んなこと言われても……
「でもどうして会長が……。ここまで来るにはかなりの数のトラップがあったはずなのに……」
どうやらローレンツは犯人でこそないものの、かなり深い所までこの一件に関わっているようだった。会長の現段階での登場は、予想外のものだったらしい。
「その疑問、私一人で解決できるよ」
すると、頭上からよく聞き慣れた声がした。見上げればそこには、白銀の翼をはためかせて浮遊する、オーガスト先輩がいた。
「私がここまで、会長を運んできたの」
トスッと小さな音と共に着地した先輩は、その美しい翼をそっとしまう。
「全部ショートカットでぶっちぎってきた」
なるほど、確かに地上のトラップが邪魔なら、地上を通らなければいいだけだ。空を翔けるような術はなにもオーガスト先輩に限った話ではない。もし彼女達の立てた計画に誤算があったとすれば、それは会長の強さのみに目を奪われ過ぎて、他の優秀な生徒達の力を見落としていたことだろう。
「さて、あの化け物は会長に任せるとして、ミナセ!」
キッと鋭く咎めるような視線を向けられる。そして、
「イデッ!」
グーで頭をしばかれた。ゴリッという割とシビアな音がして、目から火花が飛んだ気分になる。
「何わけわかんないメモを乙姫に持たせてんの! 犯人はヘロディア・ローレンツ? あんたのあのメモのせいで、こっちの初動が二十分は遅れたんだからね!?」
「すんません……」
二十分も遅れたのか。という事は、おそらく、作戦本部はある程度今回の犯人候補をタニア・クラインに絞っていたのだろう。そこにオレから全く違う情報をリークされて混乱したといったところか。
「私に謝らなくてもいいけど、リーには謝っときなよ。あの娘だけが何か意味があるんじゃないかって最後まで考えてたみたいだから」
「うう……」
後輩からの信頼をここまで無下にできる人間も珍しい。
「そんなことどうでもいいンだ! 姉様は、姉様はなンて!?」
突然ローレンツが騒ぎ出すが、オーガスト先輩の態度はそっけない。
「さあ? 今はあんた達の仕掛けたトラップの解除にでも回ってるんじゃない? それよか仕事するよ。一応、会長のサポートが私達の仕事だからね」
「んなこと言われても……」
遠くで行われている戦闘を見やる。既に焔狼は、その家一軒ほどの太さの前と後ろの脚を、それぞれ一本ずつ斬り落とされていた。本来の姿よりいくぶん低い位置から猛火の息吹を吐き続けている。しかしそれは、攻撃というより、苦し紛れの抵抗に見えた。
はっきり言って、今あそこに飛び込んでいっても、会長の足を引っ張るだけにしか思えない。そもそも、どうしてあの小さなナイフで焔狼の四肢を斬り落とせるのか。
「……言いたいことはわかるけど、これも仕事。適当に外からちょっかいかけて、相手の気をそらせば良いだけだから。ローレンツ」
苦い表情をしている彼女にオーガスト先輩は声をかけた。
「会長は、あの妹分を無傷で捕らえるつもりだよ。だからあんなまどろっこしい闘い方してるの。あんたもそれに応えな」
「ッ!!」
「本部からの作戦も預かってきてる。ミナセ、集合!」
こっそり逃げようとしていたところを、オーガスト先輩に首根っこを押さえられた。




