まだ、詫びらせるのか……
レーゼツァイセンの中央にそびえ立つ、世界最大の樹木、通称「世界樹」はこの街の象徴だ。樹高2800メートル、幹の直径は920メートル。これが未だに成長途中の「生きている樹」なのだから馬鹿げている。横に広く伸びた枝は4000メートルを軽く超え、超広範囲に渡って太陽の光をさえぎる。はっきり言って、この樹の周りに最初に集落をつくった連中は頭が悪い。陽当たりは最悪だし、土中の水や栄養分を全て樹が吸い上げてしまうために、食物も育たない。500年前から人がいたらしいから、当時はさぞ住みにくかったことだろう。
また、この樹の厄介なところは落葉樹である点だ。秋になると真っ赤に染まった、大の大人より巨大な葉を大量におとす。冬になる前に除去しないと、落ちてきた葉の上に雪がつもるため、街が埋れてしまう。葉一枚だって危険だ。毎年落ちてきた葉に人が潰される事件がおこる。
一件や二件ではない。
『ねー、みてみて!』
アホ精霊がオレの頬をつつく。左肩にちょこんと座って嬉しそうにはにかんでいる。一瞬可愛らしいと思ってしまうから腹が立つ。自分の体ほどもある花弁を胸に抱え込んで、ご満悦な様子だ。
『む。なによー。ちょっとくらい反応しなさいよ』
「嬉しいのはわかるけど、あんまりはしゃいで落ちんなよ。キャッチしてやれないかもしれないからな」
こいつは精霊のくせに空が飛べない。というか、風の精霊以外みんな飛べないらしいが。
次の講義まで少し時間がある。気がつくと、どこもかしこもが薄桃色の道をゆっくりと歩いていた。世界樹は何もかもが規格外だが、花弁だけは良心的な大きさだ。肩や頭につもった花弁を手で払いながら進む。舞う花弁の量は膨大で、数メートル先も見えないほどだ。
「外から見る分には綺麗なんだけどな。流石にこの量は迷惑すぎるし、匂いもキツい」
『あら、そうかしら。街中がピンク色でロマンチックよ。匂いだって、サクラが言うほどキツくないわよ。そうそう! また、花見山に連れて行きなさい。昨日のお詫びよ』
「まだ、詫びらせるのか……」
街から離れた小高い山の頂上からは、樹と街が一望できる。とくに、この春の花が咲いた世界樹の姿は、世界の三大絶景に数えられるそうで、去年の春にシンシアにせがまれて見に行かされた。世界樹嫌いのオレが、あまりの美しさに感動してしまった。ふざけた程迷惑な樹だが、その全てをチャラにしてもいいと思えるくらい美しかった。おそらく、昔の人もそんな気持ちだったのではないだろうか。