美少女精霊の聖水でうがいか
「儂の講義に平然と遅れてくるとは、そんなに便所掃除がしたいのか?」
「先生は今日も若々しくて素敵だなぁ」
『あなたたち会話しなさいよ』
書史学講師、アレックス・コーエン先生はやはりお怒りだった。
見た目は二十代前半で、赤いボサボサ頭、眼鏡に白衣すがたなので、どこか医者のようにみえる。
「ん? 精霊がいるということは、あの魚屋の棚に並べられてそうな目をした生徒も遅刻か。どこにいるんだ。でてこい」
しょうもない呼び方しやがって、出ていけるものなら出ていってるよ。
「外で吐いてます」
オレは、走り始めの五分くらいで体力をつかいきり、死ぬ思いでここまできている。対して、セレンは非常に小柄で、よく女の子に間違われてしまうそうだが、流石は図書士候補、二十分以上全力に近い速度で走っていたのに、息ひとつあがっていない。
『ちょっと! 情けないし、汚い! ほら、これお水!』
シンシアはこういう時優しい。
「うう、すまん……」
カツッと、硬い軍靴の音が側で響く。
「美少女精霊の聖水でうがいか。失神顔のくせにいいご身分だな。おまけに、儂の講義に十五分も遅れているぞ」
口の中を洗い流してから、のどを潤す。おかげで生き返った。
「うがいしてるだけだろ。いかがわしくすんな。あと遅刻についてはすんませんでした」
「ふん。とっとと座れ。あと遅れた生徒は講義後儂の研究室にこい」
小声でセレンに謝りつつ、頭をさげる。ニコニコしながら、気にしてないよと手を振ってくれる。ほんとに天使じゃないのか、あの子は。
カツカツと軍靴を鳴らして、コーエン先生が登壇する。軍服の上に白衣という不思議な格好がこの講師のトレードマークだ。教卓に手をついて生徒らを見渡す。眼鏡の奥の細くて鋭い目は、睨んでいるようにしか見えない。講師のくせに目つき悪すぎるだろ。
「常時白目むいている君よりはましだ」
……エスパーかよ。あと白目って言うな。アホ精霊笑うな。
「さて、講義に入る前に軽く自己紹介といこうか。儂の名前は アレックス・コーエン。書史学の講師だが、専門は格闘術と小隊戦術論だ。これでも元軍人でな」