勝手に殺すな
「あははは! はい、一人目ぇ。もう骨も残ってないでしょ!」
「あ、アあ……!」
キャッキャとはしゃぐクラインは、まるで子供のようで、これまでオレが抱いていた印象と大きく異なる。
「でもぉ、私が燃やしたいのは乙姫の原本だからぁ。ヘロディア姉さんが持ってるの?」
焔狼がその巨大な前足を振り上げだ時、
「いや、オレが持ってるよ」
一向に気づいてもらえないから、オレから声を発した。
そこは、クラインの真後ろ。焔狼の頭上。
「っ!?」
振り向きざまにクラインが放った蹴りを回避しつつ、そのまま地面に着地する。
「お、お前、死んだんジャあ!?」
「勝手に殺すな」
そういうローレンツだって三階の高さから飛び降りて、平気な顔をしているではないか。
「……かしいなぁ。絶対に燃やしたと思ったのに……。気に食わないなぁ……気に入らないなぁ……」
クラインはオレに蹴りを入れようとした態勢のまま、こちらに背を向けブツブツ呟いている。
「おい、あんたの妹怖いんだけど。前からああなのか?」
「違う! タニアは優しい娘なンだ!」
そんなこと言われても、説得力がなさ過ぎる。後ろでパチパチと音を立てて燃える自分の部屋を思うと辛いが、今はそれどころではない。
「じゃあ、潰そう!」
グイと突然振り向いたクラインの真意に従うように、焔狼は前足を高々と上げた。
「よけろよ。じゃなきゃ死ぬぞ」
「知ってルよ!」
足というより、家が降ってくる気分だ。重さと焔狼の鋭い爪が地面を数メートルえぐりとる。
速さはそれほどではないが、でかいってだけで圧倒的な脅威だ。焔狼が少し動くだけで街並みが破壊されていく。
ローレンツは上手くかわしたみたいだが、オレは避ける必要がないため身動き一つしなかった。
「ミナセ!?」
「何だよ?」
「うわ!? え、あれ、お前今、踏み潰されて……?」
確かに潰されたが、説明してやるつもりはない。
「オレは大丈夫だから。けど、このままじゃジリ貧だな」
「湖面月鏡」もそう長くはもたない。能力なしであの超質量攻撃をかわしきれる自信もない。
チラと、左手の時計に視線をやる。ヤツが現れてまだ一分少々。援軍がくるにはもう少し時間がかかる。
クラインはまた虚ろな表情で、オレを踏み潰したはずの場所を見ながら、うわ言を呟いていた。時間稼ぎをしてみようか。
「おい! タニア・クライン!」
やっとこちらを向いた。やはり、様子がおかしい。
「どうしてじゃろ先輩の原本を狙う? 『焔狼』なんて魔獣を引っ張り出して、街をめちゃくちゃにして、お前は何がしたい!?」
ニヒッと、口の端から唾液をこぼしながら、クラインは笑った。
「復讐だ!」
「はぁ!?」
「復讐だ! 復讐だ! あいつは、去年姉様から、ミス皇立の称号を奪った! だから殺す。殺してやる!」
下品にツバを飛ばして叫ぶ彼女に、これまでの面影はない。
「ミスコンて、まさかそんなことのために!?」
なんて下らな、くはないのか?
「そんなこと? そんなこと!? 姉様の努力も苦労も知らないくせに! 殺してやる、殺してやる! 姉様が一番なんだ。姉様が一番じゃないといけないんだ! それを邪魔するやつはみんなみんな殺してやる!」
「違うよ、タニア! 姉様はそんなこと望んじゃいナい!」
ローレンツの声が届いているとは思えなかった。黒く美しい髪を両手で引っ掻き回すクラインは、どこからどう見ても狂っていた。
「死ねぇ!!」
焔狼が雄叫びと共にやたらめったらに前足を振り回し始めた。 建物が崩れ、地面が割かれ、街並みが破壊されていく。
オレはかわす必要がないのでそのまま腕を組んで立っていたのだが、ローレンツは巧みな足さばきで全ての攻撃をかわしている。あいつすごいな。
ただ、クラインは殺しても殺しても水飛沫になって消えるだけのオレに怒りを覚えたのか、集中してオレを狙ってはいた。しかし、オレは爪で切り裂かれようが、足で潰されようが、炎で燃やされようが、水飛沫になり、霧散し、再生されるだけ。もう何度致命傷を負ったかわからない。それでもオレは再生し続けた。
さすがは星六魔書の術、「湖面月鏡」。どれだけ凄まじい攻撃でも全く効かない。絶対の安心感をもって攻撃を受け続けた。




