なんですか、もう!
火焔兎討伐作戦の本部となっている中演習ルームは、かなり慌ただしくなっていた。
「どう、協会の応援の方は?」
「ここに来るまでの道で土砂崩れが発生していて、しばらく到着出来ないそうです」
「そう。わかりました。調査班、外の兎の様子はどうなっていますか!?」
「少数が散発的に出現するのみにとどまっています。ただ、狙いは依然として教育図書館です」
「了解しました。引き続き警戒を。何かあれば直ぐに知らせて下さい。負傷者は……」
「すごい……」
八面六臂の活躍を見せる副会長を、チウシェン・リーは遠巻きに見つめていた。全ての指示が的確かつ迅速だ。それでいて高圧的な雰囲気をまるで感じさせない。働いている他の生徒も、彼女を完璧に信頼し切っている。
「どうだい。素晴らしいだろう? 我らが副会長は」
ティーカップをリーに手渡しながら話しかけてきたのは、会計のトーマス・バッシュロだ。
「はい。本当に」
カップを受け取りながら、そう言えば、この人が働いているのを見たことがないなと、少し考える。
「とは言え、これからもまだまだ忙しくなりそうだしね。君の力ももちろん必要だ。一緒に頑張ろうね」
「はい」
ただ、悪い人ではない。先程からこうして、たくさんの生徒たちに話しかけては、場を和やかにしている。彼がいることで救われている面もあるだろう。
生徒会、いいチームだな。でも、あと一人……
「あの、会長さんは、今どちらに……」
「おっと、さっそく君のお仕事のようだ。よろしく頼むよ」
いきなりそう告げると、フラフラとどこかに行ってしまう。
「あっ、ちょっと待っ……」
その後ろ姿に追いすがろうとした瞬間、
『リィィィィィィ!!』
「うわ! 何ですか、もう!」
何故か、乙姫先輩が号泣しながら駆け寄って抱きついてきた。
「ちょ、ちょっと! どうしたんですか、いったい!」
『リィィ! サクラが、サクラがぁ! 妾のことを弄んでぇ!!』
「えぇ!?」
「まぎらわしい言い方すんな!」
意外と足が速かったじゃろ先輩に追いつくことができず、結局中演習ルームまできてしまった。
「先輩、何したんですか!? こんなに泣かせて!」
「ほらもう! てか、リーさん、シー! シー!!」
みんな見てるから!
「ヤダ……、なに、あの人、またなんかやったの?」
「最低だなあいつ、自分の精霊もいるのに、乙姫ちゃんにまで手を出したのかよ!」
「いつかはやると思ってたよ。だって目が怖いもん」
ほらもう! 言わんこっちゃない。火種をまいたのは確かにオレだが、そこにわざわざ油を注がんでもいいでしょうに。
中演習ルーム中が、一瞬でオレを敵視する雰囲気に変わる。実はじゃろ先輩は学内外でかなりの人気があって、それもこの雰囲気を作り出す一因だ。
確かに、じゃろ先輩は黙って大人しくしている分には、大変愛らしい。仕草だって小動物然としていて、観るものの心をくすぐる。だが、それはじゃろ先輩の引き起こす面倒ごとの被害を受けていないから言えることだ。
じゃろ先輩の第一被害者を自負するオレから見れば、じゃろ先輩はババ抜きのジョーカーみたいなものだ。手元に残せば損しかしない。今だってそうだ。
明確な敵意を四方から浴びて、少し身がすくむ。一対一ならまだ良いのだが、こういう状況はつらい。
唯一味方になってくれそうなのは、リーさんくらいだが……
「もう! 本当に先輩はダメな人ですね! こんなに可愛い乙姫先輩を泣かせるなんて! 反省して下さい!」
ダメだ。完全にじゃろ先輩の可愛さに籠絡されてしまっている。ひし、と先輩を抱きしめ頭を撫でるその姿は、まるで子を守る母親のようだ。
なんかリーさんって綺麗な女の人とか、可愛い娘とかに弱いよね。なに、そっちの人なの?
それはそれで捗る、とか馬鹿なことを考えてる場合じゃない。あ! 今、じゃろ先輩こっち見て笑いやがった! 嘘泣きかよ、汚ねえ!
「ちょっと、ミナセ、私の、ノート……っ!」
何故か息を切らせているオーガスト先輩まで来ちゃったよ。まずい、なんだこのわけのわからん状況。完全に収集がつかなくなってきている。とりあえず、オレへのヘイトだけは抑えたいのだが……
そう考えたその時。乾いた、よく通る拍手が二回、ザワつくルーム内を駆け抜けた。




