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聞こえる?


  教育図書館前には、もはや百五十どころではない数の火焔兎が殺到していた。しかし、その兎たちは炎を吐くでもなく、ただ大人しく教育図書館を見つめている。


「これは……」


「あ、副会長さん!  来て下さったんですね!」


「リーさん。これは、あなたが……?」


「い、いえ、とんでもない!  皆さんと協力して作ったんですよ!」


 現在、教育図書館は虹色に輝くカーテンのようなもので四方を守護されていた。


「述式結界です。あと三時間は持ちますよ!」


 述式結界。高濃度の文書エネルギーの膜を張ることにより、魔獣や文書エネルギー攻撃を遮断する強力な防衛技術だ。その強度は維持する文書エネルギーによって左右される。

 ただ、これを生み出すには途方も無い述式計算と精神力が不可欠だ。事実、結界の展開に協力したのであろう何人かの生徒達が疲れて切った様子で横たわっていたり、座りこんでいたりした。


「こんな強力で、巨大なものを……。それもこの短時間で」


「彼女の略式のおかげです」


 苦しげに項垂れていた眼鏡の男子生徒が、それでも笑顔で教えてくれた。


「そ、そんな、私は別に」


「いや、君の略式が無ければ、結界展開どころじゃなかった。本当にありがとう!」


「い、いえ。こちらこそ、皆さんの協力のおかげです!」


  疲れ切った表情で、だが、心から誇らしげに、生徒達は親指を立てて答えた。


「助かりました。あなたは本当に逸材のようね。私達の目に狂いはなかったわ」


 おかげで教育図書館は「彼女」なしでも、ほぼ万全の護りを手に入れた。あとは……。


「ドラグスピアさんは?」


「まだ眠っています」


 どんな時でもマイペースなのは、会長だけではないようだった。




 





「スゥ スゥ」


 気が滅入りそうな秒針の音に包まれた仮眠室でも、レイ・ドラグスピアは安らかな寝息を立てて眠っていた。


「今日の起床まであと二時間くらいはあるそうです。先ほど皆さんと何とか起こそうとしたんですが、図書員さんに止められてしまって……」


「そうね。それが正しいでしょう。この人は無理矢理起こしてはダメよ」


 一度それで大変な事になったのだ。またそうなれば火焔兎どころではなくなる。


「この人が起きてくれれば、人員をもっと別の場所に回せるのだけど、仕方ないわね」


 リーさん達のおかげで、教育図書館の護りには余裕が出来た。落ち着いて行動しよう。


「あの、一ついいですか?」


「何かしら?」


「火焔兎の数が、多すぎはしませんか?」


 やはり、気付く者は気付き始めている。別に隠す理由もない。


「そうね。その通りです。はっきり言って、もう殲滅完了しててもおかしくないくらい倒しているの。でも、そんな風には全く見えないわ」


 正直きつい。護る戦いにおいて、その終わりが見えないことが一番戦意を挫かれるのだ。


「さっきの外の火焔兎、私は百五十と聞いて駆け付けたけれど、北出入り口前にいたのはそんな数ではななかったわ。二百、いや、三百はいた」


「火焔兎の増殖スピードが上がっている?」


「それもあるかも知れないわね。レーゼツァイセンは図書の街だし、効率的に文書エネルギーを吸収し易いのでしょう。それならまだいいわ。けれど、もし、もしも……」


「誰かが意図的に火焔兎を増やしていたとしたら?」


「その通り。あなたは本当に優秀ですね。育て甲斐がありそう」


  こんな娘が入ってきてくれたら、生徒会も安泰だろう。ただ、静かに苦笑いをこぼす彼女に、脈が無さそうなことが残念だった。









「あーしんど!」


 見渡す限り兎、兎、兎だ。


『あ、ひどい!  ちょっと可哀想でしょ!』


  目についた兎を次々に倒していってるのだが、その度にシンシアが騒ぐのだ。


「うるせぇ!  お前どっちの味方だよ!」


『だって可愛いんだもん!』


『やかましいのう。もう少し静かに働かんか、お主ら』


 じゃろ先輩の放った爆音が轟く。


「だから鯨雷弾ホエール撃つなって言ってんだろ!」


 じゃろ先輩は面倒くさくなってきたのか、さっきから無差別鯨撃を繰り返している。オレの話なんか聞きゃあしねぇ。


『仕方ないじゃろう。これが一番殲滅効率が良いのじゃから』


「街のな。もう、あんた捕まっても知らないからな」


 下手したら味方の生徒にも当たっているが、そうでないことを祈るばかりだ。鯨雷弾ホエールが直撃して原形をとどめていた生物を、オレは一人しか知らない。


『しかし、不思議じゃ。うさ公どもめ、一向に数を減らしてはおらんのではないか?  自分で言うのもなんじゃが、妾結構頑張っておるぞ?』


  そうなのだ。おそらく、じゃろ先輩一人で千に近い兎を倒している。奴らの増殖速度から計算した、今回の兎の総数は二千五百程度だと資料に記載されていた。だが、明らかに現実の数と合わない。

  兎の異常増殖。原因はいくつか考えられるが、正直オレのような末端下っ端には、あまり関係がない。それに、今回の作戦指揮をとっているのは生徒会だ。おそらくとっくに気付いて何か対策を練っているはずだ。オレはただそれを待てばいい。


「ミナセ、聞こえる?」


「あ、はい。何すか?」


 オレの腰にぶら下げている書物から、オーガスト先輩の声が聞こえてきた。今作戦から試験的に採用された、音声情報伝達書籍だ。これがかなり便利で助かっている。


「教育図書館近くに兎が集まってきてる。何かやな予感がするの。早めに行って撃破してくんない?」


「それは上の指示すか?」


「いや、あたしの勘」


「了解っす」


  先輩の勘が当たるのは、前の課題で実証済みだ。


「じゃろ先輩、移動しますよ」


  飛びかかってきた兎を蹴り飛ばしながら、じゃろ先輩に声をかけた。

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