そりゃそうだろ
『ふむ。何やら、教育図書館ばかり狙われておらんか? 何か理由があるのかの?』
珍しい。じゃろ先輩が頭を使っている。
「おそらくですけど、教育図書館、と言うよりその上の保護図書館が狙いなんでしょう。あそこにはかなり貴重な図書の原本がいくつか保管されてますし」
『む? ふむ?』
だが、これ以上は理解できないか。
「ちょっと待っテよ」
先を急ぐオレとじゃろ先輩に、ローレンツが後ろから声をかけてきた。
「ん、何だ?」
「今の言い方。まるで誰かが意図的に『火焔兎』を操ってるみたいじゃナい?」
お前が言うか、と一瞬声に出しそうになったが、思い留まる。
「そりゃそうだろ。もう上はそのつもりで動いているはずだよ」
確証があるわけではない。だが、この兎の異常増殖と襲撃は明らかに誰かが裏で操っている。あと、上が動いているかどうかはオレの適当な作り話だ。
「ふ、ふうん、そうなンだ」
澄ました顔でオレ達を追い抜いていくローレンツは、まだ、汗をかいていた。まだまだ夏はさきの季節だし、この程度の運動でふつう息は上がらない。
やはり、何か怪しい。
もう少し、押してみるか。
「そういえば、じゃろ先輩。『浦島』の原本って、今どこにあるんですか?」
『む? それはもちろん……』
ここでじゃろ先輩の話をさえぎる。
「え、まだ東地区の自宅に置いてあるんですか? なんで図書館に預けてないんですか!?」
じゃろ先輩は訳がわからないだろうが続ける。
『い、いや、お主、何を申して……』
「まあ、今は兎共が教育図書館に集中しているからいいものを……」
「私、先いくカら」
オレとじゃろ先輩をおいて、ローレンツはいきなりいなくなってしまった。
「ふむ。かかったかな?」
『お主、先ほどから何の話をしておる?』
「いや、じゃろ先輩の原本が、ウチにおるようにヘロディア・ローレンツに思わせておいたんですよ」
実際はじゃろ先輩は自宅など持たず、街の北端の女子寮に寝泊まりしている。そして原本はもちろん保護図書館にある。
これでもし、ヤツがうその情報に食いつけば、この事件の犯人が確定する。
『なるほど。まあ、事実、今お主の家にあるしの』
え?
「はい? 今、なんて?」
ありえない事を聞いた気がした。
『ん? じゃから妾の原本は今、お主の部屋にあると申したのじゃ』
「はぁぁあぁあ!? あんた何してんだよ!!」
オレが誘導した意味は!
「兎に燃やされたらヤバいとか考えなかったのか!?」
『い、いや、かなり前の話じゃし……、それに、お主の部屋の棚の方が安全じゃと思うて……』
「ぐっ……!』
的を射ている。確かにその通りで、オレの部屋の本棚には、昔オレとシンシアが半年かけてはった強力な述式結界が張られている。だからオレは自分の図書を図書館に預けていないのだ。
ドラゴンのブレスだって耐えられるやつだ。ただ、普通の人間が棚から抜き出す分には何の効果もない。
くそ! ミスリードで罠にはめるつもりが、完全に裏目に出た!
「じゃろ先輩! これをすぐ本部に、副会長に届けて下さい」
『う、うむ、わかった』
オーガスト先輩から預かったノートの空きページを素早く破いてメッセージを書き込み、じゃろ先輩に託す。
「いいすか? 寄り道せずにすぐに届けて下さいよ!?」
『こ、子供扱いするでないっ!』
年寄り扱いはイヤ、でも子供扱いもイヤって、我がままな人だ。
「頼みましたからね!」
『お、おい! お主、どこへ行くのじゃ!? おい!』
かまっているヒマはない。じゃろ先輩の原本はもちろんだが、オレの蔵書もヤバい。急いで中央舎を飛び出す。
「シンシア!? 起きてるか? 起きてないなら起きろ!」
『ん……、なぁに?』
少しでも早く、いつもは使わない裏道を全速力で走る。
「一戦やり合うことになるかもしれん。『湖面月鏡』をいつでもうてるようにしておいてくれ!」
『りょ〜か〜い。ふわぁ』
不安だなぁ! どうもやる気のないシンシアを背負って、オレの自宅まで、おそらくあと十分と少し。




