその損害の三分の一の責任者が、アップルパイを美味しそうに頬張っていた。


『ほう、これもなかなか。む、なんじゃお主。その物欲しそうな顔は。あっ!  このアップルパイならやらぬぞ!  他をあたることじゃな。い、いや、待て。もしや口移しを所望しておるのか!?  そ、そんなこんな皆がおる前でそれは……妾にも心の準備というものが……』


「頭茹だってんのか、あんたは」


  突然訳わからないことを言い出したじゃろ先輩を見つめる。この人が破壊した建物は、海底都市が優先的に復興や、修理をしてくれるそうだ。だが、オレが借りていた集合家屋は、その範疇に入らない。少なくとも半年はかかるそうだ。

 どうにも悲しくなって、オレは席を立った。やはり、家を失うというのはなかなかショックがでかい。


「おや、先輩、どちらへ?」


「ちょっと夜風に当たってくる。シンシア! あんま食い過ぎるなよ」


『わかってる』


  次から次へとお菓子に手を出すシンシアが、何をわかっているのかはわからない。廊下にはポツポツと広めの間隔を置いて灯りがついていた。星明かりも月明かりもないこの街には、少し暗すぎるくらいだ。

 そっと窓を開けてみる。眼下には、既に復興が始まっている街並みが広がる。たくさんの灯りの下で、たくさんの人たちが忙しなく行き来していた。その中に混じって、きっと今日の兎討伐作戦で駆け回った生徒達もいるだろう。


「ミナセ」


 背後から声をかけられた。振り返ると、小ぶりな林檎を二つ手に持ったオーガスト先輩がいた。


「食べなよ。これ、戦闘のせいで収穫前に落ちちゃったやつだってさ」


  林檎が一つ、大きな弧を描いて届けられる。それを両手でキャッチした。手に持った林檎を見ると、確かに、小さな傷がついていた。


「リーが気にしてたよ。あんたが随分元気ないからさ。あんま後輩にまで心配かけさせるもんじゃないよ」


「すみません」


 じゃろ先輩もシンシアも、かなり気にかけてくれている。机の上に一つだけあったメロンパンに、あの二人が手をつけていないのが良い証拠だった。


「でも、今はだいぶ落ち着いてますよ。今日寝る場所も決まりましたし」


 今日の事件で住む場所を失ったのは何もオレだけではない。その全員が新居のめどがつくまで学生寮の空き部屋を使っていいことになっていた。

  傷のついてない側から林檎を齧る。熟しきっていない林檎は、まだ少し渋さがあった


「ねぇ」


「なんすか」


 オレの 横に並んだオーガスト先輩は、手に持った林檎を、一度窓枠においた。そして、またすぐそれを手に取る。決して口にしようとはしない。


「今言うことじゃないかもしれないけどさ、言いたいから言うよ」


「はい」


「私のノート、守ってくれてありがとね」


  先輩は、また林檎を窓枠におく。


「最後、兎に襲われた時、あんた自分の本と乙姫の原本、それと私のノートを持ってたわけでしょ。それを、身体張って守ってくれた」


「ま、まあ約束ですから」


「でもさ」


  もう一度、彼女は林檎を手にとった。


「考えちゃうんだ。もし、もし、あの時あんたが持ってたのが、あたしのノートだけだったらって。あんたはああして守ってくれたのかなって」


「……」


「別に、勘違いして欲しくないのは、あんたがどうしようと、それを責めるつもりはないの。確かに、どんな歴史的価値のある本でも、命の方が大事だし、そ、その、あんたは私の後輩だし。むしろ、当たり前みたいに自分を盾にしたことは、嬉しい反面、怒ってたりするんだよ?」


  ごめん、訳わかんないね、と先輩は小さく呟く。だが、オレにはわかる。彼女は、価値の話をしているのだ。

  世界中の誰からみても価値のある名著の原本。世界中のごく一部の人にとってしか価値のないオレの命。そして、世界中で、オーガスト先輩にとってしか価値のないノート。

釣り合うはずのない天秤を、無理やり主観で釣り合わせて、その歪さに震えている。

  そして何より、彼女は、彼女にとってしか価値のないはずの己の作品にすら、意味を見出せないでいるのだ。


「多分、ですけど」


 オレはそっと、彼女の手のひらの中にある林檎を取った。ガシリとその林檎に歯を突き立てる。


「オレは価値、なんて不確かなものを守るために、盾になったんじゃないですよ」


「じゃあ……なんで……?」


  決まっている。


「大切だと思ったから。自分の命を張ってでも、守りたいと思ったから、背負ったんです。そこに名著もノートも関係ありませんよ」


  あなたが心を込めて書いたノートは、あなたの心そのものだから。

  先輩からもらった二つの林檎は、もうどちらもオレの歯形のついた、オレにしか食べられないものになっていた。


「帰りましょうか。あんまり遅いと、リーさんが心配します」


  二つの林檎を手に持って、オーガスト先輩を促す。


「……先帰ってて」


「……続き、楽しみにしてますよ」


「うっさい、ばか」


  泣いているのか、笑っているのか、声だけでは判断できなかった。








『おー、やっと帰ってきおったか。何処にいっておったのじゃ!』


  部屋に戻ると、机や椅子の位置が変化していた。一つの机を囲むように椅子が並べられている。


「何やってんすか」


『ふむ、お主が去年の妾のぱふぉーまんすを見ておらんかった言い出したからのう。ここで一つ、同じものをしてやろうと思ったのじゃ』


「なるほど、それで」


  中央の机に、じゃろ先輩が土足で上がる。


「昨年のミスコンのグランプリをとったパフォーマンス!  楽しみです!  先輩も早く座って下さい。てあれ?  オーガスト先輩は?」


 リーさんも座ってスタンバイしている。本当に楽しみなようだ。


「まだ外にいるよ。すぐ帰ってくるだろ」


『おかしいわね、あなたを呼びにいったはずなのに。何かしたの?』


  別にオレは何もしていない。シンシアが少しそわそわしていた。じゃろ先輩とシンシア。互いにいがみ合うことが多い二人だが、一つだけ、両者が認め合う特技があった。


『外と言ってもすぐそこじゃろう。ならば構わん。聴こえる声で歌ってやれば良い』


 そう、歌だ。歌だけは、二人の精霊を素直にさせる。


『では、こほん。去年のみすこんで妾が披露した歌、今一度、特別に届けよう。聴くが良い』


  そう前置きしてじゃろ先輩は歌い始めた。

その声は澄み渡った空を連想させるほど美しく、部屋の中、オレたち聴く者の心に響いた。


「ほ、本当にすごい……!  何て綺麗な声!!」


「普段からは想像できないだろ?」


『ちょっと二人とも、シッ!  静かに』


  あのシンシアが、そっとオレ達をたしなめる。空気を震わせる、と言うより染み渡っていくような歌声は、どこまでも届いていきそうだった。

 眼を閉じて、優しい歌声に心身を委ねる。眠ってしまいそうでも、頭は冴えているようだった。

  ふと考える。この美しい歌声を聴いて、あの人はどんな物語を連想し、組み上げていくのだろうか。あのめちゃくちゃなストーリーの続きが、今から楽しみだった。



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