二大イベントだよ
「ふむ。やはり『焔狼』は火焔兎の集合体のような物だと考えて良さそうですね」
数分間オレ達から話を聞いたあと達した結論だ。
「前例は、もちろんないですよね。そんな話を聞いたことがありません」
「ええ、だからグリーマン先生は大変喜んでおられました」
そういえば、じゃろ先輩を呼び出したのってあの先生だろ。今何してんだよ。
疑問に思ったついでにじゃろ先輩に視線を向けると、パチリと目が合った。先輩はしばらくこちらを睨んでいたが、そのうちプイ、と顔を背けてしまった。まだ怒っているようだ。
「ただ、負傷してしまった私が言うのもなんだし、人任せな発言だけど、今後も『焔狼』さんが出現してくれるなら、作戦は楽になるんじゃないかしら」
「そうね。マリアの言う通りだわ」
副会長とマリア先輩がプライベートでも仲が良いことは学内でも有名な話だ。皇立図書士官学校の二大お姉様のツーショットは大変優雅で、かつてオレも二人の写った写真をこっそり持っていたのだが、シンシアに見つかって処分されてしまった経験がある。
「その場合だと、兎を各個撃破していくよりは、一度一箇所に誘導して……」
先程から発言しているのは、リーさんとマリア先輩のみだ。だが、二人が優秀で滞りなく会議が進んでいくため、副会長も気にしていない。
他の連中はと言えば、話し合いにまるで興味がないようで、てんでバラバラのことをしている。じゃろ先輩は変わらずずっとオレを睨んでいるし、オーガスト先輩は、オレのリュックを見てそわそわしている。そして、渚の妹分達は、何故かじっとじゃろ先輩を見つめていた。
まあ、みんな何かを見ていると言う点では一致しているが、ただその視線が交わることはない。
オレはと言うと、この前作っていた世界樹の葉の栞が完成してしまったので、何もヒマを潰すものがない。さて、どうしたものか。
「ノンノン。ミナセ君。それは間違っているよ!」
人数分のティーカップを載せたトレイを持って、会計が現れた。
「トーマス。私はあなたに本部の指揮を頼む、と言ったはずですが?」
即座に副会長が咎める。
「ええ、もちろん。なので指揮官である僕の判断で、みんなに休憩を取ってもらっています。交代でね」
「……」
これは、会計の勝ちのようだ。少しだけ悔しげな表情を見せた副会長は、ゆっくり眼鏡を外してレンズを拭う。再び眼鏡をかけ直した時には、いつもの冷静な副会長に戻っていた。
「さて、ミナセ君。話の続きだ」
一人一人の手元に丁寧な仕草でカップを置きながら、会計は喋り続ける。自然と距離が遠くなり、その声は大きくなっていく。
「何もすることがない? ヒマ? 少々キツい言い方だが、君の目は節穴かい? よく見たまえ! そして感じたまえ! この空間の素晴らしさを!」
もうわかったから。当たり前のように人の考えを読まないでもらえますかね。あと、この前とセリフが被ってるぞ。
「さあ! 言ってみてくれたまえ!」
え? 言うの? こんな大勢の前で? なんだかおかしなテンションになってるな、あの人は。なんと言う辱めだろうか。この前は男同士の話だったが、今回は難易度がまるで違う。
「そ、そうすっね。こんな綺麗な女性陣にかこまれて、感激ですね」
若干棒読みなのは許してほしい。
「グッジョブ!」
親指を立ててくる会計に腹が立ってきた。なんなんだこれは。さっきまで男はオレ一人だったから、会計が来てくれてホッとした気持ちを返して欲しい。
「女史。だが、僕はまだまだ語り足りない! 少しお時間頂いてよろしいですか?」
「もう、好きになさい」
ため息をつく副会長も美しい。突然の無茶振りにささくれ立ったオレの心を癒してくれる。
「ふふ。ありがとうございます。これだけは言っておきたい。この部屋は奇跡だ! なんと言ったって、昨年のミス皇立の上位入賞者三名が一同に会しているのだから!」
会計にいわれて気づいたが、確かにそうだな。意外とこの三人が集まっているのを見るのはこれが初めてだ。
「ミス皇立? そんなものがあるんですか?」
リーさんは学校行事なんかについては知らないことが多い。
「うん。秋の学祭の時にね。ミスコンと生徒会長選挙は学祭の二大イベントだよ。」
「……あの、ここ士官学校ですよね?」
残念ながら超名門士官学校である。
どう言えばよいのか、生徒達は普段勉学と心身の鍛錬のみに、ひつすら没頭しているため、たまにあるイベントごとは息抜きとしてかなり派手な物になるのだ。正直、これだけを心の支えとして日々生活している学生も少なくない。
おそらく会計もその一人なのだろう。少し妙なテンションで、昨年のミス皇立をこの場で再現しようと、円卓の真ん中に陣取ってしまった。




