ならん
何度も言うが、レーゼツァイセンは図書の街だ。街全体の総蔵書数は、数千万冊と言われている。しかし、今現在その全てが焼失の危機にある。これは街始まって以来の危機だ。もしものことが起これば、この街は二度と再生出来ないほどの打撃を食らうだろう。
「皆、落ち着け。私だ。手元の資料を見なさい」
シェアラ先輩の美しい声にかわり、いきなりコーエン先生が話し始めた。そして、先生の能力によるものだろう、机の上には一冊の分厚い資料が置かれていた。
「今回の作戦の概要は全てそこに書かれてあるから従うように。作戦開始は三十分後。それまでに自身の大切な書がある者は、最寄りの図書館に預けなさい」
「これは、えっと、守備隊と殲滅隊に分かれるようです。私は守備隊、お二方は殲滅隊です」
素早く書類に目を通したリーさんが、内容を簡潔に教えてくれる。
おそらく、述式転化などを得意とする小回りの効く者が本を守り、魔書契約者などの火力要員が一気に殲滅するつもりだ。
でも、それでは、
「ちょっと待ってくれよ! シンシア連れたまま兎の中に突っ込めってか!? 万が一ってことがあるぞ!」
「た、確かにそうですが、私に言われても……」
『サクラ……』
火焔兎は生物の持つ三代欲求が欠落している代わりに、焼却欲求がめちゃくちゃ高い。そんな奴らの前に、魔書を持って出て行くなど、ライオンの檻の中に生肉を放り投げるようなものだ。
「考えられねぇ! 今すぐ抗議して配置変更を……」
「ならん」
つい数秒前まで放送室にいたはずの男が、オレの後ろにいた。アレックス・コーエン先生だ。ったく、あの会計といい、どいつもこいつも簡単に人の背後を取りやがって。なめてんのか。
「はぁ。魔書契約者は皆言うことが同じだな。二言目には魔書、魔書と。少しは自立することを覚えなさい」
「で、ですが先生!」
「ならん。既に四十二冊の書が燃やされた。これ以上被害を出してはならない。この生徒の魔書の能力は火焔兎に有効。それでいて本を守るには害となる。この配置がベストなのだ」
言ってることは正しいが、そんなのオレには関係ない。
「嫌だっつったら?」
「その時は儂が君の魔書を燃やす。上の指示に従わない者に力など不要だ」
「そ、そんな」
「クッソ……」
『ちょっと! あなたねぇ、黙って聞いてれば好き放題言ってくれて! あんまりサクラのこと舐めてるとーー』
むぐ、と可愛いらしい声を最後にシンシアは言葉を止めた。オーガスト先輩が口を塞いでくれたのだ。ありがたい。
「どうする?」
「……わかった。やりゃいいんだろ」
いくらシンシアが、「水精霊空想観察記録」が強力でも、アレックス・コーエンの前では何の意味もない。この人は、歴史上十四人、現在世界に六人しかいない星七魔書契約者だ。大火力型でこそないものの、単体戦闘でこの人に勝てるものなどこの星に存在しない。悔しくてたまらないが、どうしようもない。
「安心しろ。お前達の魔書も当然保護の対象だ。儂が全力を持って守ってやろう。討伐に専念しなさい」
「最初からそう言え」
何をどうやっても安心など出来るはずもないが、これ以上ないほどのサポートを確約した今、もう腹を括るしかないようだった。
「では、君たちの働きに期待する。明日の昼までには終わらせるぞ」
最後に一言だけ言い残して、コーエン先生は音もなく消えた。




