審査員さんに迷惑ですよ!
「それではお二人共、ご武運をお祈りします。私は図書館に合流しますね」
分厚い作戦書類をオーガスト先輩に手渡しながら、リーさんは言ってくれた。
「シンシアさん、あなたは必ずミナセ先輩が護ってくれますから、安心して下さいね」
『ええ、ありがとう』
「ちょっとやめてよ、照れるじゃん。リーさんこそ守備は任せたよ」
「はい。必ずや全ての図書を守り切ってみせます。では!」
力強く頷いて駆け出していく彼女は、教育図書館の担当だ。ドラグスピアさんもいるし、あそこの守備は信用できる。
「それじゃ、いくぞシンシア」
背中のリュックをしっかりと背負いこんで、担当地区の殲滅へ向かう。すると、
「ねぇ、ちょっと待って」
オーガスト先輩に右手を引かれた。ここまで気合いが入る仕事は初めてのことだったので、思わずつんのめる。
「うわ、なんすか、いきなり」
「その……相談が、あるんだけど……」
両手を忙しなく胸の前で動かしながら、瞳を右往左往させている。こんな先輩は初めて見、いや、違う。少し前にもこんなことがあった。あの時はオレの命が消えかかった。
「私の……しょうせ、いや、ノートについてだけど。どう……すればいいと思う、かな?」
この前散々ダメ出ししたからなぁ。かなり臆病になってしまっているようだ。
ていうか先輩、自分の小説のことになると性格変わりすぎだ。普段気の強い先輩に、急にそんな潤んだ瞳で見つめられると、胸がつまってしまう。
「ど、どうって……」
火焔兎の焼却対象は図書だ。先輩のノートは正直図書とは言い難い。作品の完成度的にも、現在の状態としても。ただ、やはりもしものことがある。
「複製とかはとって、ないですよね」
先日水に濡れただけであれ程狼狽していたのだ。複製などとっているはずがない。そして、今回燃やされてしまえば、水に濡れた時と違い、復元ができない。灰になった書を元に戻す述式転化は開発されておらず、もしそうなれば絶望的だ。
「やっぱり確実に守ってもらうなら、図書館に預けるべきでしょう。教育図書館はどうですか? あそこならリーさんもいるし、ドラグスピアさんも……」
「ダ、ダメ! まだ誰にも知られたくないのに、わざわざ知り合いがいるところに預けるとか……考えられない」
「そんな……。本気でやるなら、いつかは知られることじゃないすか。それに、誰かに読んでもらわないと、小説の意味がないすよ!」
オレが正論を言い続けるという非常に稀な事態だ。それでもオーガスト先輩はだだをこねる子供のようなままだ。
「だ、だから、まだって言ってるでしょ。そりゃ私だっていつかはって思うけど、それは今じゃないの。そ、それに、コンテストとかには送ってるし!」
「あのポエムを!? 審査員さんに迷惑ですよ!」
「ちょ!? 失礼! あとポエムのことは忘れて!」
「ぐふっ!」
腹パンをくらった。ちょっとガチなやつやめて下さい。綺麗にみぞおちにクリーンヒットした。
「あ……ごめん」
ダメだこの人。自分の小説のことになると人が変わりすぎる。イライラしてきた。
「じゃあどうすんすか! そもそも、オレがもう読んじゃってますよ!? 隅から隅まで。それはいいんですか!? だったらもう、誰に読まれようが……」
「あ、あんたは!」
白い肌を赤く染めながら、先輩が叫んだ。かたく両目を瞑って、懸命に恥ずかしさと闘っているようだった。
「あんたは……ちゃんと読んでくれたじゃん……」
「っ!」
「読まれたことは、恥ずかしくてたまらなかったけど、きちんと全部読んでくれて、悪い所は教えてくれて、感想まで言ってくれて。こ、これでも凄く嬉しかったの。だ、だから……」
あんたは、いいの。
そっと足元を見つめながら呟く先輩は、どうしたんだ、これ。普段の先輩からは考えられない少女のような仕草に、オレの心臓は爆発しそうなほど強く鼓動する。
こんな美人に、こんな仕草で、こんなこと言われてしまったら、オレは。
「あぁもう! わかりました。護ればいいんでしょ。護れば!?」
「ミナセ?」
「先輩のノート、オレが預かります。このミナセ、神命を賭してお護りしますよ」
神命を賭して、これはオーガスト先輩の小説の中でよく使われるセリフだ。
「いや、あんたじゃちょっと信用置けない」
「ええ!? この流れで断りますか!?」
まさかの発言に絶叫するが、オーガスト先輩はそんなオレをみてクスリと微笑んだ。
「ウソ。信用はしてみる。でも、その、新しいノートは開けないでね」
「え、先輩、もう続き書いてるんですか?」
「うん。だからノート八冊分、お願いする」
倍に増えてんじゃねぇか。先輩めちゃくちゃ筆早いな。
「わかりました。兎を狩り終わったら、それも読ませてもらっていいですか? あと、シンシアにも」
「まあ、しょうがないか」
「またたくさんダメ出ししますからね。覚悟しといて下さいよ」
「いいよ? 今回のは自信あるから」
そう言って先輩は楽しそうに笑った。




