呼んだかの?
チーム299の個室から全力疾走で二十分。先輩が住む一軒家があった。流石は名門貴族のご令嬢、彼女が暮らしている家は、オレが昔住んでいたじじいの家と、工房を合わせても足りないほどだった。
「今ちょっと散らかってるから、少しそこで待ってて」
そうオレに言い残して、先輩はノートを取りに自宅に入っていく。ここに来るまでの間に四体の火焔兎と遭遇した。オレたちはすでに戦場にいる。油断してはならない。
『ね、ねえ』
「ん、おい、あんまり出てくるんじゃねぇよ」
『別に、私が燃やされる訳じゃないからいいでしょ』
たしかにその通りだが、念には念を入れたい。
『あの、さ。ちゃんと私のこと護ってくれる?』
守られているより、自分から攻め込んでいくタイプのシンシアにしては、珍しい発言だ。
「何言ってんだ。当たり前だろ。さっきも言ったじゃねぇか」
『そう? ならいいんだけど。何だか、さっきのやりとりですっかり忘れられている気がして……』
事実、先輩の愛らしさにやられてしまって、すっかり忘れていたとは口が裂けても言えない。
『じゃあ、私も頑張るから、よろしくね』
「おう、ほどほどにな」
腐っても「水精霊空想観察記録」は星六魔書だ。街一つ吹き飛ばすくらいわけない。
その時、遠く彼方から大気を震わすような大轟音が聞こえてきた。
「始まったか」
大陸でも有数の図書士育成校として名高い皇立図書士官学校の、選りすぐりの殲滅要員による一斉攻撃が開始された。
繰り返される執拗な攻撃は、絶えず街を震わせる。大切な図書がかかった作戦だ。おそらく、皆相当気合がはいっている。
「……なあシンシア」
『ん? なぁに?』
「これ、オレら行かなくて良くね?」
ふと思ってしまった。
『ええ!? ちょっとさっきまでのヤル気はどうしたの!?』
「いや、だってさ、明らかにオレより強い人達が殲滅に当たってるんだぜ? わざわざ危険を冒してまで仕事する意味がわからねぇよ」
『い、言いたいことはわかるけど、それはダメすぎるわ、人として!』
「何揉めてんの?」
ノート八冊分の厚みのある包みを持った先輩が、自宅から出てきた。
『ちょっとオーガストさん、サクラに言ってあげて! 仕事はしないとダメだって!』
おや、シンシアが他人の名前を覚えるなんて珍しいな。
「あぁ、あれでしょ。あんた、この轟音聞いて、行かなくてもいいやって思ったんでしょ」
『そう! だからあなたからも……』
「すごいわかる。私もそう思いながらノートまとめてたから」
『えぇ……』
「ですよね、それこそじゃろ先輩とか渚エンジェルズとかに任せておけば十分な気が……」
『呼んだかの?』
「ぐあっ!?」
いきなり尻を何か尖ったもので刺された。地味に痛い。後ろを振り返ると、イタズラっぽい表情を浮かべたじゃろ先輩が笑っていた。おそらく、刺さったのはじゃろ先輩のツノだ。ちょっと! はしたないですよ!
『何すんのよ、タコ女!』
『戦場で気を抜いておる方が悪いわ。全く、ここで何をしておるのじゃ。作戦はとっくに始まっておるぞ? いつまでたっても合流せんから、妾が迎えにきてやったぞ』
確かに、じゃろ先輩はいつもと雰囲気が違った。普段は丈の長い艶やかな着物をきているが、今日は手足を大きく露出させた動きやすい格好をしている。
『お、どうしたサクラ。妾の晴れ姿に思わず見惚れてしもうておるのか? 仕方のないやつじゃのう、カッカッカ!』
「いや、あんたのその格好は見慣れてるんで」
去年一年間チームを組んでたのだから当然だ。
『な、なんじゃつまらん。そうじゃ、リーからの伝言を預かっておるぞ』
「リーが?」
一介の生徒間の伝言板になってくれる国主、じゃろ先輩。




