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わかんねぇよ


「そう言えばあんた、一人だけど護衛は?」


 何故か上のパーカーを脱いで、シャツ姿になったオーガスト先輩が尋ねる。確かに、一応この人は今狙われているかもしれないのだ。


『あぁ、そのことなら心配いらぬ。ホレ、上を見てみぃ』


 じゃろ先輩に促されて、上空を見上げる。あるのは生い茂る世界樹の枝と、降り注ぐ花弁だけだ。


『わかったか?』


「わかんねぇよ」


「全然」


 説明下手にもほどがある。


『何じゃ、鈍いやつらじゃのう。あやつ、名を何と申したか。会計の男の『目』が空から妾を見ているそうじゃ。何かあればすぐ駆け付けるとも言っておったのう』


  なるほど。会計トーマス・バッシュロの魔書の能力か。あの人は星五魔書契約者だ。


「あっそ。まあ別にどうでもいいけど。それじゃ、私は仕事に移るから。ミナセ、あとよろしく」


「え?  ちょ、先輩!  うわぁっ!」


 いきなり砂塵を撒き散らす突風を引き起こしながら、オーガスト先輩が飛び上がった。つい先程までそこにいたはずの先輩の姿は、今やはるか上空の小さな点にしか見えない。


『あ、サクラ、それ取って、それ取って!』


 シンシアの要望に応えて、辺りに舞い散る銀色に輝く羽を一枚拾う。


『きれーい!』


 これまた肉体変化の述式転化だ。先輩はあの一瞬の間で、自身の背に巨大な隼の翼を生成し、飛び上がった。この圧倒的自由度の高さが肉体変化の強みだ。翼の生えた先輩の姿も、少し見て見たかったが、それは難しいようだ。おそらく先輩は空から索敵と味方の情報伝達を担ってくれる。


『けほ、けほ。煙たいのぅ』


 声がしたので振り返れば、じゃろ先輩が少し咳き込んでいた。先輩が飛び立つ際にそこそこの砂埃が舞った。それを少し吸ってしまったか。


「ちょっと大丈夫すか。目とか喉とかに何か入ったりしてませんか?」


『うむ。大丈夫じゃ。けほ』


「何が大丈夫なんすか。咳してるじゃないですか」


  弱々しく咳き込むじゃろ先輩は、ついさっきまで鯨ぶっ放してた人とは思えない。


『ちょ、ちょっと。早く私たちも仕事しなきゃ』


  羽を拾って喜んでいたはずのシンシアが急に、焦ったような声を出す。


「まあ、待て。じゃろ先輩が落ち着いてからだ」


『むー!』


『そうじゃ、そうじゃ。ちんちくりんは黙っておれ。サクラ。少し目が痛むぞ』


 絶対嘘だが、気にかけない訳にもいかない。


「えぇ、じゃ、少し見せて下さい」


『イチャイチャすんなー!』


 爆音響くレーゼツァイセンの街においても、この空間だけは、切り取られたかのように平和だった。





  外から絶え間なく轟音が響いてくる。レーゼツァイセンの街は完全に戦闘状態に入っていた。


「ハルト古書店、まだ護衛が到着していません!」


「第二図書館周辺の火焔兎の殲滅完了しました。」


「ッ!  西地区で再び火焔兎の出現確認!  数は……三十です!」


「ハルト古書店には、近くの殲滅隊の者を急行させて下さい。第二図書館防衛隊は第三波に警戒しつつ、一部メンバーを教育図書館へ。西地区へは私が出ます。代わりの指揮権はトーマスへ。トーマス!」


「了解しました」


 全体指揮を任された生徒会副会長、リーリエ・S・ジューンの指示で、生徒達は動いていた。的確な指示を出しながらも、彼女の頭は別の事を思考する。

 指揮系統は十分回っている。外の殲滅隊の活躍も上々で、作戦開始から一冊も本は燃やされていない。しかし、


「一体いつまで続くというの」


 火焔兎の数が一向に減らないのだ。倒しても倒しても、どこからともなく出現してくる。さらにその数は少しずつ増えているように思えた。

  今日この放送を聞くのも何度目だろうか。非常時を告げる校内放送が鳴る。


「緊急事態発生。教育図書館前の北出入り口付近に約百五十体の火焔兎出現。繰り返します……」


  またか。どの図書館も均等に襲われているが、何故か教育図書館だけ突出して狙われている。

  本来ならあそこの守りは完璧のはずだが、今はまだそうではない。配置された生徒達だけで百五十は少し苦しい。今一番自由に動けるのは私だ。


「私が向かいます。西地区の三十体は会長に……」


「もう潰したよ」


 書を通して聞こえてくるこの声に、絶対の信頼と少しの息苦しさを感じた。


「わかりました。外は引き続きよろしくお願いします」


「うん」


 あの人はどんな時でも、あの人のままだ。

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